洞察系ガール
眼を開くと、そこは夢にまでみた<虎狼 零>の世界でした。
時代劇に出てきそうな建造物が立ち並び、着物を着た人間が行き来する大通り。
そのリアルな光景を、色を。私は目に焼き付けるようにじっと眺めて行きます。
青、黒、土色、その他諸々。そんな色を認識できることが、私にとっては何事にも代え難い幸福なのです。
ちなみにVRで色が見えるようになるのは、フルダイブというシステムのおかげです。
フルダイブVRでは視覚など様々な情報を直接脳内にぶち込むらしいので、網膜がダメになってても色が見えるってわけですね。
まあ、あまり原理については詳しくないのですが。
と、そんな感じで、通りを行く人々のうち、近づいて注視することで名前が表示される人……つまりはプレイヤーなのですが、彼らに妙なものを見る眼で見られつつも、私はその場から動かずにただ周囲を見続けました。
「……ふう、流石に移動しましょうか」
三十分も経つとプレイヤーだけでなくNPCからも変なものを見る目で見られ始めたので、流石に場所を変えることにしました。
もちろん、周囲の景色を眺めながらです。
和風ファンタジーが特別好きというわけでもないのですが、それでもやはり「和」は良いですね。
日本人の血が騒ぐのでしょうか。
そんな風にしみじみ思いながら歩いていると……
「ヒャッホーウ!!」
……一台のバイクが私の横を走り去って行きました。
和の要素は何処に行ったのでしょうか。
「けほっけほっ」
巻き上げられた土煙にむせつつ、気を取り直して、私は自分のステータスを見てみることにしました。
メニューを呼び出してステータス画面を開くと、名前や所持金、装備品などの他に【心】【技】【体】の三つのタブが存在しているようです。
それぞれ開いてみると、【心】のタブには頂点にそれぞれ漢字一文字が並ぶ六角形のグラフが、【体】のタブには私のアバターが表示されていました。
ちなみに【技】のタブには特に何も表示されてません。
……なんでしょうか、これ。
それぞれ意味がよくわかりません。攻撃力や防御力のステータスは見当たりませんし、心、技、体に関しても現状殆ど情報はなく。
「うーん……」
戸惑いながらも、試しに下の方にあったリスト表示というボタンを押してみると、ステータス表示の仕方が変化しました。
————
リクドー
所持金 1500銭
【心】
・燃 10
・流 10
・迸 10
・頑 10
・煌 10
・淵 10
【技】
なし
【体】
なし
————
「……全然わかりませんね、これ」
これはアレですね、大人しく説明書なりwikiなりを読むべきでしょう。
新鮮な気持ちでやりたいがために説明書もスルーしていたのですが、流石にこれにはお手上げです。
そんなわけでメニューから電子説明書を呼び出して読んでみると、なんとなくこのステータス表示の意味が理解できました。
【心】は妖術(魔法のようなものですね)に関するパラメーターを見れるタブで、【技】は取得した技を見れるタブ、【体】は肉体に関するスキルを見れるタブのようです。
技はNPCから伝授してもらうことで習得することができ、スキルは何らかの行動をすることで獲得することが出来るのだとか。
つまり、現状の私は技やスキルの存在しない、か弱い一般女性ということになりますね。
開始直後なので当然といえば当然ですが。
それからwikiも併せて読んでみたところ、このゲームでは攻撃力や防御力のようなステータスを数値として見ることができないという衝撃の事実を知りました。
この件に関しては『複雑な計算を必要とすることから、従来の表記にすると膨大な量になってしまうため、表示そのものをなくしました』と公式からアナウンスが出ているようです。
リアル志向ってやつなんでしょうか?
個人的には、皆平等に見れないのなら特に気にするようなことでもないように思えます。
相手も同じ条件ってわけですからね。
「さてと」
とりあえず満足したので、早速魔物を狩りに行ってみることにしましょう。
————
街を一歩出ると、途端に雰囲気が変わりました。
振り返って街の入り口に佇む門を見れば、『始苑』と筆文字で街の名が記された看板の横に、お札の貼られた十字の木組みが三つ並んでいます。
お札には何やら魔除の効果のありそうな文字が筆で書き殴られてありますし、結界のようなものなのでしょうか。
となれば、ここから先はその恩恵を受けることはできないわけで、正真正銘着の身着のまま、私は魔物に挑んでいく必要があるわけです。
一応外に出る前に薬屋で薬草をいくつか買っておいたので、滅多なことでは死にはしないでしょうけど。
「本当に綺麗な景色……」
風になびく草花や、遠くそびえる山。
少なくとも私の住んでいる辺りでは見る事のできない自然を眺めながら意気揚々と外を歩いていると、早速魔物とエンカウントしました。
名前は『逸れ人魂』。
青い火の玉がゆらゆらと漂っている様は、万人が想像するところの人魂そのもの。
これが夜中、人気のない道でばったりと出くわしたのであれば、それこそ古典的怪談の始まりのようでもあったのですが、残念ながら今は真昼間。
辺りにはちらほらとプレイヤーもいて、これはむしろ人魂の方が間違えて出てきてしまったような浮き具合でした。
そんな物理的にも比喩的にも浮いてる人魂に対し、私が何をするのか。
当然、観察ですよね。
「さあ、じっくり見てあげますよ」
おぼろげな核を中心にメラメラと燃える人魂は、当然現実世界ではお目にかかることなど出来もせず。しかし今私の目の前にしっかりと存在しているのですから、観察しなければ無作法というもの。
骨の髄まで見尽くしてあげましょう。人魂に骨はありませんが。
さて、私の方は徹底観察を宣言しましたが、人魂の方はどうするべきか決めあぐねている様子。
そのまま少しの間ふよふよと漂っていたのですが、ついに痺れを切らしたようで勢いよく突進してきました。
じっと見ていた為、避けるのは簡単。
タイミングを合わせてサッと身を翻し、人魂を間近で観察しつつ攻撃を回避します。
「うふふ、可愛いですね」
「…………」
一瞬人魂がたじろいだ様に見えましたが、気のせいですよね?
序盤の雑魚敵らしく突進攻撃しかしてこない人魂を相手にあらあらうふふとじゃれ合っていると、不意にピコン! と音がなって、視界の端にメッセージが表示されました。
[スキル【洞察眼】を獲得しました]
「洞察眼?」
一先ずスキルの説明を見てみることにします。もちろん人魂の攻撃は避け続けながら。
【洞察眼】
納刀状態で一定時間魔物を観察することで、その魔物の性質を知ることができる。
必要な時間は対象の魔物との力量差が開く程長くなる。
取得条件:納刀状態で魔物を五分間観察し続ける。
「なるほど……スキルはこういう感じで取得するんですね」
この【洞察眼】の取得条件を見る限り、かなり特殊な行動をすることで手に入るスキルもありそうです。
とりあえず、色々な行動を試してみると良いのかも。
「というわけなんで、よろしくお願いしますね、人魂さん」
「…………」
さっきよりもたじろいだ気がしましたけど、これもきっと気のせいです。
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