保安官事務所
声は同じでも彼はヴィクトール・バンディットでは無い。
いや、その声だって私の思い込みの方が近いであろう。
それでも私は彼の声がもう一度聞きたいと、自宅に戻るやクローゼットの中の隠していたものを引っ張り出した。
私の黒いドレスは通信販売で購入しているものだ。
通信販売というものは、子供が大人の服を買っても怪しまれないという利点がある。
まあ、限度額に見境が無いクレジットカードを八歳児に与えるのはどうかと思うが、人を堕落に貶めて命を奪うのがデーモンであるならば、親として祖父として可愛い子供に堕落させる大量の金銭を与えるのもデーモンらしい子育てだろう。
何が言いたいのかと言えば、私は二十歳ぐらいの女性が着る服を持っている、という事だ。
そして、その服で何ができるのかは、私と黒貂のテンの魔法だ。
私は二十歳ぐらいの女性の姿に変身すると、その衣服をまとい、そして黒貂のテンを私の姿に変えた。
「いつものようにお願いね。」
私に化けたテンは化け物らしく口が裂けたような笑顔を私に返した。
それから私はもう一つの魔法を自分に掛けた。
ここにいるのに見えない魔法だ。
そして家を出て人込みに紛れたところで姿を現わし、大人の姿の私は誰にも咎められないまま、私の想い人と同じ声で喋る男性のいる場所へと向かったのだ。
保安官事務所。
受付はスー・レイエンというハワイから移住してきた黒髪の美女だ。
しかし彼女は保安官事務所の受付という職務からか、美しい髪はいつもぴしっと結い上げており、事務所に入ってくる人間にはにこりとも笑わずに冷たい視線だけを与える。
「ハイ。道に迷っちゃったみたいなの。ううんと、そういう事で、ちょっと、保安官にお話があるの。通してくださる?」
夜のクラブの女性のような格好をした私は胡散臭い事この上ないであろうが、胡散臭い女が何か情報を持ってきたと思わせる作戦であったが、はてさて、スーは私をつま先から頭のてっぺんまでねめつけてから私に吐き捨てた。
「留守です。お帰り下さい。」
「あら、まああ。大事なお話が、ええと、あると、お伝えして下さる?」
ビジューでギラギラなクラッチバッグを胸元にぎゅうっと抱きしめた私は、恐らくいかにも見てはいけないものを見た夜の女のようなはずで、夜の女という事は昨夜か今朝未明のジュスランによる殺害現場を見たとも受け取れる筈である。
しかし、保安官助手でもなく事務所を守ることだけに熱意を持っているらしきスーは、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「お帰り下さい。」
「あら、でも、あの可哀想な女性の……。」
スーの顔はぐにゃっと変化して、吸血鬼の使い魔のグールへと一瞬だけ変貌してみせた。
「余計なことを言うと喰っちまうよ。」
私は彼女ににやりと笑って見せた。
人外の者達だけに通じるデーモンの笑顔だ。
スーはひぃっと小声で脅え声を出し、私は彼女の方へと身を屈めた。
「小物が。私は新しい保安官に挨拶に来ただけよ。通しな。」
「あ、あの、留守です。ほ、本当に留守なんです。そ、外回りで。でも、!あ!」
「どうしたの?」
ひょいっと身を起こすと、私の背中に硬いものがぶつかった。
「おおっと。」
「ああ、おおっと、だわ。」
私は丁度外回りから戻って来たらしい保安官の腕の中にいた。
壇上で見かけた時よりも間近な彼は、ああ、私のヴィクトールだった。
だって、匂いが一緒なのだもの!