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誰の為にも鎮魂の鐘がなる  作者: 蔵前
木曜日は曇り空
8/96

親がいない時は知っている人の車にこそ乗ってはいけない

 私を乗せた車は三十分も走っただろうか。

 辺りから牧場の土の臭いも感じられる事から、私は訝しく思いながらも頭から彼の上着を取り除いた。


 車は大きな納屋の中に止められていた。


 私は車のドアに手をかけ、そこでビリっと自分の指先が感電したような痛みに襲われた。

 ような、じゃない。

 私の指先は黒く焦げている。


「魔族封じの施しがこの車にしてある。この納屋にもね。」


 既に車を降りていた彼は私が火傷してしまった車のドアを開け放った。

 笑顔の彼はジュスランが狩りを語る時のような狂気に満ちていた。


 ああ、そうだ。

 今の私はデーモンで、彼は魔物退治の一族の末裔だった。


「さあ、降りて来て。君に聞きたい事があるんだ。」

「あ、まあ!まあ!私もあなたに話したい事があったのよ。」


 少々脅えた様な声が出てしまったが、ヴィクトールの血走った目が怖いのだから仕方がない。

 彼は私の返答ににやりと口角をあげると、私の手首を掴んでぐいっと後部座席から自分の方へと引き寄せた。

 私は彼に引かれたせいでSUV車から転げ落ちるようにして車外へと連れ出され、実際に彼に手を掴まれたまま両膝を納屋の床にしたたかに打ち付けていた。

 さらに、バランスを崩した体を支える様にして出した左の掌も床にばしんと打ち付けられていたので、私は気が付けば右腕を捩じられた格好で納屋の床に座り込ませられていたのだ。


「痛った!一体何をなさるの!」


「俺は聞きたいことがあるだけだ。」


「き、聞きたい事って。」


「その顔はデーモンでもパラディンスキ家のトップの顔だ。パラディンスキ家の事について洗いざらい、君が知っていること全て答えて欲しい。」


「ど、どうして?」



「俺の婚約者を殺した奴を始末したい。」


 まあ!

 私は感動と感激で涙がぶわっと両目から流れ出した。

 ああ、あなたも同じだったのね。


「そ、それはエージ・パラディンスキのことかしら?」


 ヴィクトールは地獄の底から響いてきたような低くざらついた笑い声をあげた。


「ハハハ、残念ながらそれは違う。」


「ええ!あなたの婚約者を殺した相手でしょう!エージがあなたを襲撃して、婚約者があなたの身代わりに猟銃で撃たれて殺されたんじゃないの!」


 見紛うことなくあなたの目の前での惨劇ではないか!

 いや、私は目が見えなかったからそう勘違いしていただけ?

 私を殺したデーモンはエージだと私が勘違いしていただけなの?

 私の鼻はあいつの臭いだと確信していたし、喋り方から声もあいつ自身、そう、私の父親をしているあいつそのものであったはずだ。


 私の右腕を掴む手の力が少し弱まった。

「君は何を言い出しているんだ?」


「十年前よ!十年前にあなたは婚約者を殺されているでしょう!」


「十年前に俺には婚約者などいない。殺されたのは三年前の話だ!」


 私はそこで、ヴィクトールに兄か弟がいたようなことを聞いたことがあったようなことを思い出していた。

 彼は両親が離婚して父方に引き取られていたが、折り合いが悪いからと高校生になった彼は一人暮らしをしていたのだ。

 もし、兄弟がいて、それが双子だったら同じ匂いと遺伝子だって持っている。


「あ、あなたには兄弟はいたかしら?」

「ハッ。それを聞いてどうする?家族がいたら報復に殺すか?」


「い、いいえ。私は人間違いをしていた気がしたのよ。私の知っている人、十年前に婚約者を死なせてしまった人を助けたかったの。私はそれがあなただと思ったの。だけど、あなたにその時は婚約者はいないって言うし。」


「はは。君はデーモンだろう。どうして仲間を裏切って人間の肩を持つ?」


「え、ええと。私はその死んじゃった子と友人だったから。デーモンだってそういうのがあるのよ!あなたはわからないかもしれないけど!」


 私の右腕は解放されて、私は床にべちゃりと落ちた。

 私を痛めつけようとした保安官はわかってくれたのだと息を吐いたが、ガチャリと金属音がした事で事態は全く変わっていないと思い知らされた。

 私を見つめる44口径の銃口。

 その銃を持つ男は私を冷たい目で見下ろしていた。


「君はいい子かもしれないが、君はデーモンだ。デーモンは自分を愛する人間の心臓を食べた時こそ寿命がかなり延びるものだと聞いている。君の言うお友達は君の生贄だったんだね。横から奪われてエージを憎んでいたということか。」


 ヴィクトールでないらしいジェット・バークという男は、最初から人外である私をこの納屋で殺すつもりであったようだ。

 殺す前にパラディンスキの内情を少しでも探れれば良い程度の気持ちしかなく、私の持っている情報などどうでも良かったに違いない。

 私を脅えさせて情報を吐けなどという行為は、そう、きっと殺される人間が魔物に命乞いをする場面を魔物に味合わせているだけなのだ。


「わ、わたしはまだ誰も殺していないわ。」

「これから殺すだろう。」


 彼の指先は引き金に強くかかり、私はひぃっと声を上げていた。

 私の脅えた視線は彼の両目とかち合い、彼は引き金を引けずに顔を歪めた。


「くそ!」


 彼は銃と視線で私に狙いをつけたままだが、車内の自分の上着へと銃を持たない左腕を伸ばした。


 上着が被されば私は撃たれて殺される!


 私の目玉は無意識にも殺されまいと逃亡手段を捜していた。

 視線はぐるぐると納屋の中を彷徨って、けれど、所々の壁や床にここで殺された魔物の叫びの跡が残っている事を見せつけられただけだった。


 しかし、別のものも見つかった。


 魔族封じの術は新築の家ならば完全密封できるが、ところどころに穴が空いている古い納屋ではその穴までカバーできない。

 しかし、せっかく開いている穴でも人のサイズの身体が逃げ出すことは出来ないのならば、これこそここに閉じ込められて殺されてきた魔族への精神的拷問では無かっただろうか。


 私は恐怖に身をすくめながら、自分を殺そうとしている男がジェット・バークではなく、私を失ったが為に復讐を続けているヴィクトールだと思い込もうと目を閉じた。

 私の上にはふぁさっと少し重たい保安官の上着が落ちて来た。


――ざまあみろ。


 あのスーの言葉が脳裏に閃いた。

 あいつは知っていた。

 グールの身でありながら高位のデーモンの私を裏切ったのか!

 スーへの怒りによるものか、自分を取り戻した私は自分を軟体化させてきゅるっと言う風にして車の下に入り込んだ。


「畜生!」


 彼は私を咄嗟に打とうとしたが、弾けた銃弾が車の下部に刺さる可能性を一瞬で想定したのか銃を引っ込めた。

 私はそのうちに蛇となった体を透明にさせると、一番近い穴へと向かった。


「ああ、畜生!そっちか!」


 姿を消しても移動する時には音は出る。

 私の移動する周囲をいくつもの銃弾が撃ち込まれたが、私は命からがら穴から飛び出す事が出来た。

 もちろんバークは私を追いかけて納屋から飛び出して来たが、諦めが早いのかすぐに納屋に引き戻して行った。

 数分後には車のエンジン音が響き、バークの車は町へと戻っていった。



 私は服も何も無くした姿で、どうしようかと空を見上げた。

 紺色に染まりかけた空が何も答えてくれるわけは無かったが。

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