水族館に行こう!③
「はい。ちゃきちゃきと、今日の目的を達成しましょう。サラマンダー様とお友達になる、いいですね。僕から君達に三十分のチャレンジタイムを与えます。皆さん、頑張ってサラマンダー様と仲良くなるべくお話しをしましょう。」
リサとシルビアは元気よく返事をしたが、私とシャーロットは、そう、あのシャーロットさえもジュスランに対して顔を歪めて見せたのだ。
サラマンダー様はサラマンダー様だった。
奴は本物の炎の精霊だったのである。
尻尾も入れると二メートルほどのミズオオトカゲサイズのウーパールーパーは、来館者が水辺の生き物と触れ合うように作ってあったプールにいた。
彼は私達団体に気が付くと自分からのそのそと近づいてきた。
そして立ち止まった彼は、疲れるからなのか四本足のうちどれか一本は宙に浮かせているという格好で、私達に偉そうに話しかけて来たのである。
「お前しゃんたちか?俺っちの力が欲しいのは?」
リサとシルビアはスマートフォンで電気鼠を捕まえた時以上の喜びを見せており、私とシャーロットは嘘しか言わない男が本当を語った時の方が始末が悪いとがっかりしていた。
本気で変な活動を今後させられるに違いないという諦めの境地である。
悲喜こもごもの私達に満足したのか、ジュスランはオコナ―と三十分消えると教育者にあるまじき事を言い出し、そして前述の台詞なのである。
「あの人達が消えている今こそ、オコナ―の弟のロッカーか個人用机を漁れ、という事なのかしらね。」
「うーん。わたくしはそれをパスしてこの長老様と遊ぶことにしたわ。あの坊やはウーパーベビーとセルキーへの愛でいっぱいで脳みそも動いていないから、セルキーが悪い事にはならないでしょう。あなたは頑張って助けてあげたい?」
オコナ―の弟は良くも悪くもオコナ―そっくりの性質だった。
普通に人が良く愛情深く、そして、頭が良いのに物事を深く掘り下げようとしない幸せ回路が頭にあるような善人なのだ。
私も腕を組んでうーんと考えると、ジュスランに直接言われていない事だからいいかな、という考えに達した。
余計な事をしたと、私はジュスランに嫌味を言われる事にはなりたくない。
「サラマンダー様と遊ぶことにする。」
私とシャーロットが純粋にサラマンダーと遊ぼうと決め、ピンク色の間抜けな顔立ちをした両生類に向き直った時、長老は老人らしく余計な繰り言を口にし始めたのである。
「ああ、俺っちの若ゃい頃は、男が女ゃを守るものだったてんに、ああ、暴力を振るわれる女ゃの子を見るのは辛ぇものだ。」
「まあ!誰がそんな目に遭っていらっしゃるの!」
「あたしがそんな奴ぶっ飛ばしてやるよ!」
リサとシルビアは長老のたった一言で乗せられ、私とシャーロットは顔を見合わせて大きな舌打ちをした。
「しぃ、だ。子供達!俺っちの言葉を盗み聞かれたら子供達の身ぃも危ねぇっけ。静かにな、静かに聞くんじゃぞ。」
リサとシルビアは口元を両手で隠してプールの縁から身を乗り出し、私とシャーロットはひょうたん型に掘り下げてあるプールの左右に分かれた。
「いいかなゃ、子供達。優しそうな金持ち男には気を付けるんじゃ。何も知らない女ゃの子は、いつもいつも騙されて酷い目をみちょる。何人の女ゃの子がぽろぽろと涙を流したものか、って、ありゃあ!」
私は自分の馬鹿力で私より大きなサラマンダーを持ち上げており、そのサラマンダーが暴れないように紫がかった灰色の霊で押さえつけているのはシャーロットだ。
「なにぃをするんじゃあ!女ゃの子は!」
「ちゃきちゃき要点だけ言って欲しいの。」
私のお願いの言葉にシャーロットは続けたが、長老に言い放った言葉は八歳児とも思えない冷たい命令口調だった。
「私達には三十分しかないのよ。あら、もう二十五分ね。助けて欲しい人がいるなら、名前と、状況と、敵の名前を言ってごらんなさい。」
シャーロットには霊的に金縛りにされ、物理的には私に掲げられ、進退窮まったサラマンダーはあわわと脅え声を出した。
「女ゃの子は怖くなったものじゃ。」
「早く!」
「早く!」
私達が脅す中、じゃぶっと水音がした。
リサが私と同じようにプールに入り込んで来たのだ。
彼女は私達と違い、哀れな長老を気遣うような目で見上げた。
「お願い。ローズとシャーロットの言う通りになさって。私達も困った人を早く助けたいの。それに、おじ様がどうにかなるのは辛いわ。」
私は彼をどうにかはしないつもりだけれども、私に掲げられている両生類はリサの言葉に無いはずの歯を鳴らしてガチガチガタガタ震えた。
「俺っちはこんな怖い思いをしたのは初めてじゃ。」
「ごめんなさい。でも、私達は可哀想な誰かを助けたいあなたの気持ちと一緒だわ。ただ、シャーロットとローズは少し乱暴なだけなの、ってきゃあ!」
リサはシルビアに抱き上げられ、シルビアは私達に叫んだ。
「逃げるぞ!ローズはそのトカゲさんを抱いて来て!」
シルビアはリサを抱いたままプールをあがるとそのまま駆け出していき、シャーロットもシルビアの後を急いで追いかけた。
しかし私は動けなかった。
私はどんどん近づいてくる男が、小柄で小太りな肉体的特徴を全て知ることのできる全裸である、という事実だけに呆気に取られてしまっていたのだ。
いや、気持ち悪いと動きが止まったと言ってもよい。
男は自分の毛皮を誰にもとられないように肩にかけており、無防備そうな全裸であるにもかかわらず、右手にはこん棒のようなものが握られていた。
そのこん棒の先には毛髪や人の皮膚組織らしきものが貼り付いている事から、この男こそ暴動時の館内の竜巻であり、土産物スペースにいた幽霊もこの男に殺された被害者なのだろう。
こん棒のような物を床に引きずっての嫌なゴロゴロという音がどんどんと近づいて来て、どんどん近づいてくる男は私達に対して殺意ではなく好色で変態的な表情を顔に浮かべていた。
「お嬢ちゃん、逃げなしゃい。」
「ああ、そうね。あなたはここに置いても大丈夫?」
「一緒に逃げて欲しいんだな。」
「あなたは私よりも大きいのに!」
「足は短いんだな。おじいちゃんだし。」
「もう!」
私はサラマンダーを背負うと、前かがみの走りにくい姿勢だろうと必死に友人達の後ろ姿を追いかけた。




