紫のインク
アウルの書いたシナリオを、がきんちょのアレンだけが覆す事が出来る筈なんですが…。
依頼されて居た論文の草稿を1つ上げて、休息の溜め息を紫煙と共に吐き出しながら、昨日のアウルは、本当に彼だったのだろうか?!と、ぼんやりと考えていた。
自分でも、まるで熱に浮かされて居たようで、どうにも自分で自分が止められなかった。
あの時狙撃に気づいて居なければ、頬を掠めた銃弾が彼を撃ち抜いて居たかも知れないと、思う度、今も体が震える。
意気地がないと何時も思う。自分を貫けない不甲斐なさは、泣き虫アレンのまま。
俺の本質なのだろう。
アウルにしても、グラヴゼルの頃と同じく、俺を不憫に思ってか、或いは、彼の中で俺は何時までもチビのままなのかも知れなかった。
どちらにせよ、切羽詰まった状態をやり過ごせた感の精神状態を有難いとは思いつつも、意識の中で男としての認識が無ければ、恋愛として成り立つ訳も無く。
口付けでさえ、不安に縋る手と変わらない。
溜め息しか出て来ない。
秘書室に通じるドアがノックされて、エドナが入ってきた。
「丁度良いこれを…ありがとう」
どうぞと、落としたての湯気を立てて居るコーヒーを、デスクに置かれて、礼を言った。
「論文の草稿もう上げられましたの?!」
差し出したメモリーを受け取りながら、エドナが目を見張る。
「構成の目を通して、製本に回して下さい。で?!そちらの用件は?!」
原稿のあがり具合を見に来たので無ければ、他に用件が有るはずだ。
「業者への発注書上がりました」
そう言いながら、書類を差し出した。彼女の仕事ぶりには信頼を置いている。
「結構。完璧だよ。アウルのサインを取って総務に回して…」
ざっと目を通し、ペンを取り出してサインを仕掛けた。
「あら!紫だわ。不思議な色ですわね?!どちらでお求めでしたの?!」
一瞬何の事を言われたのか分からなかった。
「サインはずっと、これでしてらっしゃいました?!」
「ああ。なんだ。このペンの事?!…あ…と、これは前に貰ったんだ。サインに使えって」
アウルに貰ったとそのままに言えば良いものを、相手を憚るような俺のもの言いが、彼女の想像を掻き立てたのか、女性特有の感性が言わせる事なのか。
「まぁぁ…色っぽいプレゼント!伯爵って…つくづくプレイボーイですのね?!」
「色っぽ…こらっ!エドナ!」
びーっと、あかんべをしながら、部屋を出て行く彼女を、呆気にとられて見送った。
色っぽいプレゼントと言われて、つい今まで何ともなく使っていた万年筆が、アウルの存在を感じさせる物に変わってしまっていて、俺を狼狽えさせた。
目的が有るのだから、必ずしもそうとは言い切れないものなのだが、彼女の言うとおり、身に付けていて、1日の内何度も手にするものを贈るというのは、傍に居たいと言う意思の現れで有ることが多い。
デスクの上の、沈金を施した豪奢な万年筆に、そっ…と、右手を載せた。たった今からでも彼の元に出かけて、傍に居たかった。
声を聞き、見詰めて居られればいい気がしていた。
アウルが、俺の事を何と思っていようが、疎ましくさえ思われて居なければいい…ずっとそう思って居られれば問題は無いのだが。
アウルが、この国を変える事業を立ち上げようとしていることを知って、躊躇無く、賛同することを決めた。
本来は王家に連なるアウルと、カーライツの後継で有る俺とでは、明らかに立場が違い、俺がアウルの傘下に入ってしまうと言う事は、対する勢力であるリント伯爵と敵対することを意味したからだった。
思えばあの頃から俺は、姑息な手段に訴えても、貴方の傍に居たかったのだと、改めて思い至ったのだった。
お読み頂き有り難うございました。
話は架橋に近づきましたが、彼等の間も又、架橋に近づいております。
今後こうご期待!




