日曜日は父の実家に仲良くお出掛け
休息日である日曜日は礼拝に出掛けるべきであるだろうが、私はデーモンである。
それに、祖父であるヴェイレム・パラディンスキが身内の招集をかけたとなれば、パラディンスキ家のお食事会にはパラディンスキを名乗るものならば必ず出席しなければいけない。
私は自分の身の上を自分で守らねばならないし、エージへの復讐の為にはパスクゥムで起きている事を知りたいから、この招集は願ったりでもあるが、可哀想なのは人間でしかないリリーだろう。
このような召集の時、彼女はいつもクリームたっぷりのカップケーキのように着飾らされてエージに連れて来られるが、彼女が一族の食事会そのものに出席する事はできない。
彼女は屋敷でドンに一言挨拶すればお終い、あるいは挨拶も出来ないまま、娘とエージと引き離されるやその他の愛人達が押し込められるサロン行きなのだ。
そこでは食事会と似たような豪華な昼飯も供されるが、それだけでなく顔を合わせた女達の自慢、虚栄、嫉妬、扱き下ろし、等々の女の汚い所を、これでもかと同じ愛人身分同士で擦り付け合わねばいけないらしい。
最近リリー一人が集中攻撃で虐められているらしく、今日の彼女は私とエージから別れる時には涙目であった。
リリーをいじめる愛人達が全員エージの愛人であるならば仕方がないかもしれないが、サロンに押し込められる女性の中でエージの愛人はリリー一人だけだ。
いや、リリーがエージの唯一の愛人でいる、という点が他の女性達に虐められる理由なのかもしれない。
他の愛人達は男一人に対しての複数の愛人、という綺麗な玩具であるからだ。
だったらリリーこそ堂々として他の哀れな愛人達を鼻で笑ってやればいいと思うのだが、彼女は私の顎が外れるぐらいに世間知らずで人が良い。
過去に私とヴィクトールを密告した件に関しても、純粋に大事な大事なエージ様を狙う不良がいるから気を付けて、ぐらいなものでしかない。
何も見ようとしない彼女は、彼女の言葉によってエージが私やヴィクトールを虐殺する計画を立てて実行もしていたなど考えもしなかったのだ。
いや、私達こそエージを殺す目的なのだから、この事実を持ってリリーやエージを恨む事では無いだろう。
私達は幼くて、無計画で、間抜けだったから負けただけだ。
生まれ変わった私は今度こそ賢く立ち回って生き抜いて見せるし、生きていればヴィクトールは感情に左右されないしたたかなハンターになっている筈だ。
「ローズどうした?ママが恋しいか?」
私を膝に抱いているドンが私を見下ろした。
黒い髪に黒い瞳の闇夜から生まれた天使の様な美貌の男が私の祖父であり、私はドンを見上げながらエージよりも繊細で若々しく美しい外見にいつものようにほうっと溜息を吐いた。
美貌の吸血鬼を見慣れていても、ドンの美しさはまた違うものがあるのだ。
「何もなくってよ。ただ、新任の保安官様の婚約者を三年前に喰ったのは誰だったのかなって、考え込んでしまっただけよ。」
「そんなことは考えるだけ無駄だよ、ローズ。私達は皿に乗った牛の名前を聞いた事はあるかい?美味しかったことは覚えていても、ああ、調理法を覚えていても、牛に名前があったなどと、知りもしないし知ることも無いだろう。」
ドンの言葉にテーブルにつく彼の息子達も笑いさざめき、私はエージの兄弟達の顔を見回した。
ドンの息子達は六人いるが、名前は上からレークス、ヴェント、イーオン、アーレア、イグニス、エージとなる。
中性的にも見える繊細な顔の造りをしているのは、ドンを含めてエージと長男と三番目だけであり、彼等の身長は一八〇はなく細身の身体だ。
他は一九〇はあろうかという長身に見合う筋肉質の体をした大男達であるが、彼等は肉体にあった少々ごついと言ってもより顔付をしている。
しかし、ドンの息子らしくしなやかで洗練された動きをするので、彼等にも武骨という言葉は似合わないだろう。
恋愛小説のリージェンシー物が好きならばドン系で、中世の騎士物が好きならばヴェント達のような外見の美丈夫という選択肢なだけだ。
彼らはどちらの外見でも、反吐が出る程の美青年でもあるのだ。
また、髪と瞳が真っ黒というところも共通項ともいえよう。
私は同じように笑う男達を見つめながら、同じようでも外見が少しずつ違うように、性格の陰湿さも違う事から、バークに協力するならば彼の婚約者の亡くなりかたも調べておくべきと頭の隅にメモをしていた。
「どうしてそんな事が気になるのかな。」
気さくそうに話しかけて来たのはレークスである。
企業弁護士をしている彼はドンの片腕ともいえる。
ドンは自分の王国に関してまだ支配権を渡す事は無い。
そんなドンに人間の法と人外の行動様式をすり合わせるための相談を彼だけが受けているというならば、それは彼こそドンに必要だと言えるからだ。
「情報はいつの世も自分を助ける道具になると思うの。」
「確かに。でもそんな事を考えるなんて君の命を狙っているのは誰かな。伯父さんがそいつを食ってやろうか?」
横から口を出して来たのは入れ墨が大好きなヴェントである。
彼は建設会社を担当しているからか強面の男として振舞う。
「お父様よ。」
エージは自分の胸に手を当てておどけて見せた。
「俺が?君を?」
「ええ。いつも私を食べちゃいたいくらい可愛いってお父様はおっしゃるじゃ無いの。」
そこで男達はしらじらしい笑い声をあげて見せたが、私の左の二の腕はきゅっとドンに掴まれた。
優しく手を置いているようだが、彼がその気になれば簡単に腕が折れるだろうというような掴み方だ。
「お祖父さま?」
「君は最近パエオニーアと仲が良いみたいだね。」
胃の腑がずんっと寒気に震えた。
「ええ。どの種族のどの女達も彼に夢中ね。デーモンは人の嫉妬の対象となるべきだと思いません?人気者の彼が一番執着しているのは私だわ。素晴らしい事じゃ無くて?」
「ふふ。悪い子だ。そんな君に頼みごとをしてもいいかな。」
私の左腕はドンによってぎゅうっと掴まれ、腕の骨に重圧感を感じて下腹部まできゅうっとしてきたが、それでも人形のような微笑みを顔に浮かべ続けた。
「まあ、何かしら?」
「いい子だ。何、簡単な頼みだよ。」
ドンは私の右耳に口元を寄せ、右手に掴んだディナーナイフで私の耳たぶをすっと切った。
ぽたり、ぽたりと血の雫が私の右の耳たぶから零れ、その血をドンは耳たぶを舐めるようにして彼の舌で拭い取った。
「毒を埋めておいで。パエオニーアとバークとやらを反目させる毒を。いや、反目でなく、バークにパエオニーアを引っ掻き回させるだけでいい。」
私の耳たぶは再び舐められ、私はぞっとしながら目を閉じた。
これは知っているぞというドンの私への脅しでもある。
ジュスランこそこの耳たぶに針を刺して私の血を一滴飲んだのだ。
「ええ、やってみる。でも、私はまだ八歳よ。サポートが欲しいわ。」
「どんなサポートかな。」
「もちろん情報よ。情報を手にする権利でもいい。」
男達は笑いさざめき、私は吐きそうな自分をグッと抑えて笑顔を保っていた。
脅えて泣いては駄目だ。
エージは私とリリーを食べたくて堪らない。
でも、二十三人いる孫のうち、十三番目の孫である自分の娘だけがドンとの食事の席に招かれて、そして、ドンのお膝に座る事が出来るという優越性に私とリリーを殺すことを押さえているのだ。
私がドンの不興を買ったその時、私とリリーは心臓を取り出されてエージに喰われてしまうだろう。
私にはエージへの愛が無いが、リリーはエージへの愛で心臓がぱんぱんだ。




