第36話 【傲慢】の正体
「あたしを視たら殺すから」
耳元で唐突に聞こえたわがまま皇女の声に俺は警戒レベルを最大にする。
正直のところ俺は護衛しか警戒していなかった。最悪、わがまま皇女はなんとかできると思っていた。
だが、それはとんだ思い違いだったらしい。小声で警告してきた皇女には、ドラゴンには劣るものの護衛にさえ感じなかった生命の危機を感じてしまった。
「...わかりました」
「いい子ね。あ、別にあんたはあたしに畏まらなくていいわよ。面白そうだから」
「そうですか?いや、そうか?それならありがたい。あと俺には仲間がいるんだが、そいつも連れてきていいか?」
「...まぁいいわ、でも1人だけよ」
「あぁ、俺の仲間は今1人だから大丈夫だ」
「...そ、ならいいわ。早く呼んで」
「お嬢様、通信系のスキルは希少ですし、それらの魔法具もそうそう...」
「すぐ行くってさ」
「はっ?!どうやって連絡を取った?!」
「...えっ?スキルでだけど...」
「ならなんでさっき呼ばなかった?!」
「呼んで良かったのか?」
「いや、そう言うわけではないのだが...」
「ぐちぐちうるさいわね!黙ってついてきなさい!」
「はっ!」
なんか、護衛って大変そうだと思ってたけど案外楽しそうだな...。
その後、“異種伝心”で呼んだサニアが合流してからサニアに起こったことを簡単に話して、わがまま皇女改めイラミスについていくこととなった。
そうして城についた俺たちはイラミスの部屋の近くにある客室へと通された。
「ここをあなたたちの部屋として使いなさい。そして今日はもう遅いから明日また話すわ。それじゃ」
一方的に言った後、これ以上は何もいうことはないと自分の部屋へ帰っていった。
「それじゃあ俺たちも部屋へ行こうか」
「...うん」
「改めて、なんでこうなってるの...?」
「まぁ幸運が重なったんだけど、まず運良く書庫に侵入できて...」
最初の侵入のところから、イラミスに見つかりなぜこの部屋を貸してもらえるまでになったのかを全て説明した。
「そんなことがあったのね...」
「うん。どうやらイラミスだけじゃなく他の護衛たちもその【傲慢】の魔王に恨みがあるみたい」
「何があったのかしら...?」
「それについては多分明日話してくれると思うよ」
「そうね...」
それから俺たちは、明日の話次第ではあるもののこれからのことを少し話してサニアが眠るのを見守った。
正直、俺はこの2週間まともに眠れた試しがない。眠ろうとしても、目を閉じる度嫌な想像が頭をよぎり寝付くことが出来ないのだ。
サニアもそれについては気づいているようだが、特に何も言ってこない。きっと言っても無駄だと分かってくれているのだろう。それか諦められているか。
俺はいつも通り朝まで時間を潰すのも兼ねて魔力精度の訓練をする。
と言っても簡単なものだ。自身の体の中で魔力を巡回させる。その流れの速さを徐々に速くしていくだけだ。
...ん?もし制御しきれなくなったら?
なんてことはない。体が四散する程度だ。それに周囲に被害はあまり出ないから大丈夫だ。
俺はそれを日が昇るまでひたすらやっていた。
次の日、俺たちはメイドに連れられるまま食堂へと向かった。
朝一番に俺たちの部屋へと来たイラミスはご飯を食べてこいと命令され、そのまままた部屋を出て行った。
初対面の時から嵐のような人という印象が変わらないな...。
「よく来たわね!遅いわ!早く座りなさい!」
「朝から元気だな...耳が痛いよ」
「これが普通よ!」
そうして席に着いた俺たちの前に並べられていた料理の数々は、今まで宿で食べてきたものよりも当然ながら豪華だった。
そしてその味はとても表現しきれないようなおいしさだった。にもかかわらずあまり満足できなかったのはやはり俺たちが庶民舌だからなのかもしれない。
そんなこんなで世間話などをしつつ朝食を食べ終わりイラミスが真面目な顔で話し出した。
「昨日の件だけど、お父様に報告にしたわ。そしたら詳しい事情を聞きたいって。だからこれからあたしと一緒に来なさい」
そうして言われるがままに皇帝の御前まで連れてこられた。御前といっても今回は個人的な謁見のため、大広間ではなく皇帝の部屋だったが。
「よく来たな、急な出来事であるため、まともな出迎えなどできんが許せ。あぁ、ラミーはこちらへ来なさい」
「はい、失礼します」
「お前がカイトか。ラミーから話は聞いている。【傲慢】のことだったな。...単刀直入に聞こう。なぜやつの情報を求める?」
その時、皇帝からの圧力が部屋中にのしかかった。それはダンジョンで出会ったドラゴンにも引けを取らない重圧だった。
俺は崩れ落ちそうな膝を必死に支える。ここで屈してしまったらきっとミアを助ける手がかりを得ることができない。
「...ふむ。多少なりとも見所はあるというわけか。だが...弱いな、話にならん」
「...それでも、教えていただきたいのですっ...全てなどと烏滸がましいことは言いません!ただ、やつがどこにいるかだけでもお教えください!」
俺の心から苛立ちと焦りを体現したかのような黒い感情が溢れ出ようとするが、それを抑え恥も外聞もかなぐり捨てて土下座する。
こっちの世界で土下座が通用するかはわからなかったが、それでも俺なりの最大限の懇願だった。
「...見苦しいわ、体を起こせ。なんだ?弱いと言われ、返す言葉もないのか?これから強くなって見せると蛮勇を意気込むことすらできんのか?」
「いずれ強くなることなど当たり前です。そんな些事はどうでもいいのです。ですが、今は己の実力が足りないことも確か。ならまずは俺が出来ることからやっていかなければ前に進むことすらできない」
「その体たらくでか?今、この場でオレが命令を下せばお前を殺すことなど容易いぞ?」
「...っ!........その時はたとえ身を切られようと骨を絶たれようと、俺を殺そうとしたことをあなたを後悔させてみせます」
「..........フハハッ!後悔か!このオレを後悔させると来たか!実力差をわかっていながらその胆力とは!大言でもオレを殺すとまで言わんところがまた良い!...まぁいいだろう。かろうじて及第点としてやる」
俺はなんとか修羅場をくぐり抜けたと思うと力が抜けた。...そう、抜けてしまった。だから“予知”で俺に降りかかる刃が見えても動くことが出来なかった。
「それ以上動かさないで、この距離ならわたしでも殺せるわ...」
「...ふんっ。下がれ、ライド。死を恐れん者は扱いが面倒だ。そこなガキよ、粋がるだけ粋がって気を抜くようでは程度が知れるな。その娘の方がよほど見所がある」
俺は何度サニアに助けられれば気が済むのだろう。ライドの刃はすでに俺の髪を数本切るところまで来ていた。
いつまでも守られているばかりじゃいけないと。ミアを助けるために、届かない世界に手を届かせるために強くならねばならないと、ミアを奪われたあの日誓ったはずなのに、まだ俺は覚悟が足りなかったのか。
「...ようやくマシな顔になったな。今回はその娘に免じて話してやろう。だが、次はないぞ」
「...望むところです」
そこから皇帝ゼルギス、ゼルギス・リースヴェルトはゆっくりと【傲慢】の魔王について話し始めた。
まず、その正体は世界最大の宗教であるベルズ教。その教祖だという。やつは約50年ほど前からゆっくりと信者を増やしていき、今では誰もが知る宗教に成長させた。
そして、その【傲慢】と帝国との因縁ができたのが今から10年前のこと。
ベルズ教は世界に亜人蔑視の風潮を広めようとしていた。それに反抗したのが当時の皇帝であるゼルギスの父、デドロスだそうだ。
最初は国の一般市民から信者として引き入れて行っていたそうだが、それにいち早く気づいたのがよく無断で城下町に遊びに行っていた今の皇帝だったそうだ。
元々ゼルギスは行った先々で聞いた面白い話を使用人達によく話していた。
その折に新たな宗教が参入してきているという話を聞いたデドロスが事態を重く見、頭角を現してきていたベルズ教に警告を入れた。
しかし、当時すでに魔王として君臨していた【傲慢】は意に介さず帝国の情報侵略を続けていた。
警告を蹴られたデドロスは当時戦争も辞さない態度であったが、実際国や市民に直接的な被害は出ていない。
そのためベルズ教の総本山である宗主国『トイトニス』に侵略することもできなかったのだ。
結果、デドロスは亜人蔑視する者を厳罰に処すことぐらいしか出来ず、しかもすでに国民の3割ほどが信者となっていたためそれはもう大きな内乱が起きたそうだ。
しかし、その内乱も帝国側のあまりの戦力差にあまり長くは続かず収縮した。それでも亜人を蔑視するものたちは帝国を去っていった。
正直俺は、それだけ?とも思ってしまったのだが、どうやら他にもまだまだ色々とあるそうなのだ。
だが、所詮他国の人間である俺に詳しくは話すつもりがないのかそれ以上は教えてもらえなかった。
それにしてもベルズ教の教祖か...。こんなところでサニアの仇敵と出会うとは。俺たちとはつくづく因縁が深い相手となってしまった。
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