第82話 ジーンVSミユ&サニア『後編』
「お前なんか死んじゃえ!!!」
言って...しまった。止められなかった。いや、止めたく無かったのかもしれない。もう自分の感情が行方不明だ。
うちは顔を上げられない。時間が、空気が止まっていた。あのお調子者のようなジーンですら声を発しない。
知らず、涙が溢れてくる。今のうちに泣く資格なんてないのに、止まることなく溢れてくる。サニアはどんな顔をしているだろう。彼女にしてみればついさっきまで普通に話していた相手から突然裏切られたも同然だ。
この凍ったような空気に最初に穴を開けたのはやはりというべきかジーンだった。
「あー...、まぁ喧嘩をよくあることだが、場所は考えちゃくれねぇか?」
流石のジーンも、ハハ...と苦笑いしながら頬を掻く。本当はその両手に持った銃に注目がいくはずだったのに、思わぬ展開が広がって気持ちの行き場をなくしてしまったのだろう。
だが、その一言によってようやく首が動かせたうちは涙でぐちゃぐちゃの顔を少し上げた。目の前には苦笑いを浮かべるジーンとその奥に顔を俯かせたままのサニアがいる。
しかし、ここからではサニアの顔をはっきりと見ることは出来ず、さらにピクリとも動かないので何を考えているかも分からない。
早く謝らなければ。あれは本心ではない、と言わなくては。けれど口から出た言葉はうち自身ですら知り得なかった本当に奥底の本音。それに今更そんな言葉を紡いだところで何になるのか。
そんな考えがぐるぐる頭をめぐる。もはやジーンとの戦いなど頭の片隅にもなかった。
そうしてどうしよう、どうしようという言葉が頭の中を駆け巡っていたその時、ある想いが唐突に浮かび上がって脳内をそれ一色に染め上げる。
ーーあぁ、うちはここで脱落だ。
一度それを考えてしまったうちの脳内はもうそれ以外を想像することができなくなった。その代わりとでも言うかのようにテミスに詰られ、キノに蔑まれ、カイトに捨てられる未来がはっきりと想像できた。
先程大量に流して枯れたと思っていた涙がさっきよりも溢れ出す。拭いても拭いても流れてくる。自然とうちは声を上げて泣いていた。
日本でもこんなに泣いたことなどない。思えばこれは初恋だったのだ。アサヒとは幼なじみだったから物心ついた時から近くにいた。周りからは付き合えと言われていたが、そんな気は一切無かった。
それでもこの世界に来て、知らない場所に知っている人がいるというのは、とてつもない安心感があった。それが小さい時から知っている人間なら尚更。
だが、そのすぐ後にカイトと出会った。不安と依存からアサヒとは関係を持ってしまった後だったが、あの一瞬の邂逅で何か感じるものがあったのかもしれない。
それからまた帝国で出会い、不覚にも運命だと思ってしまった。だからうちはアサヒたちに無理を言ってカイトについてきた。けど、それももう終わりだ。
元々カイトと一緒にいたサニアを敵に回したのだ。サニアを愛しているカイトがサニアの味方にならないわけがない。それに今回は全面的にうちが悪い。完全なる悪だ。
赤子のように声を上げて泣きじゃくるうちを見て、いよいよジーンは対処に困っている様子だ。そしてサニアは相変わらず顔を俯かせたまま動かない。
「おーい、狐の子ー?君のお仲間だろ...?まぁ確かに言葉を最悪だけどさ、喧嘩するほど仲がいいってニホンのことわざにもあるじゃん。どうにかしてくれよー」
目の前でしゃがみながらサニアに向かって話しかけるが、それでもサニアは何も反応しない。まるでうちの言霊が現実になってしまったかのように。
「あああー、冷めちまった。もういいや、とりあえず拙者は君たちのこと嫌いじゃないんだから仲直りくらいはしてくれよー。拙者もここから離れられないんだから、こんな雰囲気悪いとこにいたくねぇよー」
ここから離れられないとはどういうことなのだろうか?でも、確かにこんな中じゃ戦うに戦えない。うちはいつ何をサニアに言われるか分からず、ただ泣きじゃくるだけ。
それでもここから逃げようという気は起きなかった。きっとどこかでそれだけはダメだと心が叫んでいたのだろう。
幸か不幸か、それは不明だが進展はした。
「.......ミユ、わたしが死ねばあなたは楽になれるの......?」
「....ぅぁ...」
うちは言葉が紡げなかった。不意に聞こえたサニアの声に反射的に顔を上げる。そうして瞳に映ったサニアの顔は何の表情も写していなかった。
あれだけ止めどなく溢れていた涙が唐突に途切れる。うちはさっきまでの想像がいよいよ現実となったのだと悟り、底知れない絶望感を感じた。
「...なら、あなたがわたしを殺してよ。わたしじゃ出来ないからさ、それであなたの気が済むなら。.....それでわたしが消えるのなら...」
最後の言葉は掠れて聞こえなかった。けれど予想もしていなかった言葉だった。きっと恨み言を、計り知れない罵詈雑言を投げつけられるのだと思っていた。
(うちがサニアちゃんを...ころ....す...?)
何が起きているのか、自分でも理解できない。頭が働かない。
ーーなのに体は勝手に動く。
気づけばうちは傍らに落ちていた自分の【神創武具】に手をかけていた。
(な、何を...何をしてるの.....?)
思考は固まり何も考えられないのに、腕はひとりでに刀を握る。まるで自分の体ではないみたいだ。もはや悍ましさすら感じてくる。
(やめ...てよ。やめて....)
口は凍ったように動かない。紡ぎたい言葉が紡げない。けれど体は勝手に動き、ついにはサニアに向けて刀を構えていた。
「待て待て待て待て!拙者そんなのは望んでねぇよ?!クッソ、馬鹿やろうがっ!」
視界の端で壁に背を持たれかけていたジーンが焦ったように叫ぶ。いつのまにか手に持っていた銃は仕舞ったようだ。
「ぁぁ..ぁぁあ....ぁぁァァァァアア!!!」
もはやうちの口は人間の言葉ですらなかった。壊れたように叫び、狂ったように刀を振り上げサニアを狙う。
「チッ!もう撃つしかねぇか!戦意を向けてねぇやつに撃つのは嫌なんだがなぁ!!」
もう、何も、聞こえない。
目の前の、サニアしか、見えない。
その、サニアも、抵抗しない。
あぁ、うちはここで、終わるんだ。
心の中に大きな穴が空いたのが分かった。振り下ろされる刀はもう止まらない。
もうトメよウともオモわなイ。
うちは自然と目を瞑っていた。せめて何も見たくはないと。まるで現実逃避のように。
ガキィィィィン!!!!
その時、人間を切ったとは思えない程、硬質な音が響いた。それと同時に体は横に流れさらに、うちは後ろへ飛ばされた。
飛ばされたと言ってもそこまでではない。少し体が浮き上がりそして地面を撫でたくらいだった。それでも予想外の出来事に衝撃が走る。すると思い出したかのようにお腹に鈍痛が走った。
「どういう状況だよこれは!?!?」
その声はうちのとても大好きな、けれど今一番聴きたくない声だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
俺はセキアルという難関を乗り越え、彼の守っていた道の先へと進む。だが、そこは行き止まりであり、壁に触れても隠し通路のようなものは無かった。
「な、なんだ?!ちっ!またか!?」
しかし、その瞬間突き当たりの床が眩く光る。それも不快なことにこれは罠ではなく、害を与えない単なるギミックだというのだから手に負えない。だから“罠無効”が反応しないのだ。
それでもしばらく目を瞑っていると先ほどまではなかった道が目の前に続いていた。そしてその先には道標のように光が見える。
俺は警戒しつつ、できれば仲間がいることを期待して光に向けて進む。
「ぁぁ..ぁぁあ....ぁぁァァァァアア!!!」
もう少しで光へたどり着く、というところで甲高い女の叫び声が聞こえた。それはまるで堕ちた魔物のような声だったが、しかしてその中に知っている人の雰囲気も感じたのだ。
俺は未だ痛む体を無視して光に向け走り出す。一瞬仲間の悲痛な叫びを感じて知ったからだった。
「おい、大丈夫か....って何やってんだよ!?ミユ?!」
ガキィィィィン!!!
俺は今にもサニアへ斬りかかろうとするミユを見て咄嗟に刀を出す。そしてサニアに当たる寸前でなんとか刀を滑り込ませることに成功した。俺はそのまま剣術の『流し』の要領でミユの刀をなんとか滑らせる。
それと同時に俺の反対側にいたジーンがミユの腹を蹴り飛ばした。すると先程のミユからの一撃で俺の刀は役割は終わったとばかりに砕け散り、粉々に崩れ去った。
(さすがに連戦の上、あの【神創武具】を受け切ることは出来なかったか...)
俺は長い間お疲れ様、と心の中で呟きつつ、何も分からない状況への説明をジーンに求めた。
「どういう状況だよこれは?!?!」
俺はジーンに詰め寄り胸ぐらを掴む。もしかしたらこいつがミユやサニアを操っているのかもしれない。
「お前も【強欲】の臣下ってことだもんな。なら手段は選ばねぇってことか。あいつらを弄んだことを後悔させてやる」
「待てって。拙者だって今そのお嬢ちゃん助けただろが。撃たなかっただけありがたく思ってくれよー」
そういうなりジーンは俺に胸ぐらを掴まれたまま右手に持った銃を持ち上げプラプラさせる。今思えば確かにやつにとって同士討ちはプラスに働くはずにも拘らず、あえてそこに割って入った。
よくよく考えてみればジーンがそんなことをする必要はない。俺はやつの胸ぐらを離し、飛ばされたミユの様子を見に行く。
「すまん、確かに早計だったかもしれない。だけどミユを蹴り飛ばしたことは許さん」
「ノォー!?なんで?!助けたのに?!」
ジーンはオーバー気味にリアクションするが、誰もそれに突っ込まない。もちろん俺も。
「ミユ大丈夫か?立てるか?ほら、手を貸すから掴まーー」
「触らないでっ!!」
いきなり叫んだミユに俺は驚く。ミユは俺の差し出した手を払い除け、まるで俺から逃げるかのように座ったまま後ろへ下がっていく。
「来ないでっ!来ないでっっ!!」
「ミユ...」
一体ここで何があったのか。俺は振り向きサニアの方も見るが彼女も俯いたまま顔を上げない。だが、彼女も心配であるため、今は一旦ミユを落ち着かせるためにも俺は離れサニアの元へ向かった。
「サニア、大丈夫か?一体何があったんだ?」
「...主さま。わたしは死んだ方が良いみたい.......」
「はぁ?何言ってるんだよ、そんな訳ないだろ。サニアもミユもキノもテミスもみんな大事だ。...もう誰もあんな目に合わせるか」
「でもわたし...」
「やめてっ!!」
その時またもミユが叫ぶ。
鬼気迫るようなその声に俺は薄寒さを感じながら振り向くと、ミユは自分の体を抱えて幼子が嫌々とする様に体を左右に揺する。
(一体何があったって言うんだよ...)
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