第80話 ゼブルVSテミス
なんとか間に合った...。
ゼブルと名乗る【強欲】の臣下との睨み合いが始まってからすでに数分が経過していた。
お互い最初に立っていた場所は入れ替わり、攻撃する隙を探している。このまま背を向けて後ろに走ればゼブルの守っていた先へ行けるが、その先に何が待ち構えているか分からないため、迂闊な行動もできない。
(結局、戦いは避けられませんか...。それに私自身も槍を担いでいるとは言え、正直歯が立つとは思えません...)
そう、このゼブルという男と一対一で戦うには私の力が不釣り合いすぎる。武器としては槍を扱うと言っても所詮、父に習い獣相手に振るっていたのみ。対人戦闘もこなしたことはあるが、それも村人や今は亡き婚約者との模擬戦程度だ。
名前:ゼブル・オンシェロ
種族:白對族
Lv:759
スキル:万武鋼躯Lv.- 闘聖術Lv.10 神聖魔法Lv.7 軀力特自動回復Lv.10 剛力Lv.8 頑丈Lv.7 覇轟Lv.10 崩天Lv.10 覇墜Lv.6 崩撃Lv.4 断脚Lv.9 集中Lv.9
称号:戦躯者 闘の寵愛 闘技覚者 軀の寵愛
「手前が踏み込めんとは...。なかなかやるな」
「獣には踏み込みすぎず踏み込ませすぎるな、と父から厳命されてますので」
「くはは!そうか、手前が獣か!なるほど、言われてみれば相違ない。こうして強者と戦えるのであれば獣でよし!存分に貴様を喰らおう!」
どこをどう判断して私を強いと認識したのか...。それでも、今この瞬間はそう認識してもらった方がありがたい。
確かに極力間合いを取らせないようには動いていた。だが、これは相手の得物がなく、私には槍という長物があってこそ成り立つものだ。
それにこんな膠着状態が長くも続くはずがなく...。
「ハッ!」
呼気と共にゼブルは一瞬地震でも起きたのかと思うほど強い踏み込みをした。ーー“崩天”ーーそれは地面を強く蹴り込む震脚により発生したエネルギーをそのまま使い中空を殴る武技。
それは指向性を持った空気の振動となり明滅するように私に襲い掛かる。だが、私も用意していた“自然魔法”で葉が多く生い茂った低いを幾本か生やす。
それにより空気を伝った衝撃を散らし、それでも散らしきれなかったものは空気が明滅する箇所を叩く。だが、それだけでは彼の攻撃は止まらず、続けてドンッ!ドンッ!と追加で二発空気の明滅が放たれた。
私はそれを後ろに下がりながら槍で受け流し、離れ、追撃に備えつつ懐に潜られないように敵にも注視しておくのを忘れない。
「やはりなかなか踏み込ませてはくれんな。さて、これでは振り出しに戻ってしまったぞ」
困ったようにゼブルは言うが、顔は嗤っており困るというよりむしろ楽しそうである。
依然、互いに見合う状態ではあるが、すでに状況は走り出した。ならば手を拱いていては先手を譲ってしまうことになる。
そう考えた私は自分の準備が整ったのを確認して“突破”の体制に入る。
さらに私が攻撃の体制に入ったことを確認したゼブルも私の一挙手一投足に反応せんと、顔を引き締める。
「はぁっ!」
ゼブルとの距離は人2人分より少し短い程度。
その距離を一歩で半分まで詰め、そこで槍を思い切り突き出す。
「何っ?!」
ゼブルは私が“突破”の構えをしていたのを見て、槍を脇にそのまま突っ込んで来ると思ったのだろう。実際武技“突破”はそういう技だ。
勢いをつけた槍の一撃で敵を穿つ技。しかし、今放った技は勢いを体も一緒に持っていくのではなく、槍一本に集めて放つ技。
当然、急制動とまではいかぬもののそれなりの力で以って無理やり止まる。そのため槍から放たれる技は強力ではあるが、“突破”を使った時ほどの威力は出ない。
それでも予想と違う攻撃というのは構えている方からすれば一瞬対応に遅れが出る。案の定、ゼブルは致命傷となり得る直撃は避けたものの、私はゼブルの肩に見事に刺さった。
それはテミスにとって武技“牙突”を習得する最後の一歩。エネルギーを槍と体一体として使うのではなく、槍一本に収束させ敵を貫く武技。
テミスは今、それを獲得した。
名前:テミス・レギド
種族:姚魔族
Lv:694
スキル:颶眼Lv.- 看破Lv.10 神聖魔法Lv.8 自然魔法Lv.10 咒力特自動回復Lv.7 槍聖術Lv.6 突破Lv.8 紫電Lv.6 New牙突Lv.1
称号:限界突破者 超越者 飂之眼 観看者 然の寵愛
「ぬうっ!」
「なっ離して!?」
私はいつも練習していた一撃技より確実に良いものが出せたという自負があった。現に直撃はさせられず腕に払われてはしまったものの肩へと当たり、私が持つ槍はかなり深い部分まで刺さった感触があった。
しかし、ゼブルは痛む肩に嘆くこともせずすぐさま突き刺さった槍を掴んだことで、槍を引き抜き離れようとした私は突然の衝撃につんのめってしまった。
「手前の間合いに踏み込んでくれたのだ。逃すわけがあるまい?」
「くっ!」
私は出来るだけ早く離れようと槍を思い切り引き抜こうとしたが、まるで岩を相手にしているかのようにがっちりの握られ動かない。
それならたとえ武器を失ったとしても直撃を喰らうよりはいいと槍から手を離しその場を離れようとしたが、それは一足遅い判断であった。
私が手を離そうとしたその時にはすでにゼブルは攻撃を放つ体制を整えておりーー。
「“覇轟”!!!」
先ほどの空気の衝撃波など比較にならないほどの威力を伴った掌底が放たれた。
「あがっ!!!」
あまりの威力に踏ん張ることも出来ず、ましてや下がることで威力を減衰させる余裕もなく、ゼブルの掌底を余すことなく喰らってしまった私は壁に激突してもしばらく息が出来なかった。
「ごふっ、ごほ、ごほっ!」
ようやく息が出来る様になっても空気と一緒に出てくる血塊が喉に詰まる。内臓をいくつか破壊され肋骨も幾本か折れてしまった。
途切れそうになる意識をなんとかつなぎ合わせ、ありったけの魔力でもって“神聖魔法”を使い傷を回復させる。だが、普段の魔力操作などできるはずもなく、無駄に魔力を消費してしまい満足に治療が進まない。
「ほう、“自然魔法”に加え、貴様も“神聖魔法”を扱えるのか。結構結構、存分に癒せ。もっと楽しもうぞ」
ゼブルは肩に刺さった槍を引き抜き投げ捨てる。肩の傷から血が溢れるが、フンッと力を入れたかと思うと急に血の流れが止まった。
(筋肉で傷を圧縮して塞いだ...。なんて馬鹿力...。それに『貴様も』ということは彼も“神聖魔法”を?そういえばキノさんは彼が一度だけ“神聖魔法”を使っているのを見たと言っていた。ならなぜ...)
それを使わないのか。口に出したわけではないが、そんな表情をしていたのか、そんな腑抜けた顔をしていたのかは知らないが、とにかくゼブルは私の顔を見て話し出した。
「うん?なぜ手前が“神聖魔法”にて傷を治さないか不思議そうな顔をしているな。理由としては単純だ、治さないのではなく治せないのだよ。“神聖魔法”は扱えるが、何もこの魔法は傷を癒すだけが能力ではあるまい?それに傷など手前の肉体でどうとでもなる。治す必要もないのだ」
彼がこうも饒舌な理由は分からないが、ゼブルの能力を自ら話してくれるのだ。素直に聞いておこう。
それに確かに“神聖魔法”は傷を治すのに主に使われるが、それだけしか出来ない訳ではない。アンデッドの消滅や単純に光による攻撃。だが、これらは特定の状況でしか使われなかったり、光は実態を持たないため攻撃として使われることはほとんどない。
たかだか目眩しや灯り、程度だ。それも時間をかけて照射し続ければダメージとなり得るが、戦闘中に同じ場所へ照射し続けるなど現実的ではない。
故に“神聖魔法”が戦闘に使われるのは非常に少ないのだ。魔法は全てイメージで発動させるので、中には想像もつかないような使い方をする者もいるかも知れないが、私は見たことがない。
それからもゼブルはひたすら自分の肉体について語っていたが、こちらも回復のために時間が欲しかったのでありがたく話させていた。
そうしてようやく立てるようになった私は壁に手をつきながらなんとか立ち上がる。
「お、ようやく回復したか。では、再戦といこうではないか」
「いえ、申し訳ありませんが、こちらもあまり時間はかけられませんのでもう終わらせていただきます」
千切れそうになる意識を繋ぎながら行った回復だったため、肋骨は折れたまま。内臓も出血が少なくなった程度で魔力がほぼ切れてしまった。
一応“咒力特自動回復”のスキルを持っているため、今も回復はしているのだが、治療をできるほどには回復していない。
だが、仕込みは充分。準備も出来た。後は魔力の回復をただ待つだけ。
「ふむ、そんな釣れないことを言うな。手前は貴様を気に入った。もっともっと死合おうではないか!こんなひと時はなかなか得られんぞ!?シスの旦那と死合った時ほどの快感とは程遠いが、貴様は磨けば光る原石!手前自らがその力の開花に手を貸してやろう。なんなら手前の部下になれ、そうすれば貴様はもっと高みへ行けるぞ?」
「生憎ですが、私には既に仲間がいます。それもかけがえのない方たち。それにあなたと直接関係はありませんが、【強欲】の魔王とはそれなりに因縁もあります。おいそれと降るわけには行きません。なによりまだ私はあなたに負けたわけではない」
「振られてしまったか、残念だ。ならば最後まで足掻いてみせろ、まだまだ宴は終わらんぞ!」
「いえ、先ほども言ったようにあなたはここで終わりです」
「何を?...グッ!??ゴホッゴボッ!!」
私の目の前で突如、ゼブルは胸を抑えつつ地面に頽れた。その後、何かを吐き出すように激しく咳き込む。
「貴様っ...何をした!?ゴホッ!」
「ようやく回りましたか、簡単ですよ。この部屋に害毒な胞子を撒いたのです。ただ私には先ほど自身の治療をした際に抗体を打ち込みましたが」
そう、タネは簡単だ。私は最初から正面突破で戦って勝つことは難しいと分かっていた。それでも正々堂々と戦おうとはしたものの、最初の数分の睨み合いで絶望的だと判断した。
そのため私は搦手でゼブルを倒すことにした。その方法は衝撃を受けることで胞子をばら撒く木を造りゼブルの“崩天”を受け、部屋中に胞子を撒く。当然私も吸うが、すぐには気づかれないように遅効性にした。
その後、隙を見て自身に抗体を打ち込むつもりだったが、思いの外効くのが遅くゼブルの攻撃をまともに食らう羽目になってしまったが、自然に自分を回復できたので重畳だったかもしれない。
「貴様...貴様ァァァァ!!!手前との神聖な決闘を汚しやがって!!絶対に許さんっ!ぶち殺してやるっ!!」
「さっきまでと口調が変わってますよ。だいぶ手を抜かれてたんですね、まぁそれでも勝てる気はしませんでしたけどね」
「貴様は強い!いや、強かった!こんな下らん手を使うまではなぁ!!ガハッ!!」
ゼブルはしゃがみ込んだまま、立ち上がることもできず喚き立てる。それが影響したのか、すでにだいぶ毒が回っているのか血を吐き、さらには体中の穴という穴から血が流れ出す。
「何を以って私のことを強いと感じられたかは分かりませんが、私はあなたほど強くはありません。一眼みたときから勝ち目は薄いと感じておりましたから」
「いや、貴様は強い!その気迫にして状況を見る慎重さ!そして磨けば手前よりも圧倒的に強くなるであろうその将来性!手前とまともに戦えば開花させられたにもかかわらず!!ガフッ!貴様はその芽を自ら手折ったのだっ!!!」
「そこまで高い評価を貰っていたとは思いませんでした。しかし、これは死合い。そうあなたが仰っていたではありませんか。であれば、私は事に全力で当たるのみです。たとえそれがどれだけ人道に反していようとも...」
私の最後の言葉は聞こえていたのだろうか。大人しくしていればもう少し長く生きられたかも知れないのに彼は暴れ叫ぶことで自ら死期を早めてしまった。
私はその場を後にしてゼブルの守っていた通路の先へと躍り出る。私の後ろには侵食が進んで、すでに皮膚や骨までもが液状化し始めている泥のような死体だけが残っていた。
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