思慕
アレンに行動を起こされて、初めて自分の封印していた想いにたち戻る。そうなって始めて、自分を見ている人々の思いに直面する。
その日、アレンは登庁せず。
プライベートな回線から連絡を取ろうとしても、応答しなかった。彼は既に、私個人のコンタクトでさえ、拒むことを決めていたのだ。
昨日彼が聞いた。(1度決めた事は、最後までやり通す。)座右に置く自負はどうなったのか?!と、あれは、途中で息絶えることに成れば、放り出す事に成りはしないか?!ひいては、保身を図って欲しいと。
でなければもう、堪え得ないと。
「公…あの…信じられない事が…伯爵が…!!伯爵が東で拘束されたと…今…っ!!」
アレンの決断の時をなぞっていた私の感情を切り裂いて、ルィザの悲痛な報告がされた。
危惧が現実になり、最悪の結果として戻ってきた。
未練が引き起こした事態だった。
彼にとって私という人間の存在が始めから無ければ…
悔やんでももうおぼつかず。それすら本来の目的から外れていたのだ。いったい今までは何だったのか…。
「…つ…」
刺すような痛みが来て、何時ものように治まってくれない。時折ふっ…と、全てがブラックアウトする。
息をしようと、姿勢を保とうと、縋った手がデスクの上の物を払い落とす。
異変に気付いたルィザが、驚愕の表情を向けた。
…すまな…い…。
「……!!お気を確かに!閣下っ!!…良かった…如何あそばされました?!ただ今医者を!」
…ルィザ…?!。
ああ。気を失っただけで済んだか…ひとまず胸をなで下ろした。呼んでいたのがアレンの様な気がしていたのを思い出して苦笑する。
全く、私という人間は…。
「待て…良い。誰にも漏らすな」
入院時の検査結果は箝口令を引いて、アレン以外は知らない。ルィザの驚きは思って余り有った。
「公。心臓発作の様にお見受けしました。お体をお愛い下さいませんと…」
青ざめて言う。
「原因ははっきりしている。大丈夫だ」
助け起こしてくれている、ルィザの手が微かに震えている。アレンに続いて私まで、1人で放り出される気がしている事だろう。
今更に多くの人を巻き込んで終っているのだぞと、無言で諭されて居るようだった。
「少し休む。すまないね」
「いいえ。あの…お邪魔は致しません。時々ご様子を伺わせて頂いても宜しゅうございましょうか?!」
「うん」
ソファに横になっても眠ることなど叶わなかった。
動悸が治まってしまうと、1人でじっとしている事が堪らなくなってくる。
庁舎に使って居るこの建物は、オルデンブルクの夏の離宮だったところを、宮殿内に有った内務省が、手狭になったことから、王に許可を求め、改装の後移転させた。
3分の1を庁の事務所として使って居るが、私が気に入って使っていた図書館と、その周辺は今もそのままにしてあった。
時折泊まり込む必要がでてきたときや、体調が今ひとつな時等に仮眠を取ったりと、使うことも有ったので、メンテナンスは行き届いていて、今も十分使用に耐える。
1度は王宮として使われた歴史も有るので、そこかしこに抜け道等という便利なものも有った。
図書室の奥には、私が執務室として使っている、元はメインの寝室から、隠し扉で閉ざされた通路で往き来が出来る筈だった。
確か、一番隅の書棚をスライドさせると…煉瓦の壁が現れた。足元のピンを踏むと、上へせり上がって通路が口を開けた。探ると壁にスイッチがある。昔の仕掛けは有難い事に生きていた。
点けると点々と明かりが灯った。入ってきた書棚を戻し、内側のピンを踏むと、煉瓦の壁が下りてきた。
触れてみると、表面だけ煉瓦に似せたタイルが貼ってあり、あたかも壁で有るかのように見せかけてあった。
大戦の前はこんな物が必要で有ったのだと思う。
階段は廊下に変わり、方向を変えて暫く行くと、扉に突き当たった。普段はこんな道を使ったりしない。まともに廊下を通って階段を降りる。図書室の書架の間から出て、その入り口も閉めた。
幼い頃、私を疎んじていた父を避けて、よくここに入り浸っていた。その方がお互いに傷付け合わなくて済むのだと、大人を気取ってここに居た。
本当は寂しくて堪らないくせに。
しん…と静まり返った中に居ると、当時と同じに胸が詰まってくる。嫉妬に捕らわれる事を嫌って、本を相手にしていたことを思いだしていた。
一頻り感慨に耽ると、他の様子を確かめに書架の奥の部屋へ行く。
ここも、難を逃れた国王が、一時的に居室に使っていた部屋なので、一応の設備が整っていた。
大きくは無いが外気を取り入れられる窓も有る。無論、今は空調が整えられているのだが。
顔を揚げると、部屋の姿見に私が映っていて、鏡の中の私と目が合った。
虚像の私が嘲笑う。
何だその細い輪郭、あざとい眼は。見る度に憧れた、正反対の暖かく深い蒼の瞳を思いだす。
条件を備えていると確認して、今度はまともな通路を通って執務室へ向かった。
近づくとやけに騒がしい。
「何をしている?!」
右往左往している職員を捕まえて聞くと、私を認めてギョッとしたように目を見張った。
「こ…公!!どちらにおいでだったんですか?!ボス!!ルィザ!おいでになりましたっ!!」
若い職員がオフィスの中に向かって叫ぶと、ルィザが走り出てきた。
「どちらにいらしてらしたんですか?!発作を起こされでもしたらどうなさいます?!もうっ…どんなにか心配して…」
頬を打たれるかと思った程、彼女の勢いは凄かった。約束をしたこともすっかり忘れて、思い付きの様に裏通路を使ったばかりに、大変な事態を起こして終った。
「伯爵がこんな時に、貴方まで…じっとしてここにいて下さらなくては困りますっ!!」
腕に縋って涙を浮かべながら抗議する彼女に素直に謝るほか無かった。
「済まない。君に約束したことをすっかり忘れていた。こんなに心配させるつもりは無かったんだ。アレンを拘束して置くところを見に行っていた。図書室に、不自由の無いように準備してやって欲しい」
「承知致しました」
私が喋っている間、彼女は私を見詰めていた。
何かを受け取った様に静かに言うと、傍の部下に要領を合い含めて、向き直った。
「お気持ちは私にも判るつもりでおります。ですが、貴方を失っては私共が立ちゆきません。先程の様なこともございます。ここをお動きになりませんように」
彼女の気持ちは痛いほどに伝わってきた。
「私の全力を尽くさせて頂きます」
きっぱりと、一礼を残して彼女は私に背を向けた。
決然としたその後ろ姿はとても美しかった。
何時間もしない内に、アレンが庁舎に戻ってくる。
何時ものようにでは無い。
囚われ人として…だった。
大丈夫だ。
どんなことをしても取り戻して見せる。
お読み頂きありがとうございます。
私にとっては昔から持っているキャラクター逹何ですが、書き手が年食ったせいか、この頃、特にアウルが、泣く。
前はそんなこと無かったんですが…。




