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誰の為にも鎮魂の鐘がなる  作者: 蔵前
火曜日は幸先よく
34/96

新居

 南欧風の豪邸は実に素晴らしいものである。


 エージとギャングさえいなければ。


 壁に囲まれた中庭は小さな噴水のような物が設置された所だが、そこはギャングの若集が煙草を吸って寛ぐ場所でしかない。

 広い居間はイタリアのクラシック家具で飾られており、リリーはそんな華やかでアンティークな家具に喜んでいたが、部屋は煙草の臭いと男臭さで溢れていた。

 天井なんて、せっかくの照明器具も隅の方でヤニが付いて黄色くなっている。


 私はボロボロになっていても自宅に帰りたかった。

 あるいは、ジュスランの家、とか。

 あの家の客室は五つ星ホテル以上の設備であった。

 そして、煙草の臭いなど一欠けらも無い、とっても清浄な空気だったのだ。


 吸血鬼のくせに!


 しかし、私が居間を見回して匂いと汚れに気が付いて眉をひそめたところで、私達を気さくに出迎えていたエージの顔色が変わった。


「何か気になることが?」

「部屋が汚い。」


「こら!ローズ!」

 リリーが脅えた声を出して私を叱った。


「良いよ。リリー。」


 でも、エージは気さくに笑い、私は二人に両肩を竦めて見せた。


「だって、部屋の隅がどこも煙草のヤニでべたべたしている。私はどこに座ればいいの?ファブリックもなんだかべた付いているじゃ無いの。」


「――他には?ローズ。」

「私の部屋もヤニ臭かったら私は自宅に帰る。」


 私は必死だった。

 エージに追い出されたら一番うれしいが、どこまでやったら危険なのか私は調べているのである。

 生意気だと叩かれる?威圧的に私に命令してくるかしら?


 真っ黒い瞳で私を推し量るように見つめるエージは、自宅だからかいつものように前髪を後ろに流しておらず、ぼさぼさの髪が彼を幼く見せていたが、目元には長いまつ毛によって深い影も出来ていて、それが彼を年を取った老人か死体めいて見せてもいた。


 その年齢のわからない男は急ににやっと笑顔になった。

 十四歳かそこらの少年が浮かべる様な笑顔だ。


「リリー、明日はその生意気なちびと家具を選んでおいで。君の好きなように模様替えをしたらいい。ヤニ臭いカーテンも絨毯も、ぜーんぶ捨ててしまえ!ハウスクリーニングの予約も頼めるかな。」


「まあ!エージ。でも、いいの?ここの猫足の家具はどれも素敵だわ!私はとっても気にいっているのよ。」


「じゃあ、家具屋にそのことも相談したらいい。とにかくベタベタな家具はどうにかしましょう。俺達のお姫様のお申し出だ。」


「ふふ。わかったわ。あなたは本当に優しいパパね。ローズ。いいこと?あまりパパを困らせる様な事はいけないわよ。あんなに何枚も大人の服まで買っていて、あなたはあれを一体どうするつもりだったの?」


 エージはニヤリと笑い、私は進退窮まった。


「大人になった君には着て欲しくない服ばっかりだったから捨てちゃったよ。ごめんね。あと、君の趣味で買っているあの黒いドレスたちもね。僕の娘には僕の娘らしい服を着て欲しい。今日の服はお友達のを借りたのだっけ?俺も娘が着るにはそんな服がいいねぇ。」


 シルビアはブランドンをこよなく愛しているが、服の趣味だけは受け入れられないと笑っていた。

 私もシャーロットもそうねと答えた服は、間抜けな生き物の大きな顔の絵がプリントされたトレーナーに、膝丈のふわふわフレアースカートである。


「シルビアはこんな服は嫌だからあげるって。大人の男って誰も彼も女の子の好みを知らないのね!」


 言い捨てるや私は自分の部屋だと言われていた部屋へと走り出した。

 二階の、階段を上がってすぐの廊下に三つ並んだ真ん中って聞いていた。

 バタンとドアを開けて入った部屋は、明るくベランダもある素晴らしいものであろうが、クローゼットの扉を開けて出てきたものは、私が半生込めて集めて来たものなど何一つなかった。


 私の揃えたゴシックロリータな真っ黒なドレスは消え、エージとリリーの好みで買い直されたらしきパステルカラーで統一された子供服がずらっと並んでいる。


「うわあああ!ちくしょう!」


 怒った私は部屋にあった椅子でクローゼットの扉を破った。


「きゃあああ!ローズったらなんてことを!」


 子供部屋の入り口には私を追いかけて来たリリーとエージが立っていた。


 さあ、殺せ!

 そしたらこんな家を飛び出して一人で生きてやる!


 ところがエージは私に拍手をして、さすが俺の子供だと褒めたたえた。


「え?」


「お前のドレスは捨ててねぇよ。クリーニングだ。親父が子供の癖に自分を持っているお前を気に入っているからね。これは、お前がどう動くかなって実験。」


「実験?」


「そう。お前は俺にニコニコするだけのお人形なのか、俺にちゃんと嫌な事は嫌だと言えるガキなのか、そこが知りたくてね。俺は大事な娘のお前が何を考えているのか全部知りてぇのよ。なあ?俺達は親子だろ?」


 ここではいと答えたら終わりだ。

 だが、答えなくともエージは私よりも何十年も生きて来たデーモンだ。

 彼はニヤリと悪辣な笑顔を浮かべると、私の頭にポンと右手を乗せた。

 押さえつけられた私。


「お父さんに教えてくれるかな。あのお姉さん服は何だったのか?」


 ど、どうしよう。

 エージは小さな子供の目線に合わせる風にして身を屈めた。



「教えてくれたらイタチを返すよ。お前の可愛いペットなんだろ。あの幽霊イタチ。生き物が欲しけりゃ俺がなんだって買ってやるのにな。」


 リリーには聞こえないだろう囁きは、私の終了のベルにも近い内容だった。

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