婚約者候補に怖い町
バークの婚約者候補のシンディ・クルスは明るい栗色の髪に青い瞳で、彼女の顔立ちは美女というよりは可愛らしい系だった。
まるでリサが大人になったらこんな感じ、と想像できそうな人だ。
ついでに言うと、彼女の鼻は妖精系のあれで、悔しい事にバークが好むであろうアメリカ男性が好きなあの形というものだった。
ただし、派手なディアンヌと違い黒一色のシンプルなカットソーワンピースにベレー帽という姿はやぼったく、リサとは違うし、バークの好みでもない。
そして、バーク家の親類でも何でもなかった。
元犯罪被害者なのだという。
前職がNY市警の刑事だった関係でディアンヌはシンディと出会い、彼女を守れるのは自分の息子以外いないだろうと確信したから連れてきたのだそうだ。
「確かにバークは保護欲の強い方だと思いますわ。でも、自分で最初から恋をしたいというロマンチストでもあると思いますの。」
私は取りあえず二人を町で人気のあるカフェに誘った。
いかにも田舎の古き良き時代のカフェという佇まいは、都会から来た人には土産話の一つにでもなると考えたのだが、シンディには不興を買ったようだ。
彼女はメニューを開けば大きく溜息を出し、私が頼んだフルーツ爆弾パフェには自分で食べないくせに眉根を潜めたのだ。
カシスジェラートとバニラアイスの組み合わせの上には丸く型抜きされた果物とベリー類が色とりどりに散らされ、そこに生クリームとチョコソースがこれでもかと掛かっているというパスクゥムでの人気スィーツなのである。
「あなたはペリエだけ、ですの?せっかく違う町に来たのならば、その町のものを堪能するのは如何かしら?ああ、もしかしたらアレルギーなどおありだったかしら?」
「私はこれでいいの。あなたも気を付けたらいかが?子供のうちは良くても、大人になるにつれて余計な脂肪が増えていくわよ。太ったら人間はお終いよ。」
少々太り気味で半袖から出ている二の腕に吹き出物が多数見える店員が、シンディの言葉でびくりと震えて私の前に置こうとした紅茶を少し零した。
「ああ、すいません。」
「いいの。あなたこそお湯を被らなくて?」
「あ、ありがとうございます。」
「まあ、いい香り。私も紅茶にすればよかったわね。あ、そうだ。ちょっと、ごめんなさいな。この子の頼んだパフェを私にも頂ける?とっても美味しそうだわ。」
ディアンヌにコーヒーを置いたばかりの水色の制服を着た定員は、追加注文をにこやかに受けると追加メニューを注文用紙に書き足した。
「少々お待ちください。」
定員が去る姿を眺めながら、ディアンヌはくすくす笑い出した。
「すごいわ。あの子が腰を落ち着けようとするだけある。この町はレトロな雰囲気があってとっても素敵ね。私も移住しようかしら。」
こういう場合、煽るべきなのか、あるいは、喰われるから止せと言うべきか。
シンディだったら、どうぞ、と気軽に言えるのだけど。
彼女が細くてモデルみたいなのは認めるが、太っている見ず知らずの他人に当てこすりとなる毒を吐くのはどうかと思う。
こんな性格だから犯罪被害者になったのではないか?
「ディアンヌ、観光に良い所は永住する場所じゃ無いわ。馬鹿みたいなサプライズプロポーズと一緒よ。最初に驚きがあった分、時間が経つにつれて陳腐なものに変わっていく。悲しい事ね。」
「そうね、悲しいわ。あなたがこのパスクゥムに滞在されているうちに、パスクゥムを少しでも気に入って頂けたらと思うわ。」
シンディは私に答えずにペリエを口に含んで、ぬるい、とだけ言った。
ああ、むかつく!
こんな時にシャーロットがいれば。
「まあ!ローズさんじゃありません事!奇遇ですわね!」
彼女は総レースのワンピースという素敵なものをお召しであり、リリーに着せられたヒヨコ服なままの学校帰りの私には、彼女の姿は憎たらしいほどに羨ましいものだった。
が、私はシャーロットに会えてこんなに嬉しく感じた日は無かった。
「ええ、素敵な奇遇ですわ!紹介いたしますわね、こちら、バーク保安官様のお母様ですの。そして、こちらがそのご友人。皆様、こちらは私の友人のシャーロット・エイボン様ですのよ!」
「まあ、また可愛いおしゃまさんがいらしたわね。私はディアンヌと申しますの。まあ!私が申しますの、なんて。ああ!なんて面白い。この町は本当に面白いわ。子供達は綺麗な言葉を喋って、町はゆっくりとした素敵な時間が流れている。」
私はくすくすと本当に嬉しそうに笑い出したディアンヌからブルトーザーの称号をこっそり消して、ボンボン夫人と名付けようかと考えた。
かたい殻をカリっと噛めば、溢れるのは甘いチョコレートクリームだ。
「そんなに褒めて頂いて嬉しいわ。ねえ、シャーロット。ディアンヌ様はこの町に住んでもいいって言ってくださっているのよ。」
シャーロットは人形の外見らしく可愛らしく一通り笑うと、それはおよしになった方が良くてよ、とさらっと答えた。
「あら、どうしてかしら。シャーロット様?」
本当にディアンヌはノリが良いと感心していると、シャーロットはずいっと私の真横に座り込み、芝居がかった様子で声を落として喋りはじめた。
「この町には名前を呼んではいけない怖いお人がいるのよ。その方の目に止まってしまったら悪の道に引きずり込まれちゃいますわ。ディアンヌ様、あなたの侍女をされている修道女見習いこそターゲットにされます事よ。」
修道女見習いの侍女とは、シャーロットは酷い事を言うなとただただ感心だ。
そしてシャーロットの生意気な言葉に対してディアンヌは本当に楽しそうに上品に笑い、シャーロットに当てこすられたシンディは不機嫌な顔で黙り込んで、いや、何かの呪文を呟き始めている。
シャーロットがとんと指先で机を付いた。
「ひぃ。」
一瞬だけ小さな青い炎がシンディの手元で燃えたのだ。
先月助けたサラマンダーが私達に与えてくれたささやかな魔法だ。
「あら、あなたは修道女見習いじゃなくて魔女見習いでしたのね。間違えてごめんあそばせね。この町には魔女要素が無いから歓迎するわ。ただし、町中で呪文なんて始めると火あぶりになっちゃいます事よ。ここは陳腐な田舎町ですもの。」
シャーロットは言うだけ言うと席を立ち、自分がいたであろう家族の席へと戻っていった。
「凄い子ね。シンディのお行儀の悪さを窘めて行ったわ。でも、とっても気になることも教えてくれた。ねえ、ローズ。この町で名前を呼んではいけない怖いお人ってどなたの事かしら?」
「それは。」
「うわお!こちらが噂の保安官のご母堂かい?はじめまして、僕は誰にも名前を呼んで貰えないジュスラン様と申します。」
私は顎が外れる程の驚愕をする人達を見る事が出来た。
銀色に輝いて見えるライトグレーのシルクシャツに黒のサテンパンツを合わせた怖い人は、持ち前の金髪を太陽神ぐらいに輝かせて私達の前に現れたのだ。
彼は呼んでもいないのに私の横に座り、本当に恐ろしいまでの魅力的な笑顔をディアンヌとシンディにまで振りまいた。
あら、シンディの頬が赤い。
彼は本当に怖い男だ。




