思い出話
ジュスランは私達を広い広い居間に招待した。
壁の代りにガラスを嵌めたと思う程の大窓が多い部屋でもあるが、今は夜だからと厚手の遮光カーテンがひかれている。
室内のソファなど家具の配置はインテリア雑誌の見本と言えるものだが、大きくて足のない革製の真っ黒のソファや、細長い楕円型の大きな年輪の見えるティーテーブルなどはインテリア雑誌にも乗せられない特注品の高級品だ。
ベージュ色の絨毯の毛足は長く滑らかで、これはフランス製に違いない。
そして、吸血鬼に必要なのかわからないが、ゲーム機はおろか、テレビステレオにホームシアター設備と、日本製の高級電化製品がどどんと設置されていた。
「興味があるの?ゲームでもする?」
「あなたはするの?」
「雨降りで狩りが出来ない時はね。いい時間つぶしになるよ。」
「やっぱり吸血鬼は流れる水が苦手か。」
「いいや。泥まみれが苦手なだけ。そこまでして人間を狩りたくはないよ。そんな価値は無い。」
ジュスランは人でなしに言い切ったが、吸血鬼が流れる水は平気ですと自分で暴露したことに気が付いているのだろうか。
バークはジュスランの返答に頬をピクリとさせただけで、そして、どうぞと言われてもいないのに大きなソファの真ん中にどかりと腰を下ろした。
「おためごかしはもうやめよう。お前は俺を呼んだ。俺に話しがあるからだろう。聞こうか。」
ジュスランはふっと笑うと、私にコーヒーを淹れてくるとだけ言った。
「え?私がコーヒを入れてくる、わよ。」
「嫌ですよ、お子様に自分ん家の大事な台所を引っ掻き回されるのは。僕がコーヒーを淹れてくるから、君達は平和に話し合いなさいって事。」
「おい!お前が俺に話しがあるんじゃ無いのか!」
「僕は猿と会話する術を知らない。それでも僕の大事なこの子が君に狙われているからね。うん、誤解?うん?この子は人間を襲わない子なのにな?うん?ということで、話し合って頂戴って事。」
バークは猿と言われて怒鳴り返すどころか真っ赤に顔を染め、ソファから立ち上がった。
すると、ジュスランはにこっと微笑んで、どうぞお気楽に、なんて言った。
バークは真っ赤になりながらも、ありがとう、と言ってソファに座り直した。
ああ!もうジュスランからバークへの調教が始まっていたのか。
って、とにかく私はジュスランが与えてくれた時間、この数分で、自分はバークに敵対意識は無いという事を納得させて、いや、それだけじゃ無くて、ヴィクトールが今どうしているのか聞く事も出来るじゃないか。
私もジュスランにありがとうと言っていた。
「うん。いいよ。君はコーヒーでいいの?お子様にはカフェインは毒だよ。」
「じゃあ、ええと。水でいい。で、言うか、水がいいわ!」
「うわお!学習したね。でも、コーヒーだ。」
わけのわからない男は結局人数分のコーヒーを淹れると言って部屋を出ていき、取り残された私達は顔を合わせ、そして、私はバークの右斜め対面になる位置にあるソファに腰を下ろした。
「あの、いいかしら。私はあなたに聞きたい事があったから。」
「俺もあるからいいよ。君はどうして俺に纏わりつく。」
「纏わりつくって、酷い言い方ね。でも、そうね、私は人を捜しているの。言ったでしょう、友人の婚約者だった人。あなたでは無かったけれど、あなたとよく似た匂いをしているの。もしかしたらあなた方は兄弟なんかじゃ無かったかしらって思って。あの、彼は両親が離婚して一人ぼっちだったけど、NYに母親が住んでいるって言っていた。兄弟もいるようなことを言っていた、から、その兄弟があなたなのかしらって思ったの。」
バークはガリっと歯噛みをした。
「デーモンは嘘ばかりだな。俺も俺の家族もこのパスクゥムには今まで来たことなんか無いんだよ。匂い?ここに来たことも無かった俺の家族や俺が君に接触している訳もなく、したがって、君が唱える友人話は嘘でしかない。」
「――嘘じゃ無いわ。十年前のジョージア州の話だもの。そこにも身内が誰もいなかったのなら、全くの間違い話になるからそう言って。私は人間違いだって理解して、二度とあなたの前に現れないって約束するから。」
バークはほんの少し私に向き合うようにして座り直した気がした。
「――君の知っている事を、ええと、その君の友人の彼について話してくれるかな。わかるだろ、君はデーモンの一族だ。君が語るそれが俺の知っている奴でも簡単に君に個人情報を与えられない。だが、君が安全だと分かれば、俺はその限りでは無い。君には今日助けて貰った事だしね。」
「ええ、ええそうね。えと、でも上手く説明は出来ないと思う。顔形なんて絶対に無理。その頃の私は目が見えなかったから、臭いと音だけで人を判断していたの。だから、あなたが、私の知っているヴィクトールだって勘違いを。ヴィクトール・バンディット。苗字も全くあなたと違うから、私の思い込みよね。」
バークは思いっきり咽た。
「どうしたの?」
「いや。え、えと、そのヴィクトール君の婚約者は誰だって?」
「いえ、いいの。」
「よくないよ。十年前にヴィクトールの婚約者だと思い込んでいた子がいたって事だろう。その子はなんて名前なんだ!」
私は焦った顔をしたバークを見つめ返し、十年前のヴィクトールは十七歳の子供でもあったと思い出した。
十年前の子供でしかないヴィクトールに、婚約者がいたどころか、死んでいた過去があったと聞いたら、身内だったら焦るのも仕方が無いだろう。
あ、体の関係があったら、子供とか、そういう心配もあったか。
「えと、男女間の関係は無かった相手だから心配いらないと、思う。その子も家出同然でヴィクトールの家に連れ込まれていて、ええと、彼と一緒じゃ無いと外にも出ない生活をしていたから、ええと、他の人が知らないのも当たり前だし。でも、ヴィクトールは紳士だったから、その子の背中に顔を埋めて心配事や夢や希望を語っても、エッチな事は何一つしなかったから、ええ、心配しないで!」
「いいから!その子の名前を言ってくれ!君の話じゃヴィクトールは誘拐者の変態じゃないか!」
「ええ!」
言われて思い返してみれば、ああ、確かに誘拐犯だ。
ヴィクトールは私と仲が良くなると、私を抱き締めて連れ帰ったのだ。
「俺はお前を一生守って食わせてやるからな。安心しろ。」
私を抱いたまま彼は彼の住む一人ぼっちの部屋の戸口をくぐり、私は結婚式はまだでも花嫁のようだと彼にしがみ付いていた。
「いいえ!誘拐者じゃ無いわ!目の見えない私を抱いて、一生喰わせてやるからって約束したもの!ヴィクトールは私と約束したのよ!私の婚約者だわ!」
私は愛するヴィクトールを庇いたい一心だった。
私は立ち上がって叫んでいたのだ。
ああ、でも、私は自分が婚約者だとも叫んでしまっていた。
これでは本気で大嘘つきにしかならないだろう。
けれど、バークは大口を開けて私を見上げており、その大きな口を閉じてごくりと唾を飲み込むと、かすれ声で婚約者の名前、と言った。
「え、えと。ブラン。猟銃でエージに撃たれちゃった、ブラン。」
「嘘だ。」
私は終了を受けいれた。
生まれ変わって違う人生なのだから、前世で出会ったヴィクトールを求める事こそ間違いなのだ。
彼には彼の生活がある。
「ええ、嘘でいいわ。ただ、もしも知っていたら教えてくれる?彼が今は幸せなのかどうか。彼は一人ぼっちで辛いって時々泣いていたから。」
「嘘だ。」
「ええ。嘘でいい。私は二度とあなたに会わないようにします。」
私は立ち去ろうと一歩踏みしめ、けれど、私の左手首はバークにしっかりと掴まれて引き戻された。
「あの、帰るから。」
「嘘つき。君は誰にその話を聞かされた?あの吸血鬼か?物凄くお涙ちょうだいのお話の真相を教えてあげるよ。君がけなげにも自分だと言い募るそのブランは、ブラッドハウンド、俺の十年前の飼い犬だ。」
うそ!




