ここは楽園という名の牧場
デーモンはパスクゥムと取引をしたとジュスランは言ったが、パスクゥムを吸血鬼が作ったという歴史ならば、デーモンが取引したのは吸血鬼とに違いない。
そして、その吸血鬼こそジュスランではないのか、と、私はジュスランの真っ青な瞳、見つめてはいけない吸血鬼の瞳を見つめた。
人と同じ形にそのものの瞳でしか無いのに、怖いとしか感じない青くて深くて透明な美しい瞳だ。
私の視界が急に真っ暗になった。
ジュスランが私の瞼にそっと手を乗せたのだ。
「教えたでしょう。初めて会った時に。吸血鬼の瞳を覗いてはいけないと。」
「ごめんなさい。これは習性なのかも。」
「はは、君の本質はお犬様だものね。」
犬は人と目を合わせようとする。
盲目であったその時でさえ、私はきっとバークの瞳の中を覗いていたはずだ。
私の瞼にあったその手は外され、私に明るさが戻ったが、手が私に与えた優しさと違って彼はいつものジュスランでしか無かった。
気味の悪い吸血鬼という怖い存在。
「それで教えて欲しいの。デーモンがした取引ってどんなものなの?」
「シャーロット様の獲物に手を出したマンババランと同じって事。力のないデーモンがここまでのし上がれたのは、上位者の獲物を横取りしないできたという姑息な所と、人間以外を食べて来た事で他種族の能力までも取り込めてきた、という歴史によるものなんだよ。」
「まあ!デーモンが残飯食いだとか言われて、上位魔物に下に見られるのはそういう歴史によるものなのね。」
「そう。そして先を見越せる賢いデーモンは、自分達がパスクゥム内で人間を殺さない協定を差し出した代わりに、死体の収集の権利を手に入れた。死肉喰らいのグールは君達に従わざる得ないね。また、簡単に人を殺せない現代では大事な食料供給先だ。」
私はイグニスのモンドソンメルソの地下貯蔵庫を思い出し、彼のレストランがいつも大盛況な理由を知った気がした。
今や人間を平気で狩っているのは、目の前の吸血鬼だけではないだろうか?
あるいは、……人狼族。
「だから、人狼族はパスクゥムの秩序を守る自警団をしているのね。パスクゥムの秩序を乱す人間への狩りならば、あなた方吸血鬼の獲物とブッキングしない。」
ジュスランはよくできましたという教師の顔をして微笑んだ。
「でもね、たまには人間を狩りたいとフラストレーションは溜まるね。」
私がげっと声をあげるのは当たり前だが、そこで私よりもパスクゥムを知っているシャーロットこそ同じ声をあげた。
私達は暴動で死んだ人間の死霊と会話もしていたのだ。
パスクゥムのフラーテル達に殺された彼らと。
「ねえ、エージがあそこまでしていて誰も見咎めなかったのは?」
ドン・ヴェイレムはエージを美味しく食べるためだと嘯いた。
パスクゥムに暴動を起こす為にと、呼びこまれて外から来た人間が暴動の日に沢山殺された。
ジュスランは瞳を蛍光カラーにして、ハハハと笑った。
「サプライズパーティは必要なんだよ。人間にも、魔物にこそ、ね。」
私はごくんとつばを飲み込んだ。
「この町の名前はパスクゥム。牧場ってことは、フラーテルも家畜なのね。」
「お嬢さん?平穏な世界で幸せに暮らすにはね、生贄という名の小さな犠牲に目を瞑らなければ!」
私とシャーロットは手を繋いでいた。
家畜でしかない私達は、いつ生贄に選ばれるとも知らないのだ。
この目の前の吸血鬼という牧場主様によって。




