歓迎しますと監禁
バスが辿り着いた場所はミトラス教という名の宗教施設であった。
どこまでも見通せる田舎の牧歌的風景に人工的で不格好な簡易施設が建つ姿は、外観に拘るパスクゥムに対しての冒涜に感じた。
礼拝施設っぽい丸い屋根の体育館のような建物もあり、その隣には急いで建てたような面白みのないコンクリート造りの四階建ての建物がそびえている。
広大な敷地に建つその不格好な建物群は、建物の外観から人が住めればよい程度のものだったが、ここがパスクゥムの町の端だろうが住民の誰も建設に気が付かなかった事こそホラーだ。
バスの子供達はぞろぞろとバスから降りて行ったが、運転手迄降りて行ったのでバスが再出発する気配もなく、代わりにバスに乗り込んできた中年女性がバスを降りない私達の元へとやって来た。
彼女は私達が彼女の存在を無視をしようとしているのに、自分の自己紹介を私達の頭上で熱に浮かされた様にしてし始めた。
「私はここの子供達を監督する寮母のアンジェラ・ママと申します。さあ、子供は何人でもよろしくてよ!さあさあ、バスから降りてゆっくりしましょう。」
ここの社宅の子供がロボットのように洗脳されているのは、アンジェラが風船のように膨れているから子供を追いかけなくて済むようにかと、私は目の前に立ち塞がる障害物に対して意地悪く考えた。
太り切ったシャチに服を着せた様な体系のアンジェラは、顔の大きさの割に小さな鼻で目玉だけが目立つという太った魚系の顔を私達に近づけた。
うえ、本気で魚の腐臭のような口臭だ。
「いえ、私達は帰りますので、お気遣いなく。」
「まあ!ご遠慮は不要でございますのよ。初めての登校日に初めてのお友達が出来るなんて、友を大事にと仰せのミトラス神様のお導きでございます!」
「ねぇ、ミトラスって何?どこの神様?」
私はボソッとシャーロットに尋ねると、当り前だが彼女は知っているわけ無いでしょう、と言い返して来た。
「ミトラス様は最高神アフラマズダ―様と共に悪をうち滅ぼされ、世界を善なるものへとお導きになる尊いお方でいらっしゃいます。」
「デーモン。あなたは滅ぼされる立場ね。」
「あなたこそ、でしょうよ!」
「……かみはあくをほろぼされ……。」
リサは教義を知っているかのようにぶつぶつと喋り出し、私は洗脳されてしまったリサの右腕に左腕を絡めた。
シャーロットはその反対側、リサの左腕に自分の右腕を絡めた。
「ほんとーに、お構いなく!」
「そうです。わたくしが早く帰らねば、家族全員が心配で泣き出します。泣きながら一族全員がこちらに迎えに来たら事ですわよ。」
私は自宅をバンシーに囲まれて泣き出される状況を想像してゾゾゾと震えた。
「うわ、それは物凄く怖い脅し。バンシーこそ最強のフラーテルだと思うわ。」
「こんな状況でボケれるあなたこそ怖くてよ。」
「さあ、さあ、降りてください!皆さんがおやつをご一緒にとあなた方を待っていますわよ。」
アンジェラは私達の右肩と左肩を大きな手でぎゅうと掴み、私達はその握力の圧迫の痛みで息が吸えなくなった。
「ほらほら立ちましょう。みんなで、みんなが、あなた方を待っていますよ。」
ぐしゃっと音がしたのは私とシャーロットの鎖骨の一部が潰れた音だ。
私達は痛みに悲鳴をあげ、目の前の魚の化け物のような中年女に白旗をあげた。
「行きます、ええ、行きますわ!」
「ああ、わたくしも、ああ、痛くて泣いてしまいます。」
「泣いちゃダメ!まず、外に出ましょう。」
「どうして!」
「このバスはスクールバスじゃ無いの!」
学校に不幸が来てしまうではないか!
「あ、そうか。ああ、痛い。降りたら泣いてやります。徹底的に泣いてさしあげますことよ!」
「ええ、お願い。今こそあなたが頼もしいと思った事は無くってよ。」
「わたくしはあなたが意外と使えなかったと失敗の二文字ですけれどね。シルビアはいた方が良かったわ。」
「ごめんなさい。バスから降りたら善処するわ。」
今の私達はリサを挟んだ格好で、肩が痛いと屈んだ状態で、のそのそとアンジェラの後ろを死刑囚のようにして歩くしか出来なかった。




