そして少女は色づく世界へ
八話ほど連続投稿しますので、よろしくお願いします。
「……」
一本のゲームソフトを前に、私は坐禅を組んでいました。
精神統一。精神統一。私の心は明鏡止水。
逸る気持ちを押さえつけながら、しかし私の脳内は煩悩に満ち溢れています。
こればかりはどうしようもなく。
数年前に発売され、私を、そして世界を魅了した和風対戦アクションゲーム<虎狼 Bloody Storm>の続編であり、4vs4vs4の三つ巴戦を基本とした前作とはシステム面から大きく異なる意欲作。
そんな約束された神ゲーである<虎狼 零>が今、私の目の前にあるのですから。
僧侶にバットで肩をメッタメタに叩かれてもこの煩悩が消え去ることはないでしょう。
ダウンロード専売が当たり前になったこの現代において、様々な特典のつくやたら高価なパッケージ版を買っていることからも私の本気度が分かるはず。
「まだですかね……」
永遠のような待ち時間に耐えきれず、呟きます。
これだけ待ち望んだゲームではあるのですが、実は今日がサービス開始日というわけではありません。
ゲーム自体は八ヶ月ほど前にサービスが開始されているのです。
もちろん、まだ一年経ってないので充分巻き返しは効くのでしょうが……それでも開始直後からやりたかったと言うのが本音です。というか、そのつもりでした。
<虎狼 零>が発表されたのが二年前。
ウッキウキで予約したのが十ヶ月前。
そして……当時使っていたヘッドギアに対応していないことを知ったのが八ヶ月前。
完全に確認不足でした。
ゲーム屋の店主にタダ同然の価格で頂いた謎のメーカーの型落ち品だったので、当然といえば当然なんですけど。
とにかく、そこからどうにかお金を稼いで、ようやく私は最新のヘッドギアを手に入れたのです。
ヘッドギアは高級品ですから、本当に高かったのですけど……後悔はありません。
いつかは買い換える必要があると思っていましたし。
とはいえ、普通ならもっと早く買えていたでしょう。
これだけ時間がかかったのは、ひとえに私の眼に生まれつき存在するハンディキャップのせい。
私は生まれつき、色を認識することができません。
一色盲とか全色盲とか呼ばれるやつですね。
最近は色盲を補うメガネなんかもあるのですが、私ほどキツいとあまり上手く補正がかからず。
そんなわけで、遅れた期間の内の一ヶ月ちょっとは仕事探しをしていました。
私でもできる仕事を見つけ、節約の日々を過ごし、そして今朝ようやくヘッドギアが届いたわけですが……いざログインを試みたところ丁度大型アップデートとやらの為のメンテナンスの最中であり、目の前で餌をお預けされた犬のような気待ちで私はひたすらにメンテ明けを待っているというわけです。
「まだですかね……」
この八ヶ月、私は<虎狼 零>に関する情報の殆どを遮断してきました。
ミュートワード機能などを駆使して自衛し、<虎狼 零>のことを意識の外に追いやる為に前作をプレイし続け、それでもなお漏れ聞こえてくる数多の誘惑に耐えきったのも、全ては今日この日のため。
不意に、ピピピッという電子音が部屋に響きました。
時計に目をやると、時刻は十五時一分前。
<虎狼 零>のメンテナンスが終わる直前でした。
ワンコール目でアラームを止め、既にデータをインストールし終えたヘッドギアを被って素早くベッドに横たわります。
この行動を素早く行う為のイメージトレーニングを坐禅を組んでいる間に行っていただけあって、スムーズにベストポジションに入ることができました。
こうなった私を止められるものはもはや存在しません。そう、無敵です。
「……よし」
目の前に映し出される獰猛なアイコンに視線を合わせ、一度深く深呼吸をしてから、私はVR世界にダイブしたのでした。
直前に読んだ某死神バトル漫画に影響を受けまくっている本作ですが、ブクマや感想など励みになりますので、是非ともよろしくお願いします!