虎狼たちの日常
二章開始です。
同盟を作ったことによって国から支給された同盟拠点にて、私は一人でゆっくりお茶を飲んでいました。
「はあ……どうしましょう」
私が同盟【万華郷】を作ってから、現実時間で大体1週間が経ちました。
その間ずっとログインしていたわけではないのですけど、それでもステータスを上げるためにモンスターを狩ったりしていたため、前に比べるとだいぶ強くなっているはず。
極彩色に新たな能力が追加されたりはしていないのですが、シキが前よりも遠くまで飛行できるようになったりと細かな強化は入っています。
龍子曰く、強敵と戦うときが一番進化しやすいらしいですね。まあ、その辺は気長にという感じで。
このゲームを始めてすぐはいろいろありましたが、何だかんだで順調に行っているんじゃないでしょうか。
一つ問題があるとすれば、それはまだ私が流派に所属していないということ。
とっとと流派技覚えろや、と龍子から何度も言われているのですが、自分に合った感じの流派がないんですよね。
私的には『極彩色』の能力の都合上、カウンター技を覚えることのできる流派が一番いいと思うのですが、調べてみてもあまり情報がなく。
いろいろな種類の流派があるらしいのですが、ゲーム内で宣伝されているのは人の多い人気流派ですし、そうではないマイナーな流派までは把握しきれないようです。
wikiの編集も慈善事業ですからね。昔ならともかく、今はもう情報量が多すぎてカバーしきれないでしょうし。
「おや、お困りのようだね。どうしたんだい?」
いつの間にか帰ってきていたベアが、私の顔を覗き込みながら尋ねました。
「ベア……私、そんなにわかりやすく悩んでましたか?」
「眉間にしわを寄せていたからね」
そういって、彼女は私の頬をそっと撫でました。
「ふふっ。悩んでいるアナタも可愛らしいけれど、やはり普段のアナタが一番だ」
相変わらず歯の浮くようなセリフを一切の躊躇なく言ってのける人です。
ぶっちゃけ慣れましたけどね。
最初でこそ若干ドキドキするなどしてしまってましたけれど、同盟のメンバーとして一緒に遊んでいるうちにこの人の残念さについてだんだんと分かってきました。
この人はマジで出会う人全員を口説きます。
男だろうと女だろうと、プレイヤーだろうとNPCだろうと全員口説きます。
しかも、どうしたらそんな自然にロールプレイできるのかなと観察していた結果、素でこれをやっているらしいこともわかってしまいましたし。
無自覚全方位たらし。それがベアトリーチェでした。
VRゲームだから当然顔も良いですし、そんな顔のいい人間に王子様ムーブをされると人は狂います。
その内ファンクラブでも作られるんじゃないでしょうか。
むしろ作られないと危うい気がします。ファンクラブという一つの組織として纏めてしまえばだれか単体が暴走する危険性も多少は減るでしょうし。
放っておくと現実で特定されてストーキングされる可能性があります。
既にゲーム内でストーキングされているようなので杞憂ですらないのが本当に怖いですね。
立場的に私も危ないんじゃないでしょうか。「何よあの女、ちょっとベアトリーチェ様に気に入られているからって生意気だわ!」とか言われてたりしそうです。
「悩んでたのは、いつも通りどの流派に所属しようかなって話ですよ」
「ああ、前に行っていた居合の流派では駄目なのかい?」
「星宿流ですか。他にどこもみつからなかったらそこにしようかなとは思ってるんですけど……なんか違うかな、と」
星宿流は抜刀時に高威力を発揮するという、いわゆる居合術に相当するスキルを多く持つ流派のようです。
居合術はやはり人気ですから、星宿流も結構人気なのだとか。
ただ、やはり私としてはカウンター技が欲しいんですよね。
ここはあまり妥協したくないポイントです。一度流派に入ってから別流派に移るためにはいろいろしないといけないらしいですし。
「確かに。こればかりは、納得のいく流派を見つけなければ意味がないからね。私の方でも引き続き調べてみよう」
「ありがとうございます」
「じゃあ、私はこれから仕事があるから落ちるとするよ。また明日」
そういって、ベアはログアウトしていきました。
なんの仕事をしているんでしょうね。結構生活リズムが読めない感じですし、仕事の時間もバラバラっぽいんですけど。
椅子から立ち上がって、一度伸びをします。
さて、とりあえず今日はもう一度神織を散策してみましょうかね。
「おはようござ、おはよう、リクドーさんっ!」
おや、入れ替わりで彩音がログインしたみたいですね。
この【万華郷】の回復役にして貴重な癒し枠こと彩音ですが、私が「敬語じゃなくていいんですよ?」と言って以降、頑張って敬語から脱却しようとしているようす。
まだぎこちないですし、何となくで言ったことなので無理しなくてもいいと思っているのですが、頑張ってくれているので見守っている形です。可愛いですし。
「おはようございます、彩音。ちなみに今は夜です」
「えっ!? また間違えちゃった……」
ちなみに<虎狼 零>は一日の周期が24時間より若干短いので、同じ時間にログインしても違う時間になっていたりするのですが、とは言え今は現実も昼です。
現実で所属している部活がわりと体育会系らしく、敬語にすることのできるおはようを強制されているようで、それが染みついているみたいですね。
「ね、ねえリクドーさん。今って暇……かな?」
「ええ、暇ですよ」
「それなら、行きたいところがあって……鴉通りの甘草庵っていうお店なんだけど、一緒に行けたらなって」
鴉通り……北区域の通りですね。そういえば私もまだ行ったことのない場所です。
もしかしたらそこで知らない流派に出会えるかもしれませんね。
「勿論、いいですよ。一緒に行きましょうか」
「本当!?」
彩音はパッと顔を輝かせると、笑顔で私の手を握りました。
「じゃあ、はやく行こっ」
そのまま彼女に手を引かれ、私は街に繰り出すのでした。
ブクマや評価などしていただけると嬉しいです!




