死の淵に降る雨
誤字報告が4件くらい来ててビビりました。
前回の話は試験的にパソコンで書いたんですけど、予想通りに変換出来ないところがかなりあったので今後もスマホで書こうと思います。
「く、あっ!」
「リクドー! 大丈夫か!?」
防ぎきれなかった爪の一撃が私の肩口をえぐり、その衝撃によって私の身体はそのまま吹き飛ばされてしまいました。
勢いがつき過ぎていて体勢を立て直すことすらままならず、そのまま地面を数度転がった辺りでようやく勢いを殺すことができました。
回復薬を口に含みつつ、立ち上がって答えます。
「大丈夫です……!」
「プレイヤースキル次第で下克上が成立する対人戦と違って、対モンスター戦はステータスの差がもろに出るからな……とっとと顔を一つくらい潰せたらいいんだけど……よっと!」
竜の頭を相手取りながら、龍子がこちらのカバーをしてくれています。
噛みつき、引っ掻き、スタン効果のある咆哮。
癖こそないものの、的確に私の隙を狙うそれらの攻撃はじわじわと私を追い詰めていきました。
……いえ、私だけではありません。龍子とベアトリーチェも苦戦しているようです。
竜による炎の攻撃を龍子は特殊効果で無効化しているようですが、反対に龍子の炎柱攻撃もあまり効いていないように見えますし、ベアトリーチェも山羊の目から放たれる数々のデバフに苦しめられているらしく。
一応洞察眼で取得した「抜け道的な倒し方もある」という情報は共有してあるのですが、そちらに関してもそれらしい物はありません。
端的に言えば、ジリ貧でした。
私自身、眼に極振っている以上攻撃力までおろそかになってしまっているんですよね。
人相手なら首を狙ったりすればどうにでもなるんですけど……これだけデカいとそういうのも無いですから。
「さて……次は腹部を狙いましょうか」
脳内で次の一手をシミュレートします。
腹部を狙うことのできる攻撃パターンはどれかを考えつつ、敵の攻撃を回避。
そうですね……三連目の爪撃をスライディングで交わせば懐に潜り込むことも可能でしょう。
咆哮、飛び掛かり、叩きつけ、爪、爪……来ました。
横薙ぎに振るわれた爪に対し、私は刀を手に突っ込んでいき——
——真正面でこちらを見る竜の目と目が合いました。
「!?」
「《サルメント・エランテ》!!」
目の前で起きたことに脳が追いつかず、回避することもままならなかった私の足に蔓が絡みつき、そのまま背後に放り投げられました。
噴出する炎が私の身体を掠め、一帯を焼いていきます。
確実に助けてもらわなかったら死んでましたね……。
「ありがとうございます!」
「気にしないでくれると嬉しい。今のは仕方ないだろうし、と言うよりもこれは——」
「ああ、攻撃対象が切り替わってる!」
先程まではそれぞれ担当している顔と戦っていれば良かったのが、急に変化しました。
ヘイトが入れ替わったと言うよりかは、完全にランダムになったと言う方が正しいかもしれません。
これは……かなりマズい状況です。
先程までですらかなりジリ貧だったのが、そこにランダム性まで出てきてしまったらどうしようもないのでは……?
その予感はすぐに的中します。
山羊の目から来るデバフをモロに受け、体勢を崩したところに蹴りをくらって龍子が吹き飛ばされました。
次いで、竜の口から噴き出す炎が私とベアトリーチェに迫ります。
位置の遠かった私はどうにかそれを回避できましたが、ベアトリーチェは回避が間に合わなかったようで、炎を全身に浴びてしまいました。
マズい、マズい、マズい。
どうにか一矢報いようと必死に弱点を探しますが、そんな一瞬で見つかるものでもないわけで。
それでもこの状況をどうにかするには抜け道的な倒し方とやらを探るしか——
「リクドー!!」
「!? く、あ…………!」
脇腹に衝撃を受け、急速に全身から力が失われていき、そのまま立つ力すら失った私は重力に引かれるまま地面に倒れ伏してしまいました。
何があったのかすら分かりません。完全に意識外からの一撃でした。
開いたステータスには裂傷の文字が見えます。つまりは、爪で引き裂かれたのでしょう。
攻撃を急ぐあまり、注意が疎かになってしまっていました。
「くッそ……アレを使うしか無ぇのか……」
『……良いのか。進言すると、此処で使うのはお勧めしないが』
「それは分かってる……でも……!」
何やら龍子が喋っているのが、やけに遠く聞こえます。
即死というわけではないのですが、視界の端の赤さを見るに、このままでは失血で死んでしまうでしょう。
どうにかインベントリから回復薬を取り出して飲もうとしますが、もはやその腕すら動かず。
「……ぁ……悔しい……」
悔しい。不甲斐ない。やり切れない。
そんな感情が、私の中で渦巻きました。
足を引っ張りたくない。妥協されたくない。
人に頼りたくない。運に頼りたくない。
ただ、純粋に強くありたい。
まるで我儘のような本心が、私の身体を動かそうとします。
しかし、徐々に赤黒くなっていく視界では、立ち上がることなど到底できず。
そんな死の淵で、私の耳にシキの声が響きました。
『——貴女はいつだって感情的で……でも、それを俯瞰し、抑制するもう一人の自分がいる』
「シ、キ……?」
『貴女はもっと自分以外を頼って良い……なんて言って、すぐに変われるようなものでもないのだけれど』
それは……龍子にもよく言われます。
もっと人を頼れ、と。
実際、それは私自身分かっていることです。
人を信頼していないわけではなく、人に迷惑をかけたくないんですよ。
『だから、まずは運命を引き寄せた自分の行いに誇りを持って……そして、この私を心から頼ってくれると嬉しいわね』
「シキを……」
『ええ。私は貴女の刀、貴女の導。私自身の成長を以て、貴女に道を示すの』
晴れ渡る青空を仰いだ私の顔に、ポツリと一滴、雨が滴りました。
◇◇◇◇◇◇◇
少女は人を探していた。
いつかもう一度会って、今度は一緒に戦いたい。
そう考えながら情報を集めていた。
そんな最中だった。
ふと見たゲーム内掲示板で、彼女が戦っている姿を映した動画を見つけたのは。
場所は神織。
一度訪れたことがあったが故に脈導石で転移し、現場に急行したものの、彼女はちょうど戦闘を終え、空を飛んでいた。
目視で場所を確認し、追いかけること数十分。
ようやく追いついたその場所で、少女は悩んでいた。
目の前にいるのは三人の女性と、一頭の怪物。
両者は戦闘状態にあり、傍目から見ても人間側が劣勢だった。
だからこそ、悩んでいた。
そんな戦闘に自分が飛び込んで、事態が好転するのか、と。
現状維持ならまだ良い。問題は、彼女たちが自分を守る為に動き、それ故に敗北に繋がるという光景がありありと目に浮かぶことであった。
事実、少女は既に一度彼女に窮地から救われている。
あの場では人助けではないなどと言っていたが、彼女にとって、それは謙遜以外の何ものにも思えなかった。
そして、だからこそ——今度は彼女の窮地に駆け付けたいと思っているのだった。
それでもなお、少女は悩み続ける。そして、そうこうしている内にも事態は動き続ける。
一人が弾き飛ばされ、一人が火に巻かれ——そして桃色の髪の少女が切り裂かれた。
「……ッ」
その光景を見て、もはや少女は迷ってなどいられなくなった。
少女が刀を鞘からゆっくりと抜くと、露に濡れ、水の滴った刀身が露わになる。
そうしてそれを両手で供えるように持って、ゆっくりと天へかざして、呟いた。
「——お願い……『雨色蝶々』……っ!」
天を映す刀身から水が引き、雲一つない空から、雨が滴った。




