幕間〜動き出す王国と投げ捨てる国民〜
深夜、トイトニス宗教国の聖塔の地下にある誰も知らない扉を開き、冷たい石を踏みしめ走る女がいた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ。なんとか逃げ切れた...。早く王に連絡しないと!...黒髪隻眼がもしかすると“道遁スキル”を手に入れてしまったかもしれないことをっ!」
それはリトレアの側にいた魔族の女だった。
いや、違う。まるで塗り固めた嘘のメッキが剥がれるかのように彼女の浅黒い肌がぺりぺりと剥がれていく。
その下から出てきた肌は綺麗な肌色をしており、その姿は歴とした人間であることを示していた。
そう、この女は『アイヤ』などという名前では無く『ミスト』というイングラス王の配下であったのだ。
〜4日後〜
「王よ、夜分遅くに申し訳ありません。任務の終了が確認されたため戻りました。またそのことに関して重大な報告がございます」
「おお、ミストか。よい、長きに渡る任務ご苦労であった。で、なんだ?あの【傲慢】めは死んだか?」
そう鼻で笑いながらミストに問いかける。
「はい、【傲慢】の魔王リトレア・オルデスが黒髪隻眼の少年カイト・ヒュウガに討たれました」
「...何?本当に死んだのか?いや、お前は嘘をつくような女ではないな。それにカイト・ヒュウガ...、確かそやつは...」
「はい、レドックを壊滅に追い込んだ者の名前です。しかし、問題はそこではありません。...その者はあの書物の通り、『黒く昏い闇』を纏っておりました」
「...な、まさか!!そやつにも『道遁』が発現したというのか?!」
「はい。ただ実際に見たところ、おそらくまだ発現したてで、自分が発動させていることもそのスキルを獲得していることにも気付いている様子はありませんでした」
「...そうか、『道遁』スキルは使った段階で分かるものだが、アレに関してだけは極めなければ獲得していることにすら気づかん代物らしいからな。
まぁ居場所がわかっただけでも良いか。忌々しいことにアレは倒すわけにも行かぬ。だが、奴を野放しにしていては『影響者』が出てしまう。これは一刻も早く我が国周辺から遠ざけつつ、かつ居場所を把握しておく必要があるか」
「それがよろしいかと愚考いたします。アレは近くに置くべきものではありません」
「そうだな。よく報告してくれた。ここは奴に好きにさせる前に先手を打たねば。では明日、余が国民に通達しよう。顔は見ておるな?」
「はい。抜かりありません」
「よし、ではミストよ。ご苦労であった、下がってよいぞ」
失礼いたします、とミストが部屋から出て行くと王は1人ため息をつく。
「ついに同種が見つかったのは良いが...、よりにもよって最初に見つかるのがアレとはな。それもおれの近くにいたとは。だがまぁ、災厄を起こされる前に見つかってよかったわ。本当は排除したいが、アレは我ら4種が全て揃わねば対抗出来んと聞く。正直、煽るのは悪手ではあるのだが、やむを得んか」
次の日、王国全土の中空に突然、王の顔が浮かび上がった。それはカイトが初めて人と出会い、町を守り、絆を育んだサテュラの町でも変わらない。
「ギルドマスター、突然どうしたんでしょうか?王がこんな風に顔を出すことってそうあるのでしょうか?」
「おお、ティサネか。いや、わしも初めて見たの。だが、王が直接顔を出すのじゃから重要なことなのじゃろう」
王国民として誰一人王の顔を知らないものはいないが、それでも中空越しとはいえリアルタイムで拝見すると緊張するものなのか皆一様に顔が引き締まっている。
『我が親愛なる王国民よ。余の突然の呼び出しに応じてくれたこと、心より礼を言う。さて早速だが、1つ君たちに伝えておきたいことがあって、このような方法を取っている。おそらく知っているものはほとんどいないだろうが、こんな顔をした男を知っているだろうか?』
そこに映し出された顔はティサネもギルドマスターも含め、サテュラに住む人なら誰しもが知っている顔だった。
なにしろ全ての住民が、ギルドマスターですら諦めたホブゴブリンたちのスタンピードにたった一人で立ち向かい解決した、この町の守り神だったのだから。
「カイトくん?!」
『彼は我が愛すべき王国にある一つの町、サテュラを守り、さらには一向に尻尾の掴めなかったレドックの悪行を暴くなど、英雄の如く活躍してくれていた。少なくとも余はそう報告を受けていた。........しかし、昨日信じがたい訃報が届いてしまった。我らが友好国である、トイトニスの宗主がこのカイト・ヒュウガによって討たれたとの報告が入った。...入ってしまったのだ。...今ここに余も明かそう。余も奴隷制度については常日頃から考えを巡らせていた。しかし、トイトニスの宗主は余の友人でもあったのだ。そこで、余は彼がなぜこのような行動を起こしたのかと疑問に思い、調べてみることにした。...すると信じがたいことが分かってしまったのだ...。あのサテュラを襲った魔物の悲劇も、レドックを裏から支配していたのも全て彼の計略だということが発覚したのだ!』
王はとても辛く悲しそうな表情で騙る。だが、レドックはともかくサテュラの面々は、誰もが諦めたスタンピードの恐ろしさとそれに立ち向かった勇敢な背中を知っている者も多かった。
そのためかなかなか信じる者は居なかった。
...だが不幸にも1人、それを全面的に信用する者が出てきてしまった。
「だから言っただろ!あいつは危険なやつだって!僕はずっと言い続けてきたじゃないか!あぁ、そうだ!僕はあいつの側でずっとあいつの悪行を見てきた!まるで路傍の石を相手にしているように!息をするかのように人殺しをしていた!そうだ!僕が正しい!アハハハハ!!」
そう、キュレイだった。
彼はカイトがこの町を出てからずっとこの町の人々にカイトがどれだけ悪辣か、そしてどれだけ人殺しを躊躇わず息をするかの如くし続けているかを声高に言い続けてきた。
しかし、カイトが体を張って町を救ってくれたことを知っている者が多く、またカイトの丁寧な物腰からそれを信用する者がおらず、ついに彼は誰からも相手にもされなくなっていた。
『彼を知っている者は信じたくないだろう。特にサテュラは町を救ってもらっているのだから。余も愛する国民を身を呈して守った者にこのようなことは言いたくない。しかし、余が言わなければ被害が拡大してしまう!我が愛する国民たちが騙されるのを黙って見ていられようものかっ!もし、これで余が愚王だと罵られようとも構わない。それで我が愛する国民を守れるのならば本望だとも。...よって余はこの者の国外追放及び身体的、精神的さらに彼との会話など全ての接触を禁じる!そして、ここに奴を【黒隻】と呼称する!また、【黒隻】は隠れるのがうまい。トイトニスでの事件から出来うる限り捜索しているが、どこにいるか杳として掴めていない。誠に不甲斐ない王で申し訳ないが、皆の助力を求める。...それでは時間を取らせた。では失礼する、皆に栄華と栄光あれ』
王の言葉が終わった後の町は不気味なほど静かだった。
「...カイトくんは敵、排除しなきゃ」
あれだけカイトの面倒を見ていたティサネが呟く。そしてまるでそれが伝播したかのように町中の人々がカイトを詰り始める。
それはとても異様な光景だった。
さっきまでカイトは敵ではないと、我々を守ってくれた恩人だと騒いでいた住民の全ての目から色が消え、盲目的に王の言葉の全てを信じ、疑いを持っていない。
その町には静かにカイトを詰る住民と今までの鬱憤を晴らすかのように吼えたてるキュレイの哄笑が響き渡っていた。
ブクマとチャンネル登録よろしくね!




