あなたは暇なだけ?
名前を呼んではいけない人とは、呼んでしまって姿を現わされると、関係する人々全員に不幸を招くという恐ろしい人だからだ。
いや、特定の人へ、か。
ジュスランは私達のお茶に付き合っただけでなく、お茶が終われば荷物を置いて落ち着きましょうとバークの家へと私達を追い立て始めた。
「ジュスラン。皆様は既にバークの家では無くてホテルに荷物を置いていらっしゃるわ。私の荷物も保安官事務所だし、出来ればこの町の観光をと思っていましたの。」
「そう、その通り。まずはこちらのご婦人方が一番興味を示すだろう場所にご案内するのが添乗員の役目でしょう。ねえ、ディアンヌ。君はバークの私生活こそ覗きたいよねぇ。」
「ま、まあ、そうね。でも、あの子が嫌がることは嫌だわ。」
「ああ、大丈夫。僕のする事は大体が彼への嫌がらせですからね。あなたに嫌悪感を抱くよりも僕へ呪いの言葉を吐く事は確定済みです。どうですか?一緒にバークに嫌がらせをしてみませんか?」
「まあ!あなたは本当に呼んではいけない怖い人だったのね。」
「ええ。物凄く怖い人なんです。では、行きましょう。」
私はバークを守ると請け負ったのにと私の良心は騒ぎ、そこで私が対応する相手はディアンヌ達でジュスランでは無かったと自分に言い聞かせた。
私の良心は私自身がバークの私生活を覗いてみたいという希望を抱いていたことも知っているので、呆気ない程に良心は良識をがなり立てることを止めた。
「ローズ。君はバークを守る人では無かったのかな?」
「わ、私が止めてもあなたは決行するでしょう。あなたを止めるなんて私には力不足だわ。」
「ハハハ。君こそ覗きたい癖に!」
私の図星を当てた男は私達をぞろぞろとバークの家へと連れて行った。
ジュスランの運転する車は真っ赤なプジョーで、私は乗り込んですぐに彼にこの車はどうしたの?と聞いていた。
マスタングは?
コルベットは?
あの車庫で眠る真っ黒黒なブガッティは?
ここでダッチスプリンターに言及しないのは、あれは水族館所有の送迎車だったからである。
「これね、借りもの。レークスがパーティ券の代りに貸してくれた。」
リリーを悪徳の道に引き込む唆しもジュスランによるものなのだろうか。
私は時々わからなくなる。
パスクゥムの三大勢力は、まず力だけでのし上がってきたマフィア的な我がデーモンと、それから警備会社や警察とのつながりで街を掌握している人狼、そしてパスクゥム内外どちらにも大きな勢力を持っているジュスラン達吸血鬼だ。
吸血鬼はここ百年以上に渡ってパスクゥムに表立っての力の行使を起こさないが、そもそもパスクゥムを作り上げたのは吸血鬼達こそである。
でも、その後は彼らは少しずつパスクゥムの表舞台から姿を消して他のフラーテルや人間にその地位を譲り渡し、今やジュスランだけがふよふよと目立った行動をしているという状態だ。
吸血鬼の女王であるエリザベス・パエオニーアが姿を現わした事は一度だってないのではないのか?
私は運転席のジュスランの横顔を眺め、勝手に言葉が口から飛び出した。
「怖い人のあなたはパスクゥムをどうしたいの?」
「さあ?」
ジュスランらしい回答に私はクスリと笑ったが、彼には続きがあったようだ。
いつもの素っ頓狂な声ではなく、学校で教壇に立っている時の声で彼は続きを語りだした。
「神様は何を考えて世界を作ったのだろうね。自分一人が寂しくて?僕はね、神様は暇だっただけだと思うよ。暇で暇で堪らなくって、何もすることが無いから粘土を捏ねて箱庭を作って遊んだだけなのかもしれないってね。現代みたいにゲームが出来て変なアニメのDVDが見れたら、また違ったのかもね。」
それって、吸血鬼が暇だったそれだけの理由でパスクゥムを作ったという事で、今は娯楽が腐るほどあるから面倒な行政から手を引いちゃったよ、という答えなのだろうか。
と、言うことは、ジュスランを楽しませる限り狩られたりしないで楽しく暮らせるってことなのかな、と、私は尋ねる前よりわかんなくなっていた。




