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黒隻の簒奪者  作者: ちよろ/ChiYoRo
第9章
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第323話 廃村と深淵

「はぁ、はぁ、はぁ……」


 俺たちは四肢を大の字に広げて、草原の上に横たわる。それは俺だけでなく、サニアとミユも同様だった。


「こんなに、走ったの、いつぶり、だろ」

「少なくとも、ここ数年では、なかったな……」


 俺たちはシルフィがこじ開けてくれた霧の穴に向かって走り続けた。それはもう走り続けた。だが、シルフィの一度のこじ開けでは、到底霧の外までたどり着くことができなかったのだ。


 目の前には霧の色とは異なる風景が広がっていることは確認できるのに、その距離はとてもじゃないが届く距離ではなかった。


 さらに、その段階ではすでにテミスとセスの眠気が限界であり、続けて走ることは難しそうだったため、サニアとミユで2人を抱えた。そしてもう一度シルフィが霧を吹き飛ばす。今度は俺も協力して。


 それにより、先ほどよりも大きな霧の穴を開き、改めて全速力で走り抜けたというわけだ。


「はぁ、とりあえず落ち着いた。さて、もう少し休んで、2人が目を覚ましたらここの周りを見て回るか」

「……や、やっぱり?」

「……あぁ。嫌な予感しかしないけどな。元来た道を戻るのもしばらくはむずそうだしな……」

「う、うぅ……。そうだよね、それが、目的だったもんね……」


 項垂れるミユの肩を隣に座っているサニアとテミラが慰める。側ではテミスとセスが気持ちよさそうに眠っている。



 俺たちは今、霧を走り抜けて、その先に広がっていた草原の上で休んでいる。十数メートル後ろには俺たちが駆け抜けた霧が滞留している。


 風は吹いているが、その風があの霧をこちらまで運んでくることはないようだ。何らかの意図的なものなのか、特異な自然現象なのかは未だ不明。けれど、少なくとも最初からあったものではなさそうに思える。


 ただ、今は過去のことより未来さきのことだ。



 ——そう、俺たちの目の前には、いわゆる『廃村』が広がっていた。







「んぅ……、はっ……!」

「お、起きたか、テミス。おはよう」

「お、おはようございます。ここは……」

「あの霧を抜けたばかりだ。後ろには、ほれ」

「ほ、本当だ。あ、申し訳ありません……、足を引っ張ってしまい……」

「ん?足引っ張ってるだなんて思ってないぞ?そもそも俺やサニアみたいなのがおかしいんだから。ま、そう言ってもテミスは気にするだろうから、その言葉は受け取っておくよ。体の方はどうだ?何か違和感とかあるか?」

「ありがとうございます。……んーと、いえ、特に問題はないみたいです」

「そうか、ならよかった。動けそうか?」

「はい。いつでも行けます!」

「よし」


 テミスは“熾天魔法”で自身の体の様子を見る。あの霧のせいで眠ってしまった影響は特にないみたいで安心した。


 セスはすでに目を覚まして、今はサニアとミユとスパーリングをしていた。各々聖霊たちにも特に影響は見られなかった。


 あれから数時間が経過していた。時間はすでに夕方を周り、夜に差し掛かっている。空は薄気味の悪い闇色、雲も分厚く空を覆っている。


 さすがにこの状態であの廃村を探索するのは気が引ける。ミユほど怖がりのつもりはないが、夜動くのはシンプルに危険だ。


 そのため、サニアにはスパーリング前に、この辺りで野宿できそうな場所をあらかじめ見繕ってもらっていた。欲を言えば、テミスが寝ている間に移動したかったが、思ったより距離があることと、あまりにも気持ちよさそうに眠っていたので、動すのをやめたのだ。テミスも想像より心労が溜まっているのかもしれない。


「よし、それじゃあサニア、案内してくれるか?」

「・・・こくっ」


 俺たちはサニアが見つけてくれた野宿場所へ移動する。そこは、霧があった場所から大きく離れ、かつ先ほどの場所より『廃村』が見渡しやすい小高い場所だった。


「さすがサニア。いい場所だな」

「・・・ふふん」

「かいとー、きょうのごはんはなにー?」


 サニアが褒められて嬉しそうな顔をする。その横からシルフィがお腹を鳴らしながらフラフラと飛んできた。


「今日は、この間残った刺身とそのアラを使ったスープだ。この辺りは少し高い場所だからか体が冷えるかもしれんしな」

「・・・お肉」

「おにくじゃないのかー」

「毎日お肉だと栄養が偏るだろ。魚はたまにしか食べれないんだから今のうちに食べとかないと」

「・・・はーい」

「はーい」


 2人が気の抜けた返事をしながら食事の準備に取り掛かる。他の3人はすでにテキパキと動いていた。……いや、ミユはつまみ食いしていた。



「さて、それじゃあ気合い入れてくぞ」

「うぅ、行きたくないよぉ……」

「ミユさん、私たちもいますから」

「・・・うんうん」

「何かあったらセスたちが守ってあげるよ!」

「何かないのが一番いいけどな」


 翌日、早速昨日発見した廃村を探索することにした。時間は午前、しかし、天気は曇り。日はあまり差し込んでおらず、まるで狙ったかのように目の前の廃村はおどろおどろしい雰囲気を漂わせている。


「村の名前は……、掠れていて読めないな。相当古い村なのか?」

「分かりませんがその可能性は高いと思います」


 テミスは村閭そんりょをくぐって村の中へと入り、歩きながら右に左にと視線を移す。俺もそれに倣って見てみるが、どこもかしこもこけやツタに覆われていて、無事な家屋が一つもない。


 また、ただ古びただけでなく、半分以上の家屋が、外側から破壊されている。中には完全に地面と同化しているところまである。


 かろうじて残っている家屋にもその破壊の痕跡は残っており、外壁にはナニカがこびりついたような痕も見える。もしかしなくてもここに住んでいた人たちのものだろう。


「カイトさん、一応人を探しますか?」

「いや、いないことは分かってるからいいよ。それよりは——」

「あの穴?」

「あぁ」

「変な音が聞こえるね」


 それから村の状況を確認しつつ進んでいくと、ちょうど村の中央部分にあたる位置に大きな噴水跡があった。モニュメントと思しきものはすでに破壊され、水を囲っていた石積みも同様に破壊されている。


 当然、水は枯れているのだが、中を覗いてみると噴水跡とは思えないほど大きな穴が空いていた。大きさはちょうど人1人がゆっくりと降りて行けるほど。2人は細い人でも難しいだろう。


 その穴の奥から、不規則で硬質な音が何度かか聞こえては途切れる。少し間を空けて音が響いては途切れる、を繰り返していた。


「あとは——」

「・・・あっち」


 サニアが指差す方向には、この村を囲うように広がっている森、その上部分。昨日見た巨人よりもはるかに大きな塔の影が、霧の奥に鎮座していた。


「さて。どっちに行きたい?」

「塔!」

「うーん……、あの霧に入るのはなかなか勇気が入りますね」

「セスもー」

「・・・主さまについてく」


 ミユは食い気味に塔を志望。だが、塔は霧の中、あるいは霧の奥にある。そのため、霧に対する耐性を持たないテミスとセスが難色を示す。サニアはいつも通り。


『どちらでも良いと思うぞ』

「オリジン。起きたのか」


 行き先について悩んでいると、目を覚ましたオリジンが俺の胸から出てきた。その手には前回の海底ダンジョンで手に入れた石が握られている。


「方向がわかったのか?」

『うむ』


 そう言ってオリジンが石に【天力】を流すと、いつも通り白い線が塔の方に向けて、そして、緩やかに地面に向けて伸びていった。


「なにこの白いの?」

「……俺たちの道標だ」

「そうなんだ!これが隊長の言ってたやつかな?」

「そうだろうな」


 なんとなく可能性は考えていたが、セスも【天力】を視認できるようだ。ということは、セスも【天力】を知っている、触れたことがあることになる。もしかするとジーン、下手すると仲間は全員、【天力】を使える、あるいは【天能】を有している可能性が高い。ジーンは『隊長』というほどなのだ。確実に【天能】を持っていると見て間違い無いだろう。


 俺と同様、【天能】は“鑑定”スキルで確認することができない。持っているかどうかすらわからないのだ。


『ということだ』

「何が?」

『勘の悪い奴じゃな。この先が坂道などでなければ、あの塔を目指そうと、地下から行こうと変わらん。目的地は下にあるのだから、地下から行っても問題なかろう』

「……え、てことは——、今からここ降りるの?!」


 ミユが絶望した顔で頽れる。まぁ、それが嫌だから塔を志望してたんだろうしな。


「いや、地上からも何があるか見たい。テミスたちは地下から向こうへ行けるか?地下は方向が分かりにくくなるだろうから、方向を示せるオリジンを付ける」

「分かりました。(“念話”はいつでも使えるようにしておきます)」

「頼んだ。それじゃあ、俺とミユ、それからサニアは地上。テミスとセス、オリジンが地下。これでいいか?」

「はーい!」

「ありがどうガイドぐん……」

「うわぁ!ミユ泣くな泣くな」


 こうして班決めは終わった。それでは、またあの恐ろしい霧の中に進むとしよう。


「シルフィ」

「はいはーい」

「昨日みたいに霧を吹き飛ばすのはなかなか大変だから、こういうのはできそうか?」

「うーん、ふんふん、たぶんできる!でも、けっこうたいへんだよ?」

「基本的には俺がやる。だからシルフィにはその補助をして欲しいんだ」

「わかった!まっかせて!」

「ありがとう」


 シルフィと作戦会議した俺たちは、改めて塔の方向に広がる森とそこに漂う霧の前に立つ。相変わらず、霧の色は虹のようで幻想的だが、今はその脅威をすでに知っている。


「ふっ!」


 俺は“雷嵐魔法”で生み出した風を俺の前方で形にする。それは目には見えないが、ショベルのような形を成し、ゆっくりと目の前の霧を持ち上げていく。


「おっも!」


 ショベルの風は俺だけでなく、シルフィも力を貸してくれているが、まるで人の数倍はある岩を持ち上げているかのように、とてつもない重量を感じる。


「くっ!」


 イメージの補強のため、手のひらを上に向けて何かを持ち上げる動作をするが、その動きは遅々として進まず、側から見ればたいそう滑稽に見えたことだろう。


「今のうちに、進もう」

「う、うん!」


 俺とシルフィは、両腕を肩あたりまで持ち上げた状態で2人に進むよう言う。その後ろから俺とシルフィがついていく形だ。だが、気を抜けば、持ち上げている霧が俺たちに降りかかる。慎重に、されど素早く、俺たちはこの霧を抜ける必要があった。







 ーーーーーーーーーーーーー








「本当に、ただの洞窟ですね」

「すごい臭い……」


 地下組は、ちょうど噴水跡の穴を降りたところだった。穴の先には、こちらも人1人が立って通れそうなほどの穴が真横に向かって続いている。足元には流れのない、腐った水が滞留しており、辺りには臭いを放つ苔や汚れが溜まっている。


『つべこべ言うでない。進むぞ』


 オリジンはそれらの臭いを特に気にすることなく、ずんずんと横穴の奥へと進んでいく。石から放たれる白い線は都合よく、横穴の先へと続いているようだ。


「うわっ!なんか気持ち悪いの踏んだ!」

「感触もグニグニしていて、気持ち悪いですね……」

「灯りがないから見え辛いし、臭いし!こっちにするんじゃなかったよー!」

『やかましい!』


 真っ暗の横穴の中、手探りで壁を伝いながら、かろうじて広げている魔法の光で足元を照らしながら横穴を進んでいく。何メル先まで続いているのか、どこが行き止まりでどこが曲がり角なのか分からない横穴を3人で進んでいく。


『ふむ。ここらで進路が逸れたな。仕方ない、進むしかないか』


 先頭で石の光を頼りに横穴を進んでいたオリジンだが、ここで、横穴が石の光と逸れてしまった。だが、道がない以上仕方がない。私たちは、逸れた横穴を進む。次第に水嵩が増え、いつのまにか膝あたりまで浸水している場所だった。臭いは先ほどよりキツくなり、それどころか死臭すら漂っている。


「テミス、これって……」

「やはり、と言うべきか……。ですが、ここにそのカケラがあるのは疑問が残りますね」

『潜む者は、奴らだけではないというわけじゃな』


 流れのない、下水のような鼻をつく臭いを放つ地下水道。今は、体全体に空気の膜を張ることで、下水が直接体に触れないようにしている。ただ、臭いばかりはどうしようもない。


 そんな下水道の途中には、腐り虫が集る肉片がいくつも浮かんでいた。だが、その肉片の大きさはそれだけで私たちの身長を超えている。見ただけではどの部位の肉片か分からないが、とても大きな肉片だった。


 そこから考えられる限り、この肉片は外の森でも眠っていた巨人族のものだと思われる。当初は、この村を破壊した者たちがあの巨人族だと思っていたが、どうやらそれだけではなく、この場所には先客がいる可能性が浮上した。


 というのも、地上の凄惨な破壊跡については、家屋の潰れ具合から見ても、実行したのは、それこそ巨人族のような体の大きなものたちだと考えられる。しかし、その破壊跡は相当古く、少なくともここ数年の話ではない、とオリジンは言う。


 だが、目の前に浮かぶ、虫の集る肉片は数年前からあるモノとは到底思えない。少なくともここ数ヶ月でここにこの大量の肉片が放り捨てられている。


 そのため、オリジンはこの場所、ないしはこれからいく場所に誰かが潜んでいる可能性を述べたのだ。


「とりあえず、先に進みましょう」

「うん」


 ヘドロのように重たい水を押し除けながら、ゆっくりと石の放つ光の方へ軌道修正しつつ進んでいく。すると、それまでは滞留していた下水の嵩が減り、徐々に流れが生まれている場所にたどり着いた。


 水の流れを辿り進んでいく。何度か曲がり角を曲がると、視線の先に新たな光が見えてきた。


『出口だ』

「うわぁ——」

「これは——」


 光に従い、出口へ辿り着くと、目の前には予想以上の光景が広がっていた。


 私たちが出口だと思って到達した先には、より広い大穴が地下に向けて広がっていた。大穴は、いつぞやの『ユーファサイア王国』にあるコロッセオに匹敵するる大きさで、その壁には、私たちが出てきた穴と同じくらいの大きさの穴がいくつも空いている。


「うっ……」


 そこからは同じように下水と思しき水が流れており、穴によって流れている水の量は異なっていた。ずっと見ていると本能的な気持ち悪さを覚える光景だ。


 意識を逸らすようにさらに下へ目を向けると、まるで深淵を体現した悪魔がいるかのように、何も見通せない真っ暗闇が広がっている。壁の穴から流れる水やその流れに乗ってきた物体が、どこまで続いているか分からない暗闇に吸い込まれていくさまは、なかなか体現しにくい感覚を覚える。


『光はあそこからだな』


 対して大穴の上を見ていたオリジンが小さな指を上空のある部分に向ける。そこには網目状に大穴を閉じる蓋のようなものがあり、網目の隙間から地上の光を供給しているようだ。ただ、その網目も大穴に合わせた大きさのため、おそらく人間程度なら、余裕で穴を通り抜けられるだろう。


『さて。肝心の目的地だが——」

「うわぁ……」

「これは……」


 思わず、先ほどと同じ感想が溢れる。だが、先ほどとは意味合いが違う。なぜなら、光は眼下の暗闇がある方向に向いているからだ。


(カイト。こちらは手がかりを見つけたぞ。そちらはどうだ?)

(マジか、こっちはまだだ!塔は見えてるんだが……、ちっ!一度さっきの場所へ戻って来れるか?!)

(戦闘中か、あいわかった。また後で知らせる)

(あぁ!)


『ふむ。とりあえずワレらは手がかりを見つけたのだ。一度戻ろう』

「えー!あそこまた通るの?!」

『仕方なかろうて。ワレらだけでこの暗闇に飛び込むか?』

「そ、それは……、いやだね……」

『だろう?地上に出れば、カイトに現状を知らせることもできる。ワレらだけ突出するわけにもいかん。戻るぞ』

「はーい……」


 私たちは、得た情報を共有するため、来た道を戻ることにした。

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