迷子たちの冒険①
ミニチュアホースでも大人の足を振り切る事は可能だったらしく、私達は追っ手を振り切って逃げ延びたようだ。
ただし、私達は迷子だった。
「あの、あれ、ここは。まああ、私はお馬さんに乗っている!」
リサも洗脳が解けたようだ。
「そう。私達は悪い人達に誘拐されかけて、このお馬さんが助けてくれたの。お馬さんの名前はあの憎たらしいローズと一緒よ。ローズちゃんと呼んであげてね。あら、ローズイコールお馬さんって覚えちゃったら、学校であの子をお馬さんって呼んじゃいそうだわ!」
シャーロットはどこまでも暗黒な女のようだ。
しかしリサがくすくすと笑い出したので、これはシャーロットのお陰と言うべきなのだろうか。
だだっ広い何もない牧場農家が点在する地域では、スマートフォンは圏外でどこにも連絡を取ることが出来ないのである。
「ああ!ネットにもつなげないからメールも出来ない!」
魔物の子供が荒野の真ん中でネットが出来ないと騒ぐのはシュールだな。
「ローズ!こんな道なき道を歩いていないで、とりあえず適当な道に出てくれる?そうしたらわたくしはここがどこだが思い出せるかもしれない。」
私は了解の意思を込めて耳を澄まし、車のエンジン音が微かに聞こえた方角へと駆け出した。
「まあ!シャーロットさんは地形に詳しくていらっしゃるの?」
「ええ。エイボン葬儀社はどんなお宅でもどちらにお住まいでも必ず葬祭を執り行わせて頂きますがモットーですもの。どこに誰が住んでいるか、それがどこなのか出来る限り認識をってあれ?わたくしは先ほどの人達がパスクゥムに移住して来たことなど何も知りませんでしたわ!」
私はバンシーがパスクゥム住人の住居を網羅している事に脅えるべきか、そんなバンシーの目をかいくぐって宗教施設を作り上げたミトラス教に脅えるべきか判断がつかないと、とにかく聞こえたエンジン音の方角へと駆けていた。
しかし、私が聞いたエンジン音は道路を走る車のものではなく、さびれた農場の住人のトラックのものだった。
南北戦争時代に建てられたスペイン風の邸宅は当時は素晴らしかった物だろうが、現代になるまでにその時代分の雨風を受けた過去を見せつけるだけの存在となている。
つまり、一目見ただけで廃屋に近いぐらいに手を入れられていない屋敷であり、しかし、家の前に停まっている古いトラックや数羽の鶏が走り回ることから、この家には生きた住人がいることも暗示していた。
「ごめんくださーい。迷子ですの。っと、初めまして。わたくしはシャーロット・エイボン。電話を使わせていただけるかしら。圏外で全くスマートフォンが使えませんの。」
家ではなくやはり崩れかけた納屋から出て来た男の右手には鎌が握られており、眠そうな顔をした男はシャーロットの言葉が理解できないのか首を横に傾げた。
灰色の長い髪はウェーブと表現どころかぐしゃぐしゃで、顔の前にはすだれのようにして落ちかかり、着ているシャツもズボンも一か月は着たままのような有様だ。
良くもこんな人間に声をかけれたとシャーロットを感心すれば、シャーロットは右手を男の方へと翳していた。
「グール。いいこと、あなたはそこを動いてはいけません。私達はあなたの家の電話を使います。よろしくてね。」
シャーロットにグールと呼ばれた男は電気に打たれたようにしてビクリと体を震わせ、そして、彼女の命令通りに体の動きをピタリと留めた。
「シャーロットさん。グールって、何ですの?」
「家の閉じこもって腐った人間の事よ。私達幼女に手を出したら警察が来ますけど、迷子の私達に電話を貸したりと手助けすれば褒美がもらえますと伝えただけよ。あなたは何も気になさらないで。いえ、そのお馬さんを家に連れて入りますから、あなたがお馬さんをお願いしますね。」
「いいの?お馬さんをお家に入れて。」
「大丈夫。その子は盲導馬ですもの。」
「まあ、盲導犬は知っていましたけれど、凄いのね、あなた。」
リサは私を見上げて目に尊敬の輝きを浮かべて微笑んだが、私はシャーロットの立ち居振る舞いにこそ衝撃と感激をしていた。
すごい、子供でも上位の魔物ならばここまで出来るのだ、と。




