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誰の為にも鎮魂の鐘がなる  作者: 蔵前
週の真ん中な水曜日は月曜日よりも嫌い
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恋心は犬と人間では違うのかも

 ガウン!


 バークの銃の発射音が室内で響いた。


 ディアンヌは近くにいた光学迷彩を纏ったジュスランの腕に引き寄せられ、そして彼の光学迷彩の中に姿を溶かして透明となった。

 しかし、ディアンヌの立っていた床には彼女の死体らしき物も転がっている。


「まあ!お見事!フフフフ。よく見たらお母様を殺しちゃったみたい。でも大丈夫。幽霊よ、幽霊の仕業。さあ、次は小うるさいチビを殺しちゃいましょう。」


 シンディは再びバークの耳元に囁き、そして、今度は銃口が私に向けられた。


 ガウン!


 私の残像はバークの銃弾を受けたそこで消え去り、しかしすぐに形作り直すと死体として絨毯に転がった。


「よくやったわ。テン!」


 テンを身代わりにした私こそ、ディアンヌの死体の振りをしていたのだ。

 ディアンヌの死体姿に光学迷彩をかけて透明に変え、私はそこでそのままミスティの姿を形どった。

 全裸だが仕方がない。

 私は姿を現わすとすぐにがばっと起き上がった。

 そしてそのまま真っ直ぐに私はバークの元へと歩いていったが、バークは催眠をかけられているはずながら呆けた顔で固まったまま私を見つめていた。

 彼の隣のシンディも私に呆けた顔をして見せた。


「この程度の術で我を失うなんて、私はあなたにがっかりよ!」


 私はバークに怒鳴り、バークは私の怒鳴り声で正気が戻ったかのように瞳孔がグインと開いた。

 彼は呆けた顔をもっと間抜けそうな表情に変えた。

 緑色がかった黄色の虹彩がハート形に見えるぐらいに目元をほよんと緩め、口元だって喋りたいのに喋れないという風にわふわふと動かすだけだ。


「情けない!シャキッとしなさい!」

「あ、ああ。」


 ようやく声が出たバークは隣にいた邪魔者に腕を引かれた。


「あ、あれは違う!私の偽物だわ!さあ、ジェット。私がミスティよ。さあ、この偽物を撃って頂戴!」


「煩い!」


 怒りのままに私は自分に銃口を向けたままのバークの手を掴むと、彼が引き金を引く前に彼をソファから持ち上げて投げ捨てた。


「この馬鹿男!目を覚ましなさいな!」


 それから、魔女の口元に向かって拳を打ち込んだ。


「このろくでなしがああ!」


 シンディはがふっと血反吐を吐いたが、口元から歯が三本ぐらいも転がった。

 私の後ろでは投げ出されたバークが立ち上がった気配は既にあり、私はすぐに身を翻そうとしたが、バークが私の後ろから私に抱きついて来た方が早かった。


「まだ目が覚めないの!」


「ごめんさい!ミスティ!ああ!会いたかった!」


「え?」


 私の肩にはバークの頭が乗せ上げられ、私はバークの万力のような両腕によって捕らわれてしまっている。


「俺は君に会いたかった。君に会うためならばと、何でもしてしまった。ああ、すまなかった。君に怖い思いをさせてしまった。」


「え?」


 私は足元に転がる私の振りをしているテンを見下ろし、そして、ジュスランが匿った代わりに私が死体の振りをしたディアンヌの事を思った。


「あなたは自分の母親がジュスランに助けられると分かっていたのね。でも、それはいいわ。でも、ローズを平気で撃ち殺せるなんて許せない。」


「いや。撃ち殺していない。ペイント弾だよ。ほら、死んでいない。」


 私を締め付ける腕は私から離れ、バークは絨毯に転がる私の死体らしきものを抱き上げた。


「うわあ!死んでいる!どうして!胸に凄い穴が空いている!どうしてだ!全部大丈夫ってジュスランに話を通しておいたはずだろう!」


 私は自分を本気で殺す気がなかったバークを一先ず許した。

 しかし、何も知らない私がテンに命じたマグナムで撃たれた死体の振り、これをとりあえず有耶無耶にしなければ明日からのローズの人生は無い。


「あなたって酷い人ね!」


 私は叫んだままプードルに変身すると、ソファを飛び超え、掃き出し窓に向かって体当たりをかました。

 強化ガラスだろう事は何となくわかっていたので、ガラスにぶつかる寸前に体の硬度をあげた。


 ガシャアアアアアアン。


 ベランダに着地するとそのまま下へと飛び降りた。

 そのままマンションの敷地外へ出て身を隠していれば、恐らくどころか確実にジュスランに回収してもらえるはずだ。

 バークを揶揄いたいからってやることがひどすぎる。


 バッシャアアアアアアアン。


 プールに物凄い水しぶきが上がった。


 なんと!バークが三階のベランダからプールに向かって飛び降りたらしい。


 下手に落ちて死んだらどうするのよ!


 私が不安で見守っていると、彼はふぃっと水面に浮き上がってきた。

 しかし、私がほっとしたのもつかの間、彼は私に向かって泳いできた。


 うわああ。


 バークの目が殺気だっている事で私は脅え、本能のまま駆け出していた。

 プールサイドから敷地の庭に逃げ、敷地を囲うフェンスに遮られるところまで逃げた。

 あ、どうしよう。


「待ってくれ!話を聞いてくれ!」


 私はフェンスをよじ登り、うわ、犬の足では上手く登れない!

 私は真っ逆さまに下に落ちた。


「わああああ。ミスティ!」


 私はバークの腕に落ち、バークは私の身体に再び腕を回した。

 ああ、この体勢はあの日の私達だ。

 死にゆく私を抱き締めて私の胸に顔を埋めて泣く少年。


「ごめん。本当にごめん。大丈夫、ローズは生きていた。あの子はデーモンだ。それも物凄く化けるのが上手な鬼っ子だ。」


 よし、修正は出来たようだ。


 あとは、昔のあの日を思い出しているような瞳をしたバークを抱き締め返し、一言二言会話が出来れば慰める事が出来る。


 私は再びミスティに体を変えた。


 でも、私が彼に話をする事は出来なかった。

 ミスティに戻った途端に、私はバークに口を塞がれたのだ。


 バークの唇はマシュマロのように柔らかく、私はそれだけで体がしびれた。

 でも、口の中にバークの舌が入ってきて、そこで私のバークへの恋心はしゅんと消え去ってしまった。

 代わりにぞくりとした恐怖だけが湧いたのだ。


 純粋にバークが怖いと、食べられてしまう!と、それだけだった。


 発作的に私はバークを突き飛ばし、光学迷彩を纏うとフェンスを登ってコンドミニアムの敷地外へと逃げた。


「ミスティ!待ってくれ!」


 そして、出来る限り遠くへと走り、誰も追って来れない暗闇の中で足を止めると、私はそこで涙が止まらなくなってしまった。


 大好きなのに怖いとしか思わなかったバーク。


 私は彼を愛していたけれど、やっぱり私はブランでしかない。


 人間と犬の恋心が同じであるわけはない。


 人間の男は怖い怖い怖い。


 もう二度とミスティの姿で彼に会うものかと、私は自分を守るために決めた。

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