貴女だけの刀、貴女だけの道
<虎狼 零>の世界にログインした私を最初に出迎えたのは、一面が黒で覆い尽くされた空間の中にそびえ立つ石の山でした。
「?」
「こんにちは」
予想外の状況に困惑していると、不意に背後から声をかけられました。
振り向くと、立っていたのは白い布で顔を覆った黒髪の少女。
その後ろには赤々とした火の燃え盛る炉や、金床やふいごがあり、謂わゆる鍛冶屋のようになっていました。
「先ずはお名前を教えてください」
名前……プレイヤーネームの事ですね。
「えっと、リクドーと言います。全部カタカナで、最後は延ばす音です」と、自らの名前を説明します。
由来は苗字の五道に一つ足して六道、それだけです。
なんとなく男っぽい字面ですけど、昔から使っているので今更変える気にもなれず……まあ気に入ってますから変えるつもりもないんですけど。
「リクドーさんですね。身体に関しては、既にデータがあるようです。如何なさいますか?」
「それを使う感じで」
この世界での身体、つまりはアバターの事ですが、これに関してはメンテナンス中でもデータだけ作ることが可能だったため、既に作成済みになっています。
目の前の少女が「承知しました」と言うのと同時に私の視界が一瞬揺れ、若干目線が高くなりました。
本来の身長より少しだけ大きくしているのです。
と言っても、それでようやく平均身長に届くか届かないかぐらいなんですけれども。
元の身長が152cmですからね。これにプラス3cmしたのが今のアバターです。
VRゲームにはアシストシステムがあるので体型を大きく変えても現実の肉体と同じように動かせるのですが、私はむしろ現実の肉体らしい動きに矯正されるのがあまり好きではなく、アシストは常に切るようにしているので、あまり大きく変えてしまうと面倒なんですよね。
それに155cmというのは私が前作<虎狼BS>で持ちキャラとして使っていたキャラと同じ大きさなので、そういう点でもこのサイズが慣れています。
そして次に、外見。
こちらはそこまで凝る気はありませんでしたが、時間があったので多少手は入れてあります。
顔には可愛さと美しさと少量のミステリアスさを併せ持たせ、髪は長めで薄めのピンク。
我ながら自信作です。
ピンク髪は和風ファンタジーにはそぐわない? 前作もこんな感じのキャラが多かったので平気ですよ。
「登録が完了いたしました。それでは、質問にお答えください」
「それは……アンケートのような?」
「似たようなものですが、もっと貴女に関係してくるものですから、なるべく正直にお答えください」
ソシャゲのアンケートなんかは適当に入力してアイテムをもらうタイプの私ですが、そう言われると真剣に答えざるを得ませんね。
「では先ず、刀は好きですか?」
「それはもちろん」
「得意とする、或いはやってみたいプレイスタイルはありますか?」
「うーん……前作は防御力の低いアタッカーをメインで使っていましたから、似たような感じでいくつもりではありますね。回避アタッカー的な」
「たい焼きは何処から食べますか?」
「……頭からです」
「SとMならどっちですか?」
雲行きが怪しくなってきました。これ本当に必要な質問なんでしょうか。
痛めつけられて喜ぶような性質はないので「……S、なんですかね……?」と答えます。
そのような感じで様々な質問に答えていくこと数分。
少女は「次が最後の質問です」と前置きして、口を開きました。
「貴女はこの世界で何をしたいのか、明確に定まっていますか?」
その質問に、私は暫し考えます。
私がこのゲームを選んだのは、私がかつてどっぷりハマった<虎狼 Bloody Storm>の続編だからです。
ですが、もっと根本的なところ——つまり、なぜVRゲームを遊んでいるのかというところまで遡ると、答えは変わってきます。
そのどちらで答えるべきなのか……結局決めあぐねた私は、両方とも言ってしまうことにしました。
「『様々なものを見たい』、『強い人と戦いたい』……この二つです」
私が虎狼をプレイするのは、強い人と戦えるから。
私がVRゲームをプレイするのは、VR空間では私も人と同じように色を認識することができるから。
そのどちらも、私にとっては大切なことなのです。
「なるほど……質問は以上です。それでは今の質問を元に刀を作っていきますので、しばらくお待ち下さい」
今の質問、刀を作るためのものだったんですか……。
Sって答えちゃいましたけど、流石に鞭みたいな刀になったりしないですよね?
そんな私の心配をよそに、少女はうず高く積まれた石の山から一つを取り、私に手渡してきました。
困惑しながらも受け取ると、予想以上の重量に思わず取り落としそうになってしまいます。
どうやらただの石では無かった様子。鉄でしょうか?
「これは玉鋼です。刀の素材ですね。先ほどの質問から、貴女に合ったものを選びました」
「なるほど……なんか虹色っぽくキラキラしてますね」
「はい、面白い刀になりそうです。では、作っていきますね」
そう言って、彼女は刀の作製を開始しました。
加熱し、冷まし、叩き、伸ばし……あらゆる工程が一瞬のうちに完了していきます。
ものの一分程で刀は完成し、鞘に収められた状態で私の手に渡りました。
ずしりとした感覚が伝わってきます。
「どうぞ、抜いてみて下さい」
言われた通りに鞘から刀を抜き放つと、滑らかな銀色の刀身が姿を現しました。
磨き上げられた刀身は炉の炎を映し、色鮮やかに煌めいています。
刀を少し傾けてみると、刀身を薄く虹色が走りました。シャボン玉のような感じですね。
確か、こういうのは構造色と言うんでしたっけ?
それ自体に色が付いていなくとも、光の干渉によって様々な色が現れるという……まああまり詳しくはないのですけれど。
「刀ってこんな風に色が変わるものでしたっけ?」
「ここで作る刀は人によって変化いたしますので、赤い刀や金色の刀など様々です。ですが、このように七色に輝く刀は見覚えがございません」
「なるほど……」
確か、公式生放送で発表された情報の中に「プレイヤーは最初から最後まで同じ刀を使い続ける」というものがあったはずです。
つまりは、この刀が私の唯一の相棒なわけで。
現実で色を認識することのできない私の刀が七色に輝いているというのは少々皮肉な感じですけれど、この特別感は私が愛着を抱くのに十分すぎるほどでした。
きっと可愛がってあげましょう。
「それでは、これで貴女が<虎狼 零>の世界に旅立つための準備は整いました」
白布の少女は無感情な声でそう告げました。
「刀と妖術の入り乱れる波乱の世の中で、悪鬼羅刹との闘争を望むも良し。諸国を流浪するも良し。無辜の民を傷つけるも、悪逆の徒を誅するも良し……全ては貴女次第でございます」
全ては自分次第。
そう言われると少し迷ってしまいそうです。
というか、PKは容認されているのですね。
今のところ、狩るつもりも狩られるつもりもありませんけど。
「行く先を悩んでいるのでしたら、刀を育てることをお勧めします。その刀は貴女の旅路を支える良き相棒となるはずですから」
「なるほど……丁寧にありがとうございます」
「いえ、私の役目は人を導くことですから」
白布の下で、少女が笑ったような気がしました。
「では、行ってらっしゃいませ」
その言葉を最後に、私の意識は一度遮断されたのでした。