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誰の為にも鎮魂の鐘がなる  作者: 蔵前
日常は変わらず続き、私は再び月曜日を迎えられた
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水族館に行こう!⑤

 戦うと言っても私達には武器も無ければ力もない。

 怪我をするよりもジュスランに余計なことをしたと叱られる方が良いと私は選び、今の私にできる最良の召喚術を使うことにした。


 私はスマートフォンを全裸男に翳すと写真を撮り、助けてと添えてバークに送ったのである。


 写真にするとどこにでもいる丸顔の小太りな中年男の全裸姿でしかなく、写真からは緊迫感が消えていたので、私はバークに送信しながら助けてもらえるか一瞬不安になった。

 しかしメールには既読が付いただけでなく、すぐに行く、とすぐに返信も付いたのである。


「保安官に連絡はしたわ。十五分凌げば助けが来るはず!私達はバークが来るまで逃げるわよ!」


「いいや。戦うって言ったじゃないか!」


 私の横をすり抜けてシルビアは走り、こん棒を上手にかわしたそのままぴょんと飛び上がって全裸男の頭部を蹴った。

 男は頭部を蹴られてぐらりとしたがそれだけだった。

 しかし、にやにやした男は新しい玩具が来たという風にシルビアへと向きを変え、私は近くにあった絵葉書用ストッカーを持ち上げるとその男の頭を目掛けて投げつけた。


 私には人間の成人男性ほどの力はある。


 ガウン!


 見事命中して男はぐらついたまま倒れたが、起き上がりこぶしのようにぎゅんとすぐに起き上がった。


「まあ、全然効果がない。毛皮を脱いでいる丸裸なのに!」

「死んでいて痛みが無いからでしょう。」


 私は私だけに聞こえるように囁いて来たシャーロットに振り返った。

「死んでいたの?」

 私も彼女に囁き返した。


「死んでいたわ。霊という人格は肉体に貼り付いているのに、魂という生命の火が体内に見えない。」


「え、どういうこと?」


「死んだら肉体から霊魂が一緒に飛び出すの。霊魂は人間の魂と霊の部分が合わさって出来ているもの。世の理を成すのはいつだって三位一体。霊と魂と肉体。霊が消えて魂と肉体だけだと植物人間のようになるか、ブードゥー教のゾンビみたいになる。そして、目の前にいる変態は変態のまま死体のまま動いている。」


 彼女は一度言葉を切ると、ふうっと大きく息を吐き出した。

 彼女の唇から真っ白の靄が出て、私は自分の肌に鳥肌が立った。


「寒い。」

「地獄の底から死霊を呼んだからよ。」


「どうするの?」


「変態の身体に死霊を注ぎいれて死体に貼り付いている霊の部分を剥がせるか試してみる。シルビア!そのまま敵の注意を引いておいて!」


「任せて!」


 シャーロットは私には理解できない古代語の言葉を紡ぎ始め、彼女の唇からは真っ白な煙もモクモクと溢れて彼女の姿まで隠していった。


「何度も言うが、あなたは凄いわ。」


 私はシャーロットから変態ゾンビへと目線を移すと、彼は小鳥のようにひらひらと自分を翻弄するシルビアにこん棒をゴンゴンと床に打ち下ろしていた。

 どんなに振り回されたこん棒が凶悪でも、シルビアに一太刀も浴びせられないのは、シルビアが見惚れる程に身軽であったからだ。

 今など壁を駆け上るや変態ゾンビの頭に蹴りを入れる、つまり、三角キックなるものを披露した。

 私は凄いと口笛を吹くと、シルビアに助成するかと金属製の傘立てを掴んだ。


「うわあ、意外と重い。投げた時に肩が外れなきゃいいけれど。」


 しかし、投げる必要、どころか、私も変態ゾンビの近くに走る必要が出来た。

 リサが変態ゾンビの攻撃可能範囲にまで近づいていたのだ。


「わあああ。リサ!」


 シルビアは脅え声を出し、そのせいでバランスを崩してもう少しでこん棒の餌食になるところだった。

 私はリサの元へと走って行き、今度はリサを狙って振り下ろされるこん棒から彼女をかっさらって逃れた。

 リサを抱き締めて転がった私の十数センチほどにこん棒がガツンと床を打つ。

 起き上がって次の一撃を避ける間は無いとリサごとゴロゴロと横に転がり、しかし、リサは転がりながらおかしなことを叫んでいた。


「わたくしはあなたのきもちはりかいできますわ~。」


 変態ゾンビは私達に振り下ろすはずのこん棒を宙に浮かせたまま固まった。


 今のうちに起き上がって逃げるぞとリサを引き起こしながら立ち上がったが、やっぱりリサはおかしなことを叫ぶだけだった。


「わかりますことよ!あなたが愛する人を奪われて壊れてしまっただけの可哀想なアザラシ様であることは!」


 リサの両目は洗脳された時のようにガラス玉のように爛々と輝き、私は変態ゾンビに攻撃することを忘れて取りあえず間合いを取ったシルビアと目を合わせた。

 シルビアこそ本気であ然とした表情で、私はリサのわかんなさこそジュスランの仕込みかと考えた。


 あの男だったら「人生にはスパイス」とか言いそうだ。

 人生にスパイスどころか人生が終わるだろうと罵倒したい。


 そして、こん棒を振り上げた男は体を硬直させてリサを、いや、リサを抱き起して庇うようにして立っている私ごと見下ろしているだけとなった。


 この状況はシャーロットの術によるものか。


 今のうちにトランスなリサをこの場から引き離そうと、私はリサを抱く腕に力を込め、走りだせるように両足に力を込めた。


「ふくしゅうするならあなたの妻を不幸にした男を襲うべきです。」


「ひ、ひひ。お前らクソガキを殺したら、その後にあの若造を殺すさ。」


「いいえ!あなたの奥様を無体な仕事で働かせていた人間を、ですわ。」


「俺に館長を裏切れと言うのか?」


「そうです!自分の為に悪者を裏切ってくれた男の人でしたら、かならず奥様はあなたの元に戻るはずです!これは昨年放送されていた愛と裏切りのタルタルーガのラストです!ヒロインの愛した人がヒロインの為にギャングのボスを殺して、そして、ヒロインの前から去るのです!すると、それを知ったヒロインは結婚する予定だった男を振り切り、死ぬときは一緒だとヒーローの元に駆け付けるのです!俺は君を守るどころか何もあげれない一文無しの賞金首だ。あなたから貰った鼈甲の櫛があるからもういいの。あとはあなただけでいい。もう、わたくし感動ばかりで、最終話だけ何度見返した事か!」


 リサは既に私の腕を振り切って、もう夢見心地で語るのなんの、状態だ。

 シルビアは私達のところまでやって来て、私とシルビアはリサをどうするべきかと目線を交わすしかなかった。


「お二人とも!リサを連れて逃げてください。失敗です。あと数秒で動き出してしまいます!」

「よし!」


 シルビアはリサを抱き上げ、だが、リサはリサだった。


「お考えになって!私達を傷つけても何も変わりません事よ!」


 変態アザラシゾンビは体をびくりと震わせ、私は二人を逃がすために蛇にでもなろうかと身を屈めた。

 足に絡まれば転ばせられるかも!

 ところが、変態アザラシゾンビは私達からほんの少しだけ身をよじり、私達が絶対にいない床にこん棒を振り下ろした。


「裏切ってももう俺には何も戻って来ないんだ!」


 うそ、リサの説得が功を奏した?


「でも、他の人は助け出す事は出来ます!オコナ―に奪われた奥様の他にもあなたには奥様がいるのでしょう!」


「五人の妻は全部オコナ―に奪われたんだああああ!」


「うっそ、全員?」

 私は思わず声を上げていた。


「やばい、オコナ―弟。」

 シルビアはオコナ―の弟にこそ引いているような声だ。


「アザラシ並みの精剛ね。」

 シャーロットは四十歳の女性のようにして鼻で笑った。


「では、なおのこと、あなたは館長を倒さねば。オコナ―弟が先に館長をやっちゃったら、あなた、完全にお間抜けよ?」


 変態男は真ん丸の顔を皺だらけに歪めると、私達を襲うどころか私達の前から踵を返して駆け出して行った。


「リサちゃん?」

「リサ?」

 私とシルビアはリサの暗黒面にざわざわしていたが、暗黒シャーロットは初めてリサの頭をさらっと撫でて見せた。


「あなたが今日のMVPね。」

「うふ。そうかな。」

 リサは可愛らしく肩をすくめた。

「そうそう。」

 私もリサにそうだと言って、彼女を讃えるべく頭を撫でた。

「うん、そうだね。すごく助かったよ。リサは凄いや。」

 シルビアは撫ではしなかったが、本気で感嘆したかのような声だ。

 リサは全員に褒められて幸せそうな満面の笑みで輝いた。

「うふふ。」


「そんな解決はだめじゃあああ!女ゃの子が怖いばっかりはいやじゃあああ!こんにゃ子達に召喚されたくないいいいいい!」


 私達は適当に終わらせたいのに、私達に忘れ去られていたサラマンダーがぬいぐるみの中で一人叫んで水を差した。

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