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誰の為にも鎮魂の鐘がなる  作者: 蔵前
聖でなくとも木曜日には薬草飯を
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パスクゥムにおいてのフラーテルの掟

 地下には普通に従業員用のエレベーターがあった。

 私こそ知らなかったが、イグニスの従業員の殆どはデーモン族かグールなのだそうである。

 イグニスは招かれざる客の私達を咎めるどころかオーナールームに私達を招き、そこの応接セットに座らせて飲み物まで出してくれた。


「あの階段通路はこのお大臣のアイディアだよ。アトラクションみたいでも照明が無いでしょう。そこで、最初に見つけた冒険者は一時退却するんだ。二度目に来た時はそうだね、俺達によるお説教がその冒険者たちには待っている。暗視の監視カメラもあるんだよ。知っていた?」


 彼は友人のようにジュスランの仕業だと教えてくれたが、私達は裏でどれだけ悪い事をしているのだろうとうんざりしながらジュスランを見返すしか無かった。

 ジュスランは注目されて嬉しそうに肩を竦ませて見せたが、イグニスに話の続きをするように手で促した。


「ああ、何を?」


 イグニスは本気で困ったような顔を作り、私とバークは顔を見合わせてから私の方がイグニスに尋ねていた。


「あの。あの生首が従業員って、ええと、いいの?殺人現場に彼がいたそうよ。グールが公になっても良いの?」


「ああ。そっか、君達は何も知らないか。それに、そうか、保安官はちゃんと引き継ぎがされていなかったか。そうか、そうか。」


「おい、引き継ぎってなんだ?歴代の保安官はフラーテルによる殺戮の現場は全部見過ごして来たって事か?」


「ハハハハ。違いますよ。パスクゥムで殺人や交通事故で人が死ぬ。するとね、その死体が身寄りのない者だったら、頭のすげ替えをするのですよ。グールの身体に死体の首を乗せ、新鮮な死体にはグールの首をつける。これ以上腐敗などしてしまわないための応急処置。ついでに、死体を歩かせてこの貯蔵庫にまで持ってこさせるという大事な仕事です。」


 バークはぱちんと音がするようにして自分の口元を押さえた。


「行方不明が多いのに死亡者が少ない。死体が見つからないのは。」


「そうだよ、その通り。僕達は出来る限り人との共存を考えているんだよ。イグニスが死体から抜いた血や、ああ、肉そのものも、僕のお店で仕入れさせてもらっている。」


 バークは両手に顔を埋めた。


「ああ、畜生。それでこの生首は全部あんたが受け持つって言ってくれたのか。」


「そう。冒険ごっこしたい君が可愛くて、つい、連れまわしてしまったけれど。ねえ、どうする?僕達に新しい死体を作らせる?この仕組みを見逃す?君はこの町の保安官だ。好きな道を選びなさいな。」


 バークは見るからにジュスランの与えた選択肢に思い悩み始め、その姿を見るに、彼はきっと数か月しないで白髪になってしまうだろう。

 私は大きく溜息を吐くと、イグニスが出してくれたビスケットに手を伸ばした。

 ココアの生地とバニラの生地が組み合わさって可愛らしい十字模様になっているアイスボックスクッキーは、さくっとしてとても軽い味で美味しかった。


「気に入ったかな?これは俺の手作りなんだ。君はどこの種族かな?フラーテルなのはわかるけれど、その先がわからなくてミステリアスだ。君がその気なら今日から一緒に住んでもいいよ。」


 はう?


 イグニスの言葉に茫然としていた私は、グイっと少々乱暴にバークに引き寄せられて抱きしめられた。


「ミスティーは俺の女だ。そして、この店の秘密が新たな殺人を生まないための処置だというならばね、いいよ、俺は認めよう。」


 イグニスは本気で面白くなさそうに片眉をあげてバークを睨み、ジュスランは本気で楽しそうな笑い声をあげた。


「パスクゥムに存在しない女だからこそ、上位デーモンの俺が庇護するべきだと思うけれどね。この町にはこの町のルールがあるんだ。」


「わぉ!そうだった。そうだったね。新たな魔物は町の調和を乱さないように種族に見合ったどこかに属させる。それを拒んだものは、処分、だね。」


 私を抱き締めていたバークがひゅうっと息を吸い込んだ。

 そして、すぐに喚いたのである。


「俺の女だって言っているだろ。俺に属しているんだ。こいつに髪の毛一本の傷でもつけて見ろ、俺がこの町のフラーテルを全員狩ってやる。」


「わぉ!それも楽しそうだ。GOMDを狩るゲーム、最高だね。どうする?イグニス?」


「ハハハ。GOMDなのか、こいつは。ああ、こいつを狩ったらその美女が俺のものになるならば、ああ、いいねぇ、さっさと狩ってしまいたいね。」


 私はバークを撥ね退けて立ち上がっていた。


「えっと、私は服が無いのでバークに明日の夕方に服を買ってもらう約束です。そ、それで、服を貰ったらこの町を出ますから、あの。」


「わぉ!靴屋の小人だ!お洋服を貰ったら消えます、なんて!なんて健気!」


「俺こそ服を買ってやるよ!クルーザーだって、コンドミニアムだって、だから君はいていいって。全然心配いらないから!」


「でも、私はバークが好きなのよ!」


 イグニスはにっこりと、それはもう素晴らしい笑顔を作った。


「大丈夫。死んだら一年しないで忘れるし、俺には金が有り余るほどある。」


「いや、だから殺さないで!殺したら悲しいから絶対に絶対にこの町から出ていきます!あなた、ええと、イグニスさん?あなたが私を好きだと言うならば、私を普通に口説きなさいな。それとも何か?あなたは自分に魅力がないからバークを殺すって方法しか取れないのかしら?」


 私は何を自分で何を言っているのかと思うしかないが、とりあえずバークをイグニスに殺させないようにすることが先決だ。

 イグニスは私の言葉を聞くごとに涎の垂れそうな締まらない顔をしていき、最後に、よろしいかしら?、と言ったところで私の手を自分の方へ引っ張った。


 チュバ、と音がするぐらいの手の甲へのキスをされた。


「ああ、燃えてしまう。こんなに可愛いフラーテルの女の子は初めてだ。オッケー。愛する君の心を向けるために俺は努力しよう。あ、そうだ。」


 イグニスは立ち上がるといそいそと自分のデスクへと向かい、デスク脇に設置されている小さな冷蔵庫にかがみこみ、そこから大き目のワインボトルを取り出した。


「君へのお土産だ!」


「私はお酒が飲めないの。」


 私の言葉で一瞬にしてイグニスの顔は真っ赤な肌のデーモンに代わってしまった。


「ミスティ―、イグニスは基本ノーが嫌いな男。」


 ジュスランの囁きにひょえっとなるしかない。


「ええと、お酒が飲めないから、ええと、あなたのクッキーを全部頂ける?これはすっごく美味しかったわ。」


 うわ!


 文字通り真っ赤な顔をさらに間抜けな呆け顔にしたデーモンは部屋を弾丸のように飛び出していき、戻ってきた時には手にはモンドソンメルソのお持ち帰り用の白い箱を携えていた。

 彼はその箱に皿に乗っていたクッキーを全てざざざといれ、なんと、箱を閉じた後には真っ赤なリボンを可愛らしく結び、そして、私に差し出したのである。

 騎士がお姫様に対してするように、跪いて、だ


「どうぞ。美しきミスティー。」


「ぐらっと来たわ。ありがとう。」


 バークが牛みたいな唸り声を出したが、私はやっぱり八歳の女の子なのだ。

 お姫さまみたいに扱われるのは嬉しいものだ。

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