審議会
ルィザの正体が明らかになる部です。封じていた感情を取り戻したアウルが、実は他者との関わりも取り戻す、と言う事にも繋がってきます。
やっぱりすべき事だけでは生きられないって事ですね。
段取りは何度もシミュレーションを繰り返していて、考えの及ぶ限りで決定していた。
もう一つ、私の外見が審議会の会場で、観衆に何らかの影響を及ぼす事は出来ないかと考えていた。
私が?!と、自分でも疑問が出るような事をやる気になっている辺りが、少しおかしい。
これまで出かける時に着ける服で考えを巡らせることが無かった私が。
勿論、アレンの身なりを見ていて、どうすればこんな風になるのかと考えない事は無いのだが、自分に置き換える事はしなかった。
気になるのは、出かける先のドレスコードくらいなものだったからだ。では、日常どうするかと言うと、公私共に、着る物総てを、かかり付けのローランサンに丸投げしてしまっていた。
その日は、色々有って、余計なことを考えるのでなかなか決まらなかった。執務室には式服を入れても10着程しか置いて居ないと言うのに。
と、ローランサンが前に、着てみてくれと置いていった一着が目に留まった。
ウールでは無くて、カシミアと艶消しのシルクを織り込んだ生地で仕立てて有る。デイタイプのスーツで有りながら、濃いブルーグレーの中に、仄かに紫を忍ばせていて、それこそ、「艶」が有る。
何となく艶めかしくて、これを身に付けて人前に出た所を考えると、モーションをかけている様な気がして、1度も袖を通した事が無かった。
なるほど、人をその気にさせるというのが何も色事だけとは限らないから、人は何を着ていくかで悩むのだ。
これなら、アレンに伝え損なった「命綱」を、暗示できるかも知れないと、通常はとても着ることは無かっただろう、そのスーツに袖を通した。
何時もは洗い放しの髪にも整髪料を付けて、手ぐしを通す。白いドレスタイプのシャツに、濃紺のベストとタイ。
日頃着る物に頓着しない報いで、ポケットチーフからソックスまで、まるで子供にするように、何から何まで揃えられると言う事に成るのだと溜め息が出た。
着替え終わってシャワールームから出て行くと、ルィザが、私が出てきたのを知って何事かを告げようとこちらを向いて強張った。
彼女の反応が予想通りだったのに、やはりなと思いつつ。
「…変?!」
恐る恐る聞いた。
「いっ…いいえ。そんなことは決して…驚きましたわ。そのスーツ、お召しになりましたのね」
「良くお似合いですわ。色っぽくて…とても素敵」
彼女の言葉とは信じられなくて目を見張った。
私の反応で、彼女は自分が言ったことを反復して何を口に出したかを自覚した。
「…はしたない事を申しまして…お許しくださいまし」
「いや、あの…私が通常しないようなことをすれば、審議会の間、注意を惹きつけて置けるかも知れないと思ったんだ」
「君がそれ程の反応を示してくれるのなら、ある程度の効果は望める様だね」
焦りながら言うので、声が上ずる。
だが、ここで沈黙を許してしまうと、彼女の疑惑を肯定する事に成りかねない。
「大成功、ですわ。人々の目を閣下に釘付けにする事受け合いです」
悪戯っぽく笑って私をからかう。
今日は、ルィザのニュアンスがとても柔らかい気がしていた。思わず言った。
「今日は聖母のような微笑みだね。見とれてしまう」
からかっているようで、怒られる覚悟をしたが、以外にも、彼女は微笑みを絶やさずに言った。
「ええ。とても嬉しいんですもの」
彼女の変化を何と取れば良いものやら…お陰で私の拘りどころでは無くなった。
人選はルィザに一任して、審議会対策の人員を召集していた。彼等を前に、現状の報告と、これからの段取りを時間経過と共に口頭で説明させる。
書類を作ったり、メモを取ることは禁じた。
後で何らかの証拠として使われる事を避ける為だが、各人の役割は、何かに書き付け無くては成らない程複雑では無く、厳密に企画する必要が無い程に細分化してあったからだった。
各人の個性のまま、本来の職務そのままに動いてくれれば良いように役を振ってある。
庁舎の職員で構成された彼等が、何時もと違う行動を取っていれば、私の真意がリント側に漏れてしまう。
彼等の中でも主役級の、ルィザやハンスの事だが、彼等はアレンに親しい人物で有るのを理由に、自宅待機と言う名目で表から、姿を隠させた。
その実、誰に邪魔される事無く、審議会の準備を進めていた。通常の業務は、他の省庁からの応援の職員が努めて居て、庁舎の中は混乱を極めていた。
カムフラージュには、最適の状況だった。
案の定、リヒターは未だ連絡を入れて来て居ない。
問題があるわけでは無い。
むしろぎりぎりの方が、リント側に対応の時間を与えずに済むので、好都合では有るのだが、こういう時は判っていても焦る。
「その他は?!指示通りに運んで居るのか?!段取りが狂えばアレンを犯罪者として裁かなくては成らなくなる」
「私の政治生命を賭けて、伸るか反るかをやっても良いが、今回で片が付けば、同時にリントを表舞台から葬ることが出来る」
「伯爵が、きっかけを与えてくれたと思ってくれ。諸君の総てを今、ここで、私に与えて欲しい。頼めるか?!」
何気なく何時もの様に言ったつもりだった。
その時オフィスに居て、私の話に聞き入っていたスタッフが、水を打った様に反応が無くなった。
「どうした?!私に不服が有るなら、今の内に言ってくれ。審議会が開催されてからでは、如何な私の悪知恵でも打つ手に詰まる」
半ば憮然として言ってしまった。
自分でも、癇癪を起こしているのが判っている。
それまで自分が、殆どのことを自分の中だけで消化していたのが、随分な過去のように思い出される。
「…いいえ。そんな、公爵が私達に頼むと仰って下さるなんて…驚いて…」
おずおずとエドナが言う。
「…そんなに傲慢な物言いをしていたの…かな。何かして欲しい時に、頼むと言った事が無い?!」
正直驚いた。
私が頭を抱えてしまったのを見て、今度はエドナが酷く慌てて、ものが言えなくなっていた。
代わりにハンスが釈明する。
「いいえ。公の仰りようが、傲慢だ等と感じたことも無いし、理不尽だと思った事も有りません」
「ですが、何というか…何時も、ご自分お一人で被ってしまわれて、我々が困る事の無い様にされてしまう」
「お側に居て、お助けしたいと思う僕らの気持ちが…空回りする事が有ったので、エドナはその事を言ったんです。ね?」
心配そうにハンスを見上げるエドナに確かめる。
「今、公は僕達にご自分を助けて欲しいと仰った。感激して、言葉が出なくなってしまったんです」
どちらかと言えばおっとりと、朴訥な人柄で、自分を押し出すこと無く、コツコツと仕事に向き合うこの男が、こんなにも饒舌に語るところを初めて見た。
真摯な弁論が胸を打つ。
「凄いなハンス。君の演説は初めて聴いたぞ。今度私の代わりを頼むかな?!」
そんな、と、顔を真っ赤にして居る彼を見て居る内に、つ…と、頬を何かか伝う。
涙…だった。アレンに感情を吹き込まれたばかりに、醜態を晒している。
「邪魔をするなと仰っても、僕らに出来ることはさせて頂きます。行こう。エドナ。伯爵の使われる書類等を準備しなければ成らないよ。でしょう?!公?!」
「任せる。恥をかかないように準備してやってくれ」
意欲を見せて連れ立つ彼等を皮切りに、総ての所員が出ていく。二人きりになるのを待って居たように、ルィザが私の前に進み出ると、少し不満そうに口を開いた。
「わたくしは何をすれば良ろしいのでしょうか?!わたくしには何もさせて頂け無いのでしょうか?!」
「君の好きな…愛している。かな?アレンの為に?!」
ルィザのはしばみ色の瞳が見開かれて、私の言葉の真意を測っている。
「わたくしが…ですか?!」
「違うの?!」
ルィザの真意を確かめて置かなければ成らなかった。
様子を見ている時間が無かった。
審議会が始まる迄に、彼女に全幅の信頼を寄せても裏切られる事は無いと、確信できなければ、彼女抜きのシナリオを書かなければ成らなかった。
役割は無くなっても、彼女を排除する方法が無い。
アレンを介しての嫉妬が、彼女を裏切らせる可能性が有ると考えるのは、今の私だけでは無いと思う。
いきなり、とんでもない質問をぶつけられて、彼女は私の真意と、質問の意味を考えていた。
かつて、彼女の瞳がこんな光を湛えて居るのを見たことが無かった。自分で切り出しておきながら、無言の重圧に私が先に耐えかねた。
「君は彼を愛している…違う?!」
「ええ。そうですわ。伯爵が貴方のお傍で、何時も悩んでおいでなのがお気の毒で。でも…安心しました。伯爵にお応えになったのですね?!」
彼女も又、思いもしない言葉をきっぱりと言い放った。心臓の発作の時の様に、痛みがずきりと胸を刺した。
彼女が私の変化に気付いて居るとは思っていたものの、これ程はっきりとアレンとの事を指摘されるとは思わなかったからだ。
「何時から知っていた?!」
「初めから。ソルボンヌを出て…白状しますわ。伯爵と2年間同じキャンパスに居て、わたくし憧れていましたの」
「勿論、わたくしの方が年上で、あの方はとても…人気が有って…でも、本当はあの方の目が誰も見ていない事に気付いてしまったんですの」
彼女は思い出しながらほほえましげに言った。
「ええ。ずっと貴方に恋してらしたんです。その事をあの方ご自身が気付いてらっしゃらないのを…知ってしまった。誰だろう?!…誰も入り込めない程に、あの方の心を占めている方は?!」
言いながら見詰められて、顔から火が出そうになって、目が泳ぐ。見ている彼女がクスクス笑う。
「女性が相手なら気付かないなんて有り得ませんわ。でも、フランスで見ている限り思い辺りませんでした」
「そして…帰国して此方へ配属になって、先ず、公にお目に掛かりました。もちろん、以前から存じ上げていた方でしたが、間近にお見上げして、言葉を交わし、触れれば触れる程、なんて素敵な方なんだろうって」
「可愛くって、意地っぱりで、お口が悪くて、そのくせとてもお優しい…」
「…あの…ルィザ…」
恥ずかしくて聞いていられない。止めようとして却下された。
「最期まで聞いてらして」
「伯爵の思い人が貴方だと、お目にかかる前から存じ上げていれば、わたくしは貴方をお恨みして居たかも知れません。でも、存じ上げ無かった」
「わたくしの存じ上げていた、お目に掛かる前の貴方からは可能性すら感じられ無かったんですもの」
「伯爵に憧れて、貴方に恋して。でも、その恋も永くは続きませんでしたわ。1年したら伯爵が帰国されて、こちらへ赴任していらした」
「貴方とお逢いになられて居るのを間近に拝見していて、解りましたの。ああ、この方だったんだって」
「諦めましたわ。とても入り込めない」
恨み言を言われても仕方の無い展開だった。
何と言ったものか、言葉が見付からない。
「でも、公には1つだけ、謝罪して頂きたい事がございます」
「何なりと」
余りの事に溜め息と共に、神妙に言った私に彼女が悪戯っぽく笑いかける。
「伯爵はご自分のお気持ちにお気づきでなかったから致し方ないとして、貴方はずっと嘘をお付きだったでしょう?!ご自分のお気持ちにお気づきでずっと」
「それなのに、伯爵を配下に入れてしまわれて…わたくし、暫く蛇の生殺し状態でしたのよ」
「嘘?!」
「そうですわ。貴方は彼を愛していらして、そのお気持ちを隠して来られた。苦しい嘘をついてまで…あの方の為に…ですからわたくしも、気付かないふりをして居ました」
「申し訳ない。君にそんな事をさせて居たなんて…全く気が付かなかった。不遜だったと反省するよ。ルィザ」
上目遣いに視線を上げた彼女が、私を見定めるように凝視めた。
「キス1つで許して差し上げます」
…幾ら彼女の条件でもそれは呑めない。
「…冗談は…」
「あら。冗談でも何でもありませんわ。わたくし本気ですのよ」
困り果てて俯くのを面白がっている。
「…そんな…」
「今日の審議会を、台無しにしてしまうかも知れませんわよ」
「…他の事なら…君を人として貶めたくない」
「貞操堅固ですのね?!」
「…てっ…」
帳の1夜を見て居られた気がして、耳まで赤くなって居るだろう事が自分でも伺えて、冷や汗が出そうになった。
「仕方が有りません。許して差し上げます。やっと正直になって下さいましたし…本当は、ここの所苦しくて、貴方方を見ていたく無くなっていたのです」
「お二人ともぎりぎりの所迄ご自分を追い詰めて…今朝はとても嬉しくお見上げ致しました」
「…ありがとう。」
這々の体で、それだけ言ったものの居たたまれない。
「今日の公なら、例え敵意を抱いた相手でも籠絡出来ると、わたくし、請け合いますわ。眩しいように美しくていらっしゃいますもの」
「籠絡…ルィザ!!」
もう止めてくれ、意趣返しもそれ位で良いだろうと睨むと、彼女が噴き出した。クスクスと尚も笑っていたが、やがて1つ呼吸を整えると、スウッと何時もの彼女が帰ってきた。
「伯爵を救い出し、宿敵を叩きに参りましょう」
「誤解なさらないでくださいまし。これは、同情からではございません」
「わたくしの野心から出た嘱望です。女のわたくしが野心などと。可笑しいとお思いですか?!」
「私にも同じように聞いてみたい?!」
「いいえ」
彼女は優雅な微笑みを浮かべた。
「では。後ほど審議会で」
審議会が終わるまで、いま暫く。アレンにはルィザに看破された経緯は、話さない方が良いかも知れない。
…彼が落ち着くまで、もう少し。
手段では無く、彼の為に…心の中にアレンを大切にしたいと言う感情が、殊更に沸いてくるのを、不思議な戸惑いを感じながら自覚していた。
お読み頂き有難うございました。
「秘められた紫」は、もう少し続きます。よろしくお願いいたします!




