第70話 運命の対峙
「隊長、本当によろしいのですか?あんなに自由にさせておいて。それに後で教えてくださると言っていた理由って...」
「いいのですよ、あれ以上していれば私どもは塵も残らなかったでしょう。...えぇ、教えてあげますとも。奴らは、いえ、あの男は我らがガイロ様のお探しになっている男です」
「え?...え?!ま、まさかあの黒髪隻腕の...?」
「えぇ、そうです。あの出不精で有名なガイロ様が直接出向かれた作戦を根こそぎ無に帰した男、【黒隻】ですよ」
「あんな若い男だったなんて...」
「私も詳細に容姿を知らなければ見逃すところでしたよ。人族にいるかはわかりませんが、魔族には隻腕など珍しくもありませんからね」
「そうですよね...。あれ?でも隊長は何で【黒隻】とやらの容姿を知ってたんですか?」
「まぁ、皆誰しも持っているものはあると言うことですよ。あなたにもいずれわかります」
「えぇ、分かるかなぁ...?」
えぇ、分かりますとも。このままあなたが生きていけば、あの方、第1戒王の名を欲しいままにする方と巡り合う事もあるでしょう。
伝書蜂であの方から直接情報を聞いていなければ、私も疑っているところでした。
やはりあの方は抜け目がない。至上を掲げる魔王様以外、誰一人として心を許さないあの方だからこそガイロ様の元に私がいるのだ。
ーーそう、私は第1戒王セキアル様のスパイなのだ。
セキアル様は決して仲間内で揉めようだとか同士討ちをしようなどとは考えていない。だが、少しでも魔王様の邪魔になると判断されれば一切の容赦をしない方なのだ。
そのため、私と同じような者はすべての戒王様の元にいる。それも誰もが戒王様に近い人間として。
私は【黒隻】を城に案内したその晩、部下のユノイを連れてガイロ様の居室へ赴いた。
深夜、報告していた時間よりも少し早くドアを鳴らす。
「入れ」
「はっ!」
許可をいただき扉を開くとぴっちりと締め切られたカーテンに、本来であれば一人で使うにはあまりに広く、大人30人が雑魚寝してもまだ余裕がある。
しかし、その部屋の主の見た目と似合わない所狭し壁狭しと本棚が並べられており、そのちょうど中心にガイロ様はいらっしゃった。
だが、ギシギシと椅子を鳴らしながら振り返ったガイロ様のお姿に以前の凛々しい面影は毛ほどもない。
ギリギリ目元が見えるくらい深く被られた帽子の下から覗く素顔は暗闇に慣れてきた私も痛々しくて見ていられなかった。
初めてガイロ様と直接拝謁したユノイなど驚きと畏怖からかガイロ様から目が離せないようだった。
さらに、それは顔だけにとどまらない。同じ理由で、ある時期から上半身に一切の衣服を着なくなったその体にもその痕は鮮烈に残っている。
「何の用だ?お前がオレを呼ぶんだ、些事なんかではないんだろ?」
「はっ!単刀直入に申します。ガイロ様が探してらっしゃった男が見つかりました」
「...なんだと?お前にしては笑えない冗談だ」
「いえ、事実でございます。明日あなた様の御前にてお連れいたしましょう」
「...ほう、いいだろう楽しみにしている。要件はそれだけか?」
「はっ!」
「そうか。報告ご苦労、下がっていいぞ」
「はっ!」
私が扉から出る直前垣間見えたのは、爛れ腐ったギラつく瞳と、もはや裂けているのではないかと思うほど吊り上がった口角だった。
ーーーーーーーーーーーーーー
「おはようございます、それではこちらへどうぞ」
朝食を持ってきた時に言われたのはここの領長であるガイロと面会しろというものだった。
食事を食べ終わった俺たちは先立つ隊長の後ろについて行く。まぁだいたい予想はしていたが、そんなにやつは俺に会いたがってるのかねぇ。
でも今日一日は従うと言ってしまった以上、会わないわけにも行かないだろう。正直ガイロとやらに興味はあったしな。
それから隊長に連れられてたどり着いたのはこれまたこじんまりとした扉だった。町の長がいる部屋の扉にしては随分と寂れている。色は鮮やかな赤色に端を金であしらったものだが、装飾などは一切付いていない。簡素なノブだけだ。
「それではこの先にガイロ様がいらっしゃいます。我々は後から入りますのでどうぞ」
そう促され警備隊に開かれた扉に入った。
一見、謁見の間には見えないほど真っ暗な部屋は一切の光が差し込めないほど、完全にカーテンが締め切られていた。
その理由はここに来るまでの間にざっくりと隊長から聞いていたが、どうやらこのガイロの体に関係するらしい。多くは語らなかったが、他人にあまり見せたくない体になってしまったようなのだ。
そのため、こうして自分の体が誰の視界にも入らないようにカーテンを閉め切って光が入らないようにしているのだとか。
だが、俺には“夜目”がある。光が一切入り込まない暗闇でも昼間のように見える視界に入ったのは、扉と同様、あまり装飾が華美ではない玉座に座る下半身だった。
「は?」
何を言っているのだと言われても仕方ないと思うのだが、俺はそのまま起こっていることを説明しただけだ。
確かに目の前には華美ではないものの一見して、金をかけたのであろう立派な玉座と思えるものがある。だが、そこには本来あるべきものが圧倒的に足りていないのだ。
「ガイロ様?探していた人物を連れて参りまし...た...。な、なにが起きている?!おいっ!ガイロ様はどうした?!なぜ...なぜ上半身だけが消えているのだっ?!」
ーーそう、玉座に座っていたであろうガイロは下半身を残し、殺されていた。
「おいっ!貴様っ!ガイロ様に何をした?!」
流石の隊長もここまで訳の分からないことが起きていると冷静さを失うのだろう。いの一番に俺を犯人だと疑ってきた。
「何を仰っている?隊長さん。俺ができる訳ないだろう。昨日は曲がりなりにもずっと監視されていた訳だからな」
「だが、【黒隻】なら出来なくもないだろうっ...」
それがこじつけも甚だしいことは彼にも分かっているのだろう。言葉尻にもそれが窺えた。
というか、俺が【黒隻】なこと分かってやがったか。ならここまで連れてくるまでが想定内だった訳だな。
それにしても不可解だ。
よくよく辺りを見回してみたらおそらく数人ほどであろうか、隊長と同じような鎧を着た兵士と思われる死体が転がっている。
仮にも長を守る者たちだ。隊長と同じくらいかそれ以上に強い者たちの筈だ。だが、この部屋には一切の争った形跡がない。
なぜなら壁に紙一枚ほどの隙間もないほど詰め込まれた本棚はその全てが綺麗なままだからだ。さらに床に敷かれたカーペット。こちらも血が飛び散っている以外は敗れた形跡などがない。
しかし、この城には執事やメイドはいるものの殺された兵士や隊長以外は誰も彼もレベルが数十程度の有り体に言えば雑魚だ。
それ以外は皆警備隊だが、彼らもこの隊長以外は超越すらしていなかった。
そんな彼らが、仮にも魔王の第3位を任されている人物とその護衛をこんな綺麗に暗殺できるのだろうか?
それもあって今ここにいる俺たち以外の警備隊の数人は隊長含め慌てふためいているのだろう。
だが、そんな手がかりも何もない謎は突然現れた1人の男によって全て解決した。
「クク。ガイロを殺したのは我ですよ」
「誰だっ!?」
「ククク。あなた我にそんな口を聞いて良いのですかな?」
「な...あなたは...」
「なぁ、そこで話してないで俺にもその隠してる顔を見せろよ。俺はお前のこと知らないんだからさ」
「クク。君が知らずとも我は知っていますよ?行くところ全てに災いをもたらす黒髪隻腕の男、通称【黒隻】。あぁ、君と出会ったしまった我にも災いが起きてしまうのかっ!それはあまりにも運が悪い!」
「随分と失礼なやつだなお前。初対面でなんでそんなに言われなくちゃならないんだよ」
突然現れた、真っ黒いテンガロンハットを被り、右目にモノクルをかけそして、真っ黒いコートを羽織っているその男は大仰な仕草で自身を抱く。
「ククク。まぁまぁ、そう言わずに。申し遅れました。我の名前はシス・イントゥルフェ、僭越ながら【強欲】を名乗らせて頂いてる者ですよ」
「なるほど、お前が【強欲】の魔王か。で?なんで自分の部下を殺した?」
「クク。【黒隻】殿は異な事を仰る。質問に質問を返すようで申し訳ないが、用を終えた道具は速やかに破棄するべきでは?」
「へぇ、自分の部下は道具だと。そういうわけか」
「ククク。えぇ、そうですとも。それに我は一度失態を犯した道具を寛大にも赦し、挽回の機会を与えた!」
「なるほど、お前とは分かり合えそうにないな」
「クク。それは残念です。ですが我は運がいい!たまたま道具を処理しに来たらこうして君と出会えたのですから!もう少し時間がかかると思っていたのですが、最後の最後にきちんと役目を果たしましたね。罰を与えた甲斐がありましたよ」
「道具を始末しただけじゃなく、その前になんかやってやがったのかよ」
「ククク。えぇ、大したことではありませんよ。上半身を半分ずつ凍傷と火傷にしていただけですから。どこにでもあるお仕置きのひとつでしょう?」
「頭イカれてるんだな。それはもう仕置きの範疇を超えてるよ」
「クク。認識の相違ですねぇ。ま、【黒隻】殿にも会えたことですしここにはもう用はありません。では我はこの辺りで失礼するといたしましょう。あ、そうでした!【黒隻】殿、我はアンバスの街にいますので。あぁ!運が良ければ君達とまた会えるかもしれない!我はなんて運がいいんだ!」
(チッめんどくせぇ)
アンバスの街を目指していたことは俺たちしか知らないはずだ。確かセキアルにも話していない。なら、俺たちの会話が誰かから漏れたのか?と、思っていたらキノから念話が入ってきた。
『多分だけどこの先にある街で次はアンバスだし、それにこの辺りで1番大きい街だから、そこに来いって言ってるんだと思う』
『そうなのか?』
『うん、魔族領っていろんな街に繋がってるんじゃなくて1つずつが道なりに繋がってるんだよね。だからこの街越えたらアンバスだよって言ったの』
『そういうことね、だが、大きい街だと俺たちを待ち構えるのに最適なのか?』
『うーん、あんまり分かんないけど一応見せかけの大きいお城はあるし、確か闘技場?があったと思うからそこに来させたいんじゃないかな?』
『なるほどね。ありがとな、キノ』
『うん!』
「それでは、またお会いいたしましょう?ーー愛しき者よ」
そう言い残して【強欲】の魔王、シス・イントゥルフェは姿を消した。最後に今までの巫山戯た印象をかき消すかのような怒りがこもった目で俺を睨みつけて。
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