第65話 イントの町
イントの町を守衛している部下の1人から検問所で揉め事が起こっているとの報告を受け向かうと、町に無理やり入ろうとする旅人とでっぷりと太った男が護衛を連れ、私の部下を怒鳴り付けていた。
「何の騒ぎですか?」
「りょ...いえ、隊長!実はこの商人がーー」
1番近くにいた部下に事の経緯を聞くとどうやらこの太った商人はイントの町に入るための通行料をケチっているらしい。
さらにそれを咎めた旅人を殺し、さらには周りの者たちを脅しつけ門兵に向けて暴動を起こさせたのだとか。
「ーーなるほど。この騒ぎはそういうことですか。では、あなたが元凶なのですね」
「ハッ、まだ領長を出さんのか。強情なやつめ。もういい、ワシが自らこの寂れた町を潰してくれよう。その時になって後かーー」
私は背負っていた斧と槍が合体したハルバードという槍と極端に穂先が細い槍の2本のうち、使い慣れた穂先の細い槍で商人の首を刎ねた。
彼が今回の暴動に対して謝罪や懺悔の1つでも言おうものなら即座の制裁は行わないつもりであった。
だが、その商人から出た言葉にはまるで反省の色がなく、そのため問答も不要と判断したのだ。
私は勢いよく吹き出る血潮に被らないように少し死体から離れる。
「さて、主原因は取り除きました。しかし、あなたたち護衛も私の庇護すべき旅人を殺したそうですね。では、一切の区別なく厳罰に処します」
ーーこの主にしてこの護衛あり。恩情の余地なし。
護衛というものはただ主に付き従うだけが仕事ではない。悪に進もうものなら身を呈してそれを食い止めなければならない。
私は未だ状況が掴めていないのか、立ったまま動かない護衛たちに片端から制裁を下していく。
特に制裁には首を飛ばすという決まりは無いのだが、数が多いので槍本来の突き刺す行動より穂先を使って斬りとばす方が早いのだ。
やがて、数分もしないうちに商人の護衛と思われる一式揃った鎧を纏った者たちは、物言わぬ骸と化した。
「さて、次は旅人の皆さん。あなた方は巻き込まれたとは言え、一度は悪に流されました。厳罰には処しませんが、この町での行動を一部制限させていただきます。よろしいですね?」
この町で犯罪は許さない。たとえ彼らにとって酷な状況だったのだとしても、他者を自らの保身のために売ったのだ。
ならば制裁を下すまではせずとも、次いつまた悪に流されるか分からない。
私は悪に流された旅人たちの宿をいくつか指定して分割し、滞在中、私の部隊に監視されることを了承させて解散させた。
私は旅人約3人に1人の部下をつけ彼らを解放した現場には、唯一、今回の暴動に参加していなかったグループを見つけた。
「あなた方は暴動に参加しなかったようですね。では、制限などありようはずもありません。イントの町にてごゆっくりお寛ぎください」
「あぁ、そうさせてもらうよ。にしてもなかなか過激な手段を取るんだな」
「これが一番手っ取り早いので。それにここでは私がルールです。...改めてはじめまして、イント守衛一番隊隊長および領長のセキアル・ノイトナムと申します。以後、お見知り置きを」
「あぁ。俺はカイト・ヒュウガという。他は俺の仲間たちだ、数日お世話になると思う。よろしくな」
右腕の袖を風にたなびかせ左目を閉じている彼はしかして、固く誓った意志を感じさせる瞳をしていた。
その瞳はまるで底の見えない深淵を飼っているかのような深い昏闇を携えていた。
私は彼に自己紹介しつつ軽く握手をして、離れていく背中を見送る。
「...........ふむ、あれが【黒隻】、ですか...」
その声は誰にも届かず、霞と消え風に流されていった。
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「うぷっ。...なんでみんな平気なの...?」
「流石に慣れた」
「...同じく」
「キノもー」
「まぁ魔族は基本的に実力社会なので、流血沙汰は結構ありますね。ただ、あそこまで過激な処罰はそうそうありませんが、それでも私もミユさんほどではないですね」
テミスが苦笑いしながらミユにフォローを入れる。
「...みんなそんなに色々な経験をしているのね。私はまだまだだな...。でも、サニアちゃんやキノさんとテミスさんはまだ理解できるけど、カイトくん、君は私と同じ日本人でしょ?...今まで何があったのよ...」
聞かないほうがいいことだとは分かっていても気にはなってしまうのだろう。ミユの顔がそう物語っている。
何しろ俺はミユに、いやそもそもサニアにすらこの目と腕を失った経緯を話していない。
特に聞かれなかったからだが、まぁ聞きにくいことも確かだろう。
といっても落ちた場所が悪かったとはいえ、結局自分の弱さが産んだ怪我だ。自分から話したい事でもない。
ミユの知りたいオーラが伝染したのかキノやテミスだけでなくサニアも興味津々な顔をしていた。
「...はぁ、分かった分かった。宿に着いてからな。そんなに気分のいい話でもないぞ?」
それでも聞きたい、とみんなのその目は語っていた。
それからそんなに歩かないうちにみんなお腹が空いていたのか、いい匂いのする[セバノの穴亭]に入ることが決まった。
一つだけ空いていた大部屋を借り、その宿の横に並んでいた食事処に向かう。
「宿着いたのにぃ〜」
「飯がまだだろうが...」
意外にも聞きたがったキノがブーたれ、ミユが静かに消沈し、それをテミスが宥めていた。
...何がそうさせるのかさっぱり分からん。
気を取り直し、俺たちは食事を頼んだ。
俺とサニアは肉を、キノとテミスは穀物を、そしてミユが魚を頼もうとしたのだが、ここまで森や荒野しかなかったのもあって予想通りと言えば予想通りなのか、魚は取り扱っていなかった。
しかし、元日本人としてどうやらこの世界の穀物はあまり舌に合わないらしく、小声で「...太る」と言いながら俺たちと同じ肉を頼んでいた。
後で聞いた話だが、この世界の肉は基本的に油が多いらしい。王族の元にいたのもあるのかもしれないが。
...ちなみに野菜は取り扱っていなかった。森近いのに。
そして5人で雑談している間に最初に肉が届いた。
届いた肉は俺たちが今回泊まる宿と同じ名前であるセバノという魔物の肉だった。
このセバノという魔物はいわゆるロバの魔物らしく、それを聞いた当初、肉は筋張って美味しくないのではないかと思ったが、そんなことはない。
この魔物はこの領だけでなく割と広い地域(と言っても魔族領だけらしい)で荷車引きとして使われているらしい。
そうやっていずれ老齢になったセバノがこうして食用になるらしく、少し筋肉を落としてから肉にするのだそうだ。
こうすれば筋張らず、ちょうどいい脂身とヘルシーな赤身を持ち合わせる何にでも使用可能な肉が出来るのだとか。
「美味しいっ!今まで食べたお肉は全部脂身ばっかりだったから心配してたけど、ヘルシーだしこのソースも美味しい!これにしてよかった!」
どうやらミユの口に合ったようだ。確かにとても美味い。男としては脂身が少ないが、それでも赤身の旨味がしっかり逃げずに閉じ込められている。
その後、しばらくもしないうちにキノとテミスの料理もきた。
「これこれ!やっぱりこれよね!」
テミスもうんうんとうなづいている。
それはキスノレツァーという料理で、イバイという木の周囲でしか生息しない種の穂から取った実を砕いて粉にして丸めて焼いたものがレツァーというらしい。
見た目は完全に日本にあったナンだ。
そして側にはキスノと言う、粘度が高く赤いスープが添えてあり、それにレツァーをつけて食べるのだそうだ。
どうやら魔族にとってこの料理はいわゆるお袋の味みたいな位置付けらしく、テミスもキノも好きな料理らしい。
「一口もらっていいか?」
「いいわよ!美味しすぎてこれしか食べられなくなるかも!」
またまた〜と言いつつ、俺はキノから一口もらう。
レツァー自体に味はほとんど無いが、ナンよりもずっと弾力が強くお腹にズシンとくる重さだった。
そんなレツァーだからか、添えられていたスープは見た目に反してとてもスッと食べられるものだった。
しかし、味のないレツァーにしっかり合うように、軽い舌触りでもピリッとくる辛さの中にレツァーの重さを和らげつつ引き立たせる旨さがあるスープだった。
「...これは、美味いな」
「でしょでしょ?!これでカイトもハマったわね!」
そうして楽しい食事の時間を楽しんだ俺たちはもう夜も遅く出店も出ていないため、宿へと戻った。
...ちなみに宿では風呂を出せないことは分かっていたのでここまでの道中で入っておいた。
「それじゃあ約束通り話すか。...何度も言うが、そんなにいい話ではないぞ?」
「...うん、それでもあなたのことを知りたいの。おねがい」
「...分かったよ。そこまで言うならもう何も言わない。サニアも気にするな、俺が決めたことだから」
サニアは道中、俺の過去に興味津々だったもののすぐにミアのことにも思い至ったようで、終始申し訳なさそうな顔をしていた。
...サニアもミアを妹のように可愛がっていた。サニアが悲しくないわけないだろうに、それでも俺の事を考えてくれるのだ。気を揉ませるわけにはいかない。
「それじゃ話すぞ。最初は俺がこの世界に初めて来た時のことだなーー」
まずは神と名乗る者に会ったこと、その直後のシャドウウルフとの戦闘で目と腕を失ったこと、着いた町でサニアと出会い魔物の軍団を退けたこと、レドックへ赴き裏組織を潰したこと、王都へ向かう途中ミアと出会い、さらに王都ではミユたち勇者と出会ったこと、帝国ではナバスとの戦闘でミアがさらわれたこと、ミアを探すため忍び込んだ図書館でラミーに出会ったこと。
...紆余曲折経て、ようやくたどり着いたミアはすでに命を落としていた上に肉人形とされ、凄惨な最期を遂げたこと。
また、その後のサテュラでの一悶着。
そうして身を隠すかのように魔族領へ向かった先で【怠惰】の部下ミキスに連れられ、その城でキノに出会ったこと、それから1年後の洞窟でテミスに出会ったこと、そこに届いたラミーの通信。
...それを聞いた俺はすぐに帝国に向かった。
「ここから先はミユたちも知ってる通りだ。...俺はミアだけじゃなくラミーも助けられなかった。情けない男だよ」
『もし次は君達が、なんて事を考えると怖い』、その言葉はギリギリで飲み込んだ。今散々情けないところを見せているのだ。これ以上はただ彼女たちの重荷になるだけだろう。
「ほんとに...軽々しく聞いていいことじゃなかった...。ごめんなさい...」
ミユは口を手で押さえ、俺に過去を聞いた事を後悔している。それはテミスやキノ、サニアも同じだった。
「いや、不恰好なところを晒しただけになったけど、話せたからか少し気が楽になった。ありがとな、ミユ」
「お礼なんて言われる筋合いないわ...。でも、あなたの力になれるのなら私は何でもする。私は、私たちは何があってもあなたのそばにいるから」
...あぁ、俺はほんとに恵まれている。俺はたまらなくなって彼女たちを俺の腕の中にうずめた。
ヤベー!!そろそろストックが無くなってきた!構想は出来てるのになかなか筆が進まん...。
執筆って難しいね...。
だが、まだまだ先は長いぞ?!
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