私の保護者
私はひと咆哮で人間を木っ端みじんにした妖物について、急いで自分の保護者兼監督責任者にメールを送っていた。
制御なんて無理です、と。
しかし、私の新しいパパになった男はすぐに私にメールを返してくれたが、返事などいらなかったと思うぐらいに私の死んだ実のパパよりも酷い男だった。
私の実のパパを食べてしまった鬼なだけある。
そんなんお前に期待してねえよ。
何度も言っているが、俺が望めばその凄いワンワンに変身できるように仕込むだけでいい。
簡単だろ?
「だからそれが無理だって言っているでしょ!」
私は自分のスマートフォンに叫んでいた。
レークス本人に言い返せない分、だって怒らせたら喰われるじゃない?で、メール画面だけのスマートフォンに私は怒りをぶつけていた。
だって無理だもの。
我は神だと豪語している吸血鬼様が身をかわした、というか、マジ逃げした。
そのぐらいにハイクラスの能力を持ったワンワンなのよ?
「何が無理なのだ?」
私の悩みの種そのものが、私に振り返った。
裸ん坊の子供でしかない姿なのに、どうしてこんなに威圧感を出せるのだろう。
私は無意識に後退っていた。
それ程恐ろしいアルファードは、思いっ切り私を蔑んだ眼つきで見返しているが、その視線に、無礼者、という文字が見えるような気がするのは私が卑屈だからだろうか。
「下僕が余になんたる無礼なことを。余では姫が手に入らぬと申すか。」
本気で、無理だ、と言い返してやりたい。
でも言ったら私も木っ端みじんにされる。
誰か助けてと、私はシャーロットを見返したが、……いなかった。
彼女はいつの間にか私の手の届かない場所に逃げていた。
賢い彼女らしく、気まぐれで助ける助けないを決める吸血鬼ではなく、絶対に幼い女の子を守るだろうバークの後ろだ。
だが、そのバークこそ石化魔法を受けた様な状態で動きを止めており、私が助けてと叫んでも動けそうもない立ち姿だ。
では、我は神だと豪語していた吸血鬼様は?
ジュスランは腕を組んだ姿で牢の鉄柵にもたれかかって、私とアルファードのやり取りを気怠そうにただ眺めている。
吸血鬼は金属に弱い、という弱点も自分にはないよ、ということをバークに知られても構わないぐらいに余裕なのか、実は余裕そうにみせているがケルベロスの能力を見てギリギリになっているだけなのか。
どちらにしろ、ジュスランは私を積極的に助けない、という事は理解した。
「下僕よ。余が話しているのによそ見とは何事だ!」
「ひゃあ!よ、よそ見なんか、ち、違います。え、えと。私が言いたかったのは、こ、こんな残虐な贈り物は、優しいシルビアには無理だ、ということです。死体の手首を貰って嬉しい女の子はいません。そうよ、いないわ。女の子はお花やお菓子やキラキラした宝石とかが欲しいはずよ!男の人に優しくしてほしいものよ!」
私は殺される一歩手前のような気がしていたから、最後には私自身の魂からの叫びだけを叫んでいた。
私に優しくしてよ!
「このうつけものが!だからお前は一生の下僕なのだ。」
アルファードは私に言い放つと、自分が殺したばかりの死体のある牢屋の前にスタスタと歩いて行った。
そして、彼は檻の中に手を伸ばして死体の手を一つ取り上げた。
何をするのかと見守っていると、彼は再び私の真ん前まで戻って来て、手首を私と彼の間にぽいと投げた。
すると、手が床に落ちた途端に赤黒いものが手首から吹き出し、それが見た事も無い円を描いたのである。
「死体の手は地獄から使い魔を召喚する魔道具となる。余が姫に百の手を贈るという意味は、姫が百の願いを叶えられるという事だ。」
アルファードが言葉にした事が正しいという風に、彼が作り上げた魔法陣から赤黒い影がふわりと立ち昇った。
使い魔って、悪魔のこと?
デーモンやらバンシーやら、吸血鬼に人狼が集う場所なのだから、悪魔の一匹や二匹出現したっておかしくはない環境のはずだけれど、私はとっても脅えていた。
目の前で形作ってる悪魔は、死霊の寄せ集めのような冷気ばかりなのである。
こいつが完全になったらどうなるの?
怖い、怖い、怖い!
「きゃわん!」
私は押しつぶされるぐらいの恐怖に促されるままに悲鳴をあげていたが、脅えすぎたのか私から出た声は人ではない声の叫びであった。
「ブラン!」
でも、私のあげた悲鳴によってか、バークが動き出していた。
身を屈めるや、父親が子供を呼ぶようにして私の名前を呼んだのだ。
大事な大事な人が呼びかけてくれたと、私はその声の方角へ走っていた。
急いで彼の元に逃げ込まなきゃって、両手も使って床を蹴っていた。
「ブラン!ああ、君は本当にブランだ!わああ!ブランだ!」
バークは膝を落として私に両手を伸ばし、私はバークの腕に飛び込んで、彼の腕に入るや彼に強く抱きしめられていた。
「愛しているよ、ブラン!」
キスもされた。
額に頬にと雨あれれのキス攻撃だ。
でも、どうして私はミスティーの時にバークに抱きしめられた時のような恐怖を感じ無いのだろう。
どうして嬉しいばかりなのだろう。
カチャ。
金属の音がした。
バークはいつもの大きな拳銃、トーラス・レイジングブルを右手に持っていた。
彼の左手は私を慈しむようにして、私自身を自分に押し付けている。
私はバークを見上げた。
彼は数分前のケルベロスに脅えた人間ではなく、魔物退治のGOMDの時の精悍な顔つきで銀色の銃口を私が数分前にいた場所に向けていた。
「ケルベロスよ。俺の大事な娘に手を出してみろ。粉々にしてやる。」
果たして、アルファードは私達にどうしたか。
彼は不敬な私達に怒りを見せるどころか、気さくそうな笑みで顔を綻ばせた。
ニカっという顔だ。
「お前が父か!余はその姫が欲しい!何という美貌の姫だ!いくつ手が必要だ。百か?二百か?」
カチャン。
バークは大事な拳銃を取り落とした。
私はその音でようやく自分自身に気が付き、自分がブラッドハウンドに化けていたって事を知った。
それで以前にもこの姿を絶賛してくれた人達がいて、その人達が人狼だったことを思い出していた。
人狼って目が悪いのかな。
ブラッドハウンドって、愛玩犬の外見じゃないよね。




