第74話 キノイル・ヒルディアの過去
思い立ったが吉日、ということで(?)俺たちは日が中天を過ぎた今、北門の側までやって来ていた。だが、ここで一つ問題が発生した。
「マジか、ここから入り口の倉庫を探すのか...。これは骨が折れそうだな」
なぜ奴らが北門を拠点に選んだのか、そしてそこの倉庫を入り口に選んだのか、少し考えてみれば分かることではあったのだが、完全に失念していた。
ーー倉庫の数が多いのだ。
これは完全に調査不足だろう。いや、ある意味先に見に来ていて良かったのかもしれない。この倉庫の数からしておそらく北側は倉庫が纏められているのだろう。見渡すだけでも十数戸の大きな倉庫があった。
「これは一旦、手分けして探すしかないですね。どういった形の入り口をしているかも分かりませんし」
「そうだな。ただ、いくつかは鍵が閉まっているからそれだけで候補からは外れるだろう。癪だが、俺たちを誘っている以上そもそも入れないようじゃ意味ないからな」
「そうですね、そうしましょう」
ということで手分けして探すことになったのだが、1人で動くのは危険だと思ったので、レベルの高い俺とキノを別々にしてチームを組んだ。
俺と一緒に動くのはミユ、キノと動くのはテミスとサニアとなった。
「それじゃ日が傾くまでとしても数時間だな。それまでに有力そうな場所が見つからなければまた明日にしよう。別に俺たちは急いでいるわけでもないしな」
「わかったー!それじゃ行ってくるね!行こサニア、テミス!」
そう言ってキノ達は西側の倉庫へ向けて走っていった。
「よしミユ、俺たちも行くか」
「そうね、出来るだけ早く見つかると良いけど...。こんな地道な作業になるとは思わなかったわ」
「ほんとだな」
それから俺たちは鍵の開いている倉庫を片っ端から漁っていったが、これといって入り口らしい入り口は見つからず、そのまま時間制限である日没前になってしまった。
「はぁ、見つからなかったね...。棚とかで隠してると思って探してみたけど特に怪しいところも無かったし...」
「あ!お疲れー!カイト見つかった?」
「いや、全く。手がかりすら無かったよ。せめてヒントくらい残せっての。それにキノもそう言うってことは何も無かったのか?」
「うん。入り口は見つからなかったよ。でもでも、なんかこんなの見つけたよ」
そう言ってキノから手渡されたものは1枚の羊皮紙だった。内容はアンバス全体の地図に北門のある場所へとバツマークが描かれているもの。
「宝の地図かよ。でも、ありがとな。この場所に入り口があるってことか」
「たぶんねー、でもほんとに雑にしか書いてないから分かりにくいけど、多分これカイト達がいた方だよね?」
「そうだろうな。ただこれじゃ北門というよりもうほぼ東門近くだな。まぁこれは明日また行ってみるか」
「そうですね、いつの間にか辺りも暗くなって来ましたし火が無いと探し物も出来ませんからね」
早いもので今の季節は日本で言うところの秋だ。だからか、日が沈み始めると一気に辺りは暗くなり風も冷たくなってくる。
それにいろいろ一日中動き続けたこともあって疲れ果てていた俺たちは、満場一致で宿に帰ることが決まった。そうして来た道を夜に何を食べるかで話し合っていたところ、前から1人の女が歩いてくるのが見えた。
「しっ。前から誰か女が歩いてくる」
俺はすぐに4人に近くの倉庫脇の道へと隠れるよう指示する。
「え、よく見えるね。全然分かんないよ」
「俺は“夜目”があるからな。にしても不思議じゃないか?この辺りは倉庫しかないからか人通りが極端に少ない。来たとしても男が複数人で、しかも荷物を運ぶように馬と台車を持っていた。なのに前から来ている女は袋を一つ抱えてるだけで他には誰もいない」
そう、おそらく各倉庫はそれぞれ店が契約しているか持っているかしているのだろう。そのため俺たちが入り口捜索をしている時も不審な目を向けられたし、時には疑った素振りで声をかけられた。
ちなみにその時は下手に疑われるのも嫌だったのと人手が欲しかったので、簡単に事情を説明して入り口を探してもらった。
しかし、それを置いておいてもその誰もが肉体労働のためか女は一人もいなかったのだ。
「確かにそうですけど、それだけで女性を疑うのはあまりにも無茶苦茶すぎませんか?もしかしたらこの近辺に住んでいる可能性もありますし」
「そう言われたらそうなんだけどな、でもここまで手掛かりが無いんだ。もしかしたら何か知ってるかもしれないだろ?」
「それなら堂々と聞きにいけばーー」
「あいつだ」
「え?キノさん?」
「あいつだよ、カイト。第2戒王 イラム・スフィンクスッ...!」
「これは運が回ってきたな、サンキューキノ」
こちらに向けて歩いてくる女はなんとあの【強欲】の臣下、イラム・スフィンクスだと言う。やがて女は俺たちが隠れている倉庫の手前で曲がるとそのままスタスタと歩いて行ってしまった。
「よし、追うぞ」
「え、ちょっ、カイトさん?!」
俺はいつも戦闘で使うように“闇無”“同化”“完全偽装”を併用し気配を隠す。他の面々も各々出来る限り気配を消している。
俺たちは50メートルほどの感覚を開けながら“夜目”と“千里眼”を使いつつなんとか見失わないように追いかける。当然と言うべきか、女、イラムは迷うことなく進んでいき、やがて一つの倉庫へと辿り着くとそのままその倉庫に入らずに横の道へと逸れていった。
「ん?入らないのか?それ以上はもう壁だけだぞ?」
「いや、カイトくん見て。倉庫の壁が」
なんとイラムが倉庫の壁に向けて激突するのも気にせず歩いて行ってしまった。だが、イラムは壁に激突することなく溶けるように壁に吸い込まれてしまった。
俺たちは周りに誰もいないことを確認してすぐにイラムが消えていった壁へと走り寄る。ぱっと見、何の変哲もないただの壁だ。
だが、少し指先で触れてみると、
「何もない...な。なるほど、こういう仕掛けだったのか。どうりで見つからないわけだ」
指で触れた箇所からはまるで水面に石が落ちたかのように波紋が広がる。そしてそのまま押し込んだ指先は何の抵抗もなく壁の中へと吸い込まれていった。
「よし、一旦戻ろう。場所は分かったんだ、明日は準備をして作戦を練るぞ」
ーーーーーーーーーーーーーーー
「カイト、ごめんね?話したいことがあるの」
宿に帰ってきた俺たちは夕食を取ったのだが、そこでキノが唐突に今日は俺と2人で一緒の部屋がいいと言い出したのだ。当然、断る理由もなくその場で了承した。
「全然、大丈夫だよ。でも、サニアたちには話さなくていいのか?」
「ううん、話す。でも、やっぱり最初はカイトに言っとくべきだと思って。だからこうして2人にしてもらいました」
「そうか、わかった。いつでもいいぞ、キノの話せるタイミングで話して」
「うん、ありがと」
それからキノは自分を落ち着かせるためか深く深呼吸をしている。それを見ていた俺はキノが話したい内容になんとなく想像がついていた。しかし、当のキノが話したがらないので聞くのが憚られていたことだ。
それは【色欲】との関係性。
それにキノは【色欲】のみならず、奴の部下である吸血鬼に関する話題でも機嫌を悪くした。何もないはずがないのだ。今までも【色欲】と対峙したことや今回、イラムとも戦闘する可能性があると言うこともあって、こうして話す決意をしてくれたのだろう。
「...ふぅ、それじゃ話すね。まぁカイトからしたらそんなことでって思われるかもしれないけどね」
「話を聞かないとどうとも言えないけど、それでも少なくともキノが不快な思いをしてるのは分かるんだ。そんなこと思わないよ、だから安心して」
「うん、ありがとね。えっとね、まずあいつと会った時からだよね...」
それからキノは【色欲】セレスティアルとの出会いから訥々と語ってくれた。
出会ったのは今から約10年前、キノはすでに【嫉妬】を発現させていた時期だ。その頃も俺と出会う前と変わらず、魔族領を放浪しながら過ごしていたそうだ。
そんな時に自分を見つける者がいた。その人物が【色欲】らしい。そうそう出会うことのない自分を見つけられる人間。キノは嬉しさを隠すこともせず彼女といろいろ語り合ったらしい。そして気が合った2人は彼女の治める国、吸血鬼の楽園『ボイトファーニス』のファーニス城へと歓迎された。
そこで初めて彼女が国の長であることに気づいたが、彼女はキノに出会った時と同じように接するよう頼まれたらしい。そんな彼女の心の広さやフレンドリーさに救われてキノはそこで数年を過ごすこととなった。
吸血鬼の楽園『ボイトファーニス』は女尊男卑の国である。
【色欲】が女王となる前は男女平等を掲げていたそうなのだが、表面には出ない男尊女卑に女性陣は嫌気が差していたそうな。その時期にキノはその国に居なかったので詳しいことは知らないらしいが、それはもう酷いものだったと【色欲】は言っていたらしい。
やれ、男の言うことを聞くのが当たり前だ。
やれ、女は家を出るべきではない。
他にも色々あるそうなのだが、一番やばいなと思ったのは、男がムラついたら問答無用で尻を差し出さなければならないと言うもの。しかもこれは夫婦や恋人など関係ないらしい。当然、街は色情狂いで溢れかえったそうだ。
流石に痺れを切らした吸血鬼の女性陣は反旗を翻した。いくら自分たちがサキュバスで性欲が他種族よりもあると言ってもあんまりだ、と。
「まぁこれは当たり前だわな」
「そうだよね、それでその内乱を率いたのがセレスティアルらしいんだ。結構戦いは激しかったらしいんだけど、戦いの途中にセレスティアルが【色欲】を発現させてからは一瞬だったらしいよ」
ちなみにキノもそうだったらしいのだが、この大罪スキルに覚醒した時、その膨大な感情を抱き続けた期間に応じてか、レベルやステータスが一気に跳ね上がるらしい。
要するに今まで互角で戦っていた者がそのスキルに目覚めた瞬間、圧倒的高みへと飛んでいってしまうのだ。
当然、大罪になど覚醒していなかった当時の王国はあっさり陥落。吸血鬼にとっての楽園『センナイトバス』の王座は簒奪され、吸血鬼にとっての楽園『ボイトファーニス』へと様変わりしたらしい。
「だいぶ話ズレちゃったね。それでこういうことがあって女性が有利な国になったんだけど、女性にとって革命を起こした英雄としてあいつは国の女性からすごく神聖視されてるんだ。当時はキノも女って事で色々優遇してもらってたんだけど、ちょっと申し訳なくなるくらいだったんだよね」
キノは次第に優遇を拒否するようになったらしい。それでも英雄の盟友であり、セレスティアルが大々的にキノを城に迎えることを宣言したことで、それなりにいい暮らしはしていたようだが。
ただ、キノが見えても彼女のことを知らないほとんどの人達は英雄と仲良くしているキノを次第に目障りに感じ出したようだ。
ここで少し話は逸れるが、英雄であるセレスティアルの寵愛を受けること、要するに女性同士で愛し合うことを『神託』と言うらしい。
神の如き王から愛と使命を託される。
それはもう何にも変えがたい栄誉なのだそうだ。ちなみに男であるインキュバスは絶滅してはいない。ただ、奴隷同然となっているだけで。
彼女たちにとっては死ぬほど嫌なのだろうが、女性同士では子孫は生まれない。だから性奴隷と化した男を使って種だけ取り、それを使って孕むらしい。当然行為はしない。
男は女の顔色を伺って、女の気に触ることをしなければ一応は平穏に暮らせる。運良く愛し合うことが出来れば家庭を持つことも許される。
だが、社会的立場は圧倒的に女が高いため、口答えしようものなら死んだほうがマシだと思うようなことをされるらしい。
話を戻そう。キノは実際にはセレスティアルと『神託』なる行為はしていなかったそうなのだが、周りがどう思うかは別。どこから来たとも知れない女ばかりが英雄の寵愛を独り占めし、城の中を大きい顔して闊歩している(様に見えている)など許せるものか。
という理由で、よくセレスティアルの知らないところで嫌がらせを受けていたようだ。当のキノはそんなこと露ほども思っていなかったそうなのだが、そう見えてしまっていることはどうしようも無い。
ただでさえ居候させてもらっている身の上、さらに自分を守ってもらうなど申し訳が立たない、と考えたキノは次第に城にいる時間も短くなり、多くの時間を城下町で過ごしたそうだ。
そんな時間が数ヶ月も続いた頃、キノも女だし街へと繰り出していたらさまざまな出会いもあるだろう。
ある1人の男性と出会い、次第に恋仲へとなるのも必然だったのかもしれない。
なぜなら彼は、スキル“完全記憶”を持ち、キノを忘れることが無かったからだ。
「なんかカイトの前で他の男の話するのは嫌なんだけど、まぁ色々あってその男のところに住むようになったんだよね。城にいるのもしんどくなってたところだったしちょうどいいやーと思って」
だが、これが悲劇の始まりだった。
キノが男の家に泊まって自分の城に帰ってこないことを知ったセレスティアルが怒り狂ったのだ。
セレスティアルは男尊女卑に反旗を翻した張本人だけあって、超がいくつついても足りないほどの男性嫌い。当然、彼女の周りにいる侍女や近衛兵、城に常駐する警備兵でさえ男性嫌いで固めている程だった。
そんな彼女が、慎重に慎重を重ねて徐々に落とそうとした女がどこの馬の骨とも知らない男と閨を共にしていると聞けば、後はどうなるか想像が付くだろう。
男はすぐに捕らえられキノも城へと連れ戻された。
「そこからは一瞬だった。後からあいつが部下に話してたのを聞いたんだけどね、キノをずっと落とそうとしてたこととか、あの男に媚薬の原液を飲ませて手近な女を襲わせて、いかに男が下劣なものかをキノに教えようとしたこととかさ。でも、最初はそんなこと知らなかった...。
最初は城に連れられてあいつに反省しろ、とか言われて部屋に閉じ込められた。それからしばらくしてあいつの部屋に呼ばれたと思ったら、あの男が別の女に向けて一生懸命腰を振ってるの。キノなんか見えてない感じで、壊れた機械みたいに」
キノはそう言いながら思い出しているのか、体を縮こませ両手で自分の体を抱きしめる。俺はかける言葉が見つからず、手に取った布団をキノに被せた。
「目の前が真っ白になって、最初は裏切られたと思った。あいつの言う通り男なんかクソみたいって。それからあいつに抱きしめられて、あいつと寝ちゃった...。あの男は無理やりヤらされて苦しんだまま死んだのにそれすら気づかず。でも、それはあいつの思い通りだったんだ...。城にはあいつの臣下がいっぱいいて、キノが見えるやつ多いんだよね。だからか、遂にあいつと寝ちゃったことはすぐに広まった。そしたら当然、臣下は面白くないよね...」
周りに言われることはどうであれ、事実と違うということが城での陰口に耐えられる最後の砦でもあった。だが、その砦も本当に関係を持ってしまったことで瓦解する。結果、泣きつく先はセレスティアルとなり、より2人は親密に、そして周りはより苛烈になっていったらしい。
そんなある日、もはや日常となったセレスティアルの部屋で起きたキノは隣にセレスティアルがいないことに気づいた。彼女を探すために部屋を出ようとしたそんな時、ある話し声が聞こえたのだ。
『....の相手をするのは大変だったろう。褒美として今から妾がお前の相手をしてやろう。あぁ、それから今晩のあやつに出す紅茶にはあの男にも使った例の媚薬を入れておけ。あやつは今晩で堕とし切ってやる。
それにしてもお前は本当に愛い奴よな。裏で言を回せとしかいっておらんのに、ようもあれほどの罵詈雑言が浮かぶものよ』
『ふふ、確かにあの晩は幾度も湯あみを行いましたが、これも女王様に仕える者として当然のことです。主様の言わんとすること以上を以て忠を尽くす。わたくしは身も心も主様の物ですゆえ。それでは...わたくしは準備が出来ていますので、いつでも...』
『カカカッ!良かろう、お前の部屋へ行くぞ』
「そこで初めて知ったんだよね、あの男にあんなことをさせたのも、城内の陰口も全部あいつがやらせてたんだって。でも、あの頃はやり返すってことが思い浮かばなくて、また裏切られたっていう悲しさともうここには居たくないって思いしかなかったから。
あいつがいたから『略奪者』って言われても我慢できたのに、それを指示してたのもあいつだって知ってもう何を信じたらいいか分かんなくなっちゃった。でも、4年も居たんだ。そう簡単に復讐なんて考えつかなかった。
だからすぐにでも部屋を出たかったけど、昼間は人の目が多すぎる。でも、夜だとあいつがいるしその日は媚薬も飲まされるしでどうしようか迷ったんだけど、結局少しだけ飲んでギリギリ体を動かせるくらいにして逃げ出したんだ。あいつ夜は必ず一回トイレに行くからそのタイミングでね」
「...なるほどな。正直まだ全部を受け止められたわけじゃないけどキノが苦しい思いをしたのは分かる。ありがとな、俺と出会ってくれて。俺は大丈夫だから、今日はもうゆっくり休め」
「うん、ありがと。でも、話したらちょっとスッキリしたよ。...こんな汚いキノでごめんなさい...」
「汚くなんかない。今ここにキノがいてくれるだけで充分だよ」
「うん、うんっ...」
キノは俺の胸で顔を隠す。俺は次第に鳴咽の音が小さくなるのを確認してゆっくりキノを横に寝かせた。
ブクマと感想、チャンネル登録よろしくね!
この話の解釈ではサキュバスとインキュバスを総称して吸血鬼としています。
吸血鬼=生気を吸う者
てことですね。




