魔獣の森へ
藍路を出て少し歩くと、紫治ヶ山と呼ばれる小さな山の麓の、森のようになった場所までたどり着きました。
ここは神織周辺の狩場としてはかなりやさしい部類らしく、出てくるモンスターもそこまで強くはないらしいです。
森のようになっているといっても、そこまで木々が密集しているわけではないので戦闘の邪魔になることもなさそうですし、結構いい狩場のように思えます。
「さて、どんな敵が出てくるんでしょうか」
弱めといっても、それはあくまでも一般的なプレイヤーから見た基準。
まだ流派技を二つしか習得しておらず、能力も直接的に効果を発揮するようなものではないので、苦戦する可能性は高いです。
一応死んでもいいようにお金やアイテムの類は預けてありますが……まあ、なるべく死なないようにしたいものです。
今回の目的はカウンター系の流派技を会得することですから、ギリギリな戦いに挑まざるを得ないとは思いますけれど。
現状私が覚えている流派技は《導紅血》と《交裁閃》の二つのみ。
一応、それぞれの技の説明を見てみましょうか。
――――――
《導紅血》
血の流れを制御し、一時的に任意のステータスを増強する技。
強化中はそれ以外のステータスが弱体化する。
《交裁閃》
敵の攻撃を回避するとわずかな時間ステータスが上昇する。
――――――
最初に覚える技だけあって、効果はかなりシンプルです。
道場で見せてもらった三種のカウンターはそれぞれ《交裁閃》から派生するようで、wikiの流派技の項目を見てみると、このような場合はとりあえず同じような状況を再現してみるといいとのこと。
まあ、考えていても始まりませんし、さっさとやりますか。
辺りを警戒しながら、私は森に足を踏み入れました。
少し歩いてまず最初に遭遇したのは、緑色の大蜘蛛。
茶色のような部位があることから、おそらくは木の模様に溶け込むための迷彩のようなものなのでしょう。
大きさが普通に私の顔よりも大きいので気持ち悪いです。とっとと倒してしまいましょう。
観察もそこそこに導紅血を発動しながら刀を抜くと、相手も私の殺気か何かを理解したようで、威嚇するかのように八本の足をせわしなく揺らしました。いや本当に気持ち悪いですね……。
というか、足先に刃みたいなのがついてるんですけど。もしかして近接攻撃してくるタイプの蜘蛛なんですかね。
と、考えていると先に蜘蛛が攻撃に転じました。
こちらに半身を向け、体の先から放出される物体。明らかに糸ですね。
触れたらまずいタイプのやつだと思い、少し余裕をもって糸を回避すると、同時に《交裁閃》が発動しました。
どの程度バフがかかっているのかはわかりませんが、ステを見るとしっかりバフの表記がありますし問題ないでしょう。
そのまま一歩踏み込み、攻撃。
斬撃は蜘蛛の身体を斬りましたが、当然一撃では倒せません。
もう一発の蜘蛛の糸を避け、《交裁閃》が発動したのを確認しつつ攻撃に転じようとし――嫌な予感がしました。
踏み込もうとしていた足をとどめ、その場に静止して蜘蛛を見ます。
果たして蜘蛛は跳躍し、足先の刃を外に向けた状態で高速回転しながらこちらに接近してきました。
「うわっ」
その攻撃をすんでのところで躱してから振り向くと、なるほど、私の背後にあった木に糸をつけて、その状態で糸を巻き戻すことによって移動方法としたのですね。
ただの蜘蛛と侮っていましたが、結構トリッキーな動きもしてくるようです。
しかし、タネが割れてしまえば対処は簡単。同様の状況を作り出すように誘導しましょう。
一発、二発と糸が飛び、そして三発目でようやく背後でべちゃっという音が鳴りました。
瞬間、幹から飛び上がる蜘蛛。その軌道に合わせて、私は刀を勢いよく振るいました。
効果音をつけるなら「ザシュッ」とでも言うような爽快な手ごたえが手に伝わってきます。
クリティカルが入ったようですね。
実際にこの一撃が致命打となったようで、蜘蛛は力を失って地面に落下しました。
その隙に接近し、刀を突きたててしっかりととどめを刺しておきます。
「よしっ」
結構いい感じに立ち回れましたね。
カウンターは会得できませんでしたが、まあこの森にはほかにも色々いるでしょうから問題ありません。次行きましょう!
そう、勢い込んで森の中を進み始めた私でしたが、数歩歩いて歩みを止めました。
左方向の草の影から何やら音がしたからです。
「野生生物……でしょうか?」
もしかしたら、草食動物的な何かが私から逃げているのかもしれません。
それなら追いかける必要もないのですが、しかし、すぐにそれが草食動物などではないことに、私は気づいてしまいました。
ほとんど同じタイミングで響く、二つの足音。それぞれ右方向と後方から聞こえるそれは、ゆっくりと、しかし着実に距離を詰めてきて――
「グガルルルァ!!」
三つの灰色が、唸りながら草むらから飛び出してきました。
すかさず能力を発動し、状況を分析します。
敵は犬……ではなく多分狼ですね。
右に一頭、左に一頭、背後に一頭。
その位置関係を把握して、私は動き始めました。
一番近くで飛び掛かってきた右側の狼の飛び掛かりを回避し、残る二頭の攻撃も能力を使用することで安定して回避できました。
その隙に、私は狼たちを観察します。
――――――
[灰餓狼]
ごく小規模な群れを作って活動する狼の一種。
くすんだ灰色の毛を持ち、人などの外敵に対しては凶暴。
ごくまれに銀色の毛をもつ個体(通称:銀餓狼)が誕生することがあり、その場合のみ灰餓狼は銀餓狼を中心として大規模なコロニーを形成する。
――――――
なるほど。ごく小規模な群れというのがこの三匹そのものなのでしょうか。
それなら仲間を呼ばれる心配もなさそうに思えます。
銀餓狼とやらが気になりますが、ごくまれに生まれるタイプのものならさすがに今いる可能性は低いでしょう。
さて。目の前にいるのは今もなおグルルルとうなり声を上げる、灰色の狼たち。
なんというか、ちょっとビビりますね。
ゲームの中というのはわかっていますが、前に戦ったキマイラと比べると脅威度がかなり現実的で、だからこそのリアリティがあるように思えます。
見た目はまあ凛々しい犬って感じではありますが、犬に敵意むき出しにされたこととかありませんし。
「でも、三匹いるなら丁度いいですね。それぞれにカウンターを試せますし」
狼たちを相手にどうカウンターを決めるか。それをシミュレートしながら、私は構えた刀を固く握りしめたのでした。
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