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誰の為にも鎮魂の鐘がなる  作者: 蔵前
火曜日は幸先よく
30/96

パスクゥムの底力とオレンジの正当な食べ方

 昨夜の私達はティリアの家に泊めてもらった。


 夜遅くの訪問であったが、フラーテルの子供達の保護はパスクゥムにおいては最優先事項でもあるらしく、私達は人狼の本拠地で安心この上ない状態に守られることになった。

 そして、そんな状況だからこそリサの呪いは解いていなかった。

 しかし、人狼族のボスは人道的な人だった。

 リサに悪夢を見せ続けるのは可哀想だと、人狼族のボスが直々にシャーロットに呪いを解くように頼んでくれたのである。


 シルビアの父、ブランドンは焦げ茶色の髪に瞳の色が白目の境目どころか虹彩全部が紺色をした、二十代後半の若者にしか見えない風貌の人であった。

 ただし、野性味があるが彫りの深い目元を柔らかく微笑ませれば、彼は強面からとっても甘い風貌になるという、女性には堪らない魅力を持った人だ。

 透明感のあるミッドナイトブルーの瞳には星が浮かんでいるんじゃないか、そんな錯覚さえも引き起こす微笑みを出せる男なのである。


 あのシャーロットでさえ頬を赤らめて、言う通りにする、なんて言っちゃうし、傍で見ていた私こそブランドンに何か話しかけて欲しいと思った程なのだ。

 シルビアが三歳児のようにしてブランドンから離れないのも頷ける。


 さて、とりあえず翌日を迎えた私達は、ティリア家の台所で温かい朝食を食べられる幸せに浸る事が出来ている。

 シロップたっぷりのホットケーキに半分がバターで出来ているようなコーングリッツ、皿から溢れんばかりなスクランブルエッグにベーコンと重たいアメリカンなものだが、魔物系の子供達にはぴったりだった。

 さらに、テーブルの真ん中にはフルーツ籠が置いてあり、良く冷やされているオレンジとグレープフルーツが人数分以上に積み重なっている。


 たぶん、過剰なほどに栄養価は高い食事だろう。


 しかし、魔物系の私達は昨日の不幸を無いものにしようというくらいの勢いで美味しい食事に舌鼓を打つだけだが、人間の子供のリサは昨日の悪夢の後遺症なのかビクビクとして哀れこの上なかった。

 だが、彼女は悪夢だけで済んで良かったはずだ。

 私の母リリーも、リサの母も、昨夜は体育館に避難して一夜を過ごさねばならなくなったばかりか、今朝からは自宅の片づけで大忙しであるのだ。


 暴徒によって私達の自宅が荒らされたのである。


 暴徒は取りあえず今日の未明までには鎮静化されたらしいが、扇動していた何人かが札束や高級家電を抱えたまま路上で死んでいたとか、暴動が起ったその日に突然現れたテレビクルーのバンも局に帰る最中に道を踏み外して炎上してしまったとか、パスクゥムの町長による会見ではおどろおどろしい結果を言っていた。

 私とシャーロットが使う客室に現れた死者達によると、体が勝手に盗みを働き出して警官に撃ち殺されたとか、意識のない仲間に殴り殺されたとか、誰に頼まれたのか脳みその中に手を入れられて調べられて殺された、とか、知りたくも無い事を勝手にざわざわ話していたが。


 やっぱりパスクゥムは怖い所だ。


「ああ、父さん家にいるのに、父さんがいないなんて。」

 シルビアが贅沢な溜息を吐いた。


「仕方がなくてよ。ブランドンはこの町の自警団の長だもの。」


 上級魔物であらせられるシャーロット様はグレープフルーツに齧り付きながら、上級生の父親を家族のように呼び捨てて上級生を窘めた。


「ティリア家は普段も町に迷惑をかけている系のローズの一族と違うのよ。」


 私はシャーロットだと思いながらグレープフルーツに齧り付いた。


「知っているよ。でもさ、あたしもローズみたいに変身できたらって。」


 私は思いっきりグレープフルーツに咽た振りをしてシルビアを睨んだ。

 ここにはリサという人間がいるでしょう、と。


「ローズは変身できるの?」


 ほら!


「いいえ、いえ、そうね。私の父と母は離婚じゃ無くて恋人関係なだけでしょう。シルビアはお父さんとお母さんが離婚していて、ええと、面会日って事で家族一緒じゃ無くてどっちかとしか一緒にいられないの。でも、私はお父さんがお母さんと結婚していないだけでお出掛けは全員でできる。そして、そのときに私は良い子の女の子に変身しているの。そういうこと。ね、そういうことよね?」


 私の目力は上級生のシルビアに向けられるものとしては、下位の女を言い聞かせる的な威圧感のあるものだったはずである。


 シルビアは私と目が合ったそこで、あ、と自分の失言に思い当たり、頭を上下させながら、そうそう、と私に追従した。


 よし。


「ねえ、私はいつ帰れるのかしら。ママに会いたい。」


「あら、今日のお昼までにはお家の片付けも済んでいるんじゃないかしら。」


 シャーロットは今度はオレンジに手を伸ばした。

 彼女はオレンジは吸うものだと言っている。

 シャーロットはその言葉通りオレンジを手で簡単にもむと、皮にブスリと穴を開けて口をつけて吸い出した。

 人形のような美少女が前かがみになり、一心不乱にオレンジに吸いつく姿はとても恐ろしいものに見えた。


「か、皮を切ってあげようか?」


「あら、この食べ方はオレンジがイギリスに伝わってからの、イギリスの上流階級での由緒正しい食べ方ですのよ。ギャスケルのクランフォードではこの食べ方がやっぱり恥ずかしいと、オレンジの日だけは各々の部屋に戻って一人で食べようって主人公が提案するシーンもありますの。」


「じょうりゅうかいきゅう?」

 リサが可愛らしく小首を傾げた。


「貴族ってことよ。」


 リサはシャーロットの言葉を聞くや自分もオレンジを手に取り、同じようにして手でもみ、でも、彼女の非力な指ではオレンジに穴を開けれなかった。


「ほら。」

「ありがとう。シルビア。」


 リサはシャーロットのようにオレンジにしゃぶりつき、すぐに顔をオレンジから離した。


「搾りたてのオレンジジュースね。すごくおいしい!手も汚れないし!」


 私とシルビアは目線を交わすと同じようにしてオレンジに手を伸ばし、台所はちゅーちゅーとオレンジを吸い上げる音だけが響くようになった。



「か、皮をむいてあげようか?」



 台所に入って来たジェイクの脅えた声に、私は誰をも脅えさせられる状況を作ったシャーロットは凄いと思った。

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