第302話 【闇の力】
ちょっとした説明回です。
『おそらく、テロルに対する行動としては、悲しいがそれが本来のものなのだ。だが、ワレらは違った、それはなぜか。理由はお主だ、カイト』
オリジンはそう言って語り出す。
『今までのことから察するに、お主らにとっては聞き取れん言葉も含まれるだろう。だが、その時は死ぬ気で耳を傾けろ。お主の内から湧き出る不明な感情を無視しろ。分かったな?』
「……あぁ」
先ほども感じた本能的な不快感。だが、この不快感は本来の俺自身から生まれた感情ではない、という。
『おそらくお主に、そしてお主らに宿っている異様な不快感の源は、【神】が原因だ』
「か、え……?神?……——神様ってこと?」
「なんか、思ってたより突飛な話ですね……」
『お前さんらにとってはそうだろうな。だが、カイト。お主なら分かるだろう?』
「——あぁ」
知らず、握る手に力が籠る。
「けど、オリジン。それは前、お前がなんか解除してくれたんじゃないのか?」
『一時的にな。今は以前までとは言わずとも、多少なりとも制限が戻っているだろう。それに今回のことは以前とまた少し違う』
「違う?」
『そうだ。前回は、神がお主に直接与えた【神の力】だった。だが、今回は、神から源は与えられたものの成長させたのはお主自身である力——“簒奪”だ』
「……」
予想していた内容だった。
これは以前ルーミョルドからも聞いていた。俺の中には俺から生まれた力とは別に、出所のわからない力が存在している、と言っていた。
そしてそれは先日の【怠惰】との一件から、神が発端であることが分かった。
全てが=でつながるかと言われれば推測の域は出ないが、オリジンも言う通り、大きく外れているわけでもあるまい。
『おそらく“簒奪”スキルは、お主の中の【別種の力】を育てるための贄のような役割を果たしているのだろう。あるいは栄養』
「ふむ」
『お主のそのスキルは、他のスキルと性質が違いすぎている。【怠惰】も話していたが、スキルを奪うスキルなど、過去一度も確認されたことはない。それにスキルは奪うくせに得る『魔』は半減するなど、矛盾しているしな』
「そういうもんか?この世界の過去は知らないが、取得していることを知らずに生きてきたやつもいるんじゃないか?
それに、スキルが特異なだけにデメリットとしては仕方ないと思うが……」
『本当に誰も知らぬような辺境に住む者などであればその可能性もあろう。
だが、基本的にこの大陸はあらかた人族、魔族のどちらかが手をつけている。その他の種族についても、“鑑定”スキルを持つ者は少なくない。それら全てを掻い潜って隠れ住んでいたのなら分からなくはないが、考慮する必要もないほど可能性は低いだろうな。
それに相手から奪うのであれば、スキルだけでなく全てを奪えばいい。なぜスキルのみを奪うようにしたのか。
まぁワレはお主を見てその判断に至ったが故、なぜそのようなスキルにしたのかは知らん』
「なんだよ。それで、俺を見て何が分かった?」
『お主の中にある【神の力】とは別の力、便宜上【闇の力】と呼称しようか。ワレは“鑑定”を使えんのでな。
この【闇の力】に、他者から奪った『魔』が注がれている。
そして、この【闇の力】は、注がれた『魔』を喰らって成長する。そして、成長するたびにお主と近縁にある者をもその対象とし、【闇の力】の種を植え付け肥大化しておる。
以前まで気にも留めなかったお主でさえ、違和感を感じられるほどにな』
「——……」
オリジンから話された内容を反芻する。言いたいことは分かるし、これまでの経緯や俺の違和感なども含め納得できる部分も多くある。
だが同時に、余計に頭が混乱した。それはこのスキルの異常性ではなく、今後どうすればいいか、という話だ。
オリジン曰く、先ほどもあったようにこの異変は俺だけでなく、サニアたちにまで波及しているとのこと。ならば、俺1人がなんとかすればいい話ではなくなっている。
それに——
「オリジン、お前の言いたいことは今までのことからも理解できる。それに、認めたくはないがサニアたちにもその影響が出てしまってるのもさっき見て分かった。それらはなんとかしたい。けど、これらの話にテロルはどう絡んで来るんだ?」
『うむ。簡単に言えば、お主の【闇の力】の波及には、テロルやワレも含まれている、ということだ。そしてその【闇の力】の波及が、テロルのスキルの影響すら塗りつぶしている』
「なら、アタシたちもその【闇の力】の影響を受けてるってこと?けれど、さっきオリジンちゃんの言葉を違和感なく聞けていたのは、その影響がまだ薄いからってことかしら?」
『その通りだ。そして、ワレにも影響はありつつ効果が薄いのは、【天力】の関係だろうな』
「だから、その【闇の力】とかいう厨二くせぇ代物も、神に関係してるって思ったわけか。なるほどな」
『そういうことだ。ちなみに、ここまでで聞こえない言葉はあったか?見る限り問題はなさそうだが』
「あぁ。しっかり聞こえてたよ」
『そうか。ならやはり、直接的な内容に意67$hdb!,^かけているのだろうな。あるいは、その力jxua72¥,のがna9$]!<限の役8’ndiwn_£——』
「ま、て、オリジン……、言葉、が、急、に——ぐっ……!」
『うむ、これはダメか』
「頭が、割れ、そうだ……!」
「息が、苦、し……」
「・・・っっ!」
「喉、が……」
『いかん、流石にこれはまずい……!——少し痛む、耐えろ』
「ぐっ……——」
痛む頭を押さえうずくまる俺の上で、何かをしようとするオリジン。微かに柔らかな光が俺の視界を掠め、俺の意識は途絶えた。
「オリジンちゃん……、無理しないで」
『うむ、お主に気を遣われるほどワレは衰えてはおらん。……案ずるな』
「でも、もう半日よ……。一度休むわけにはいかないの?」
『うぬぬ……、こやつらのこの症状は病気ではないからな。例えるなら毒か。それも猛毒で、取り除けぬ類の、な』
「そんな危険なものを抱えていたのね、カイトちゃん」
『まぁ、正しい使い方をすれば薬だ。それも使えば使うほど良い薬。けれど、その成分を知ろうとすればするほど毒となる』
「それが分かっているならどうして彼らにあんなことを伝えたの?」
『こやつの、カイトの目指す道標、そして敵だからだ』
「敵……」
サクヤがサニアとテミスを背負いながらか細くつぶやく。隣にはカイトとミユを背負ったエルドがしんみょうな面持ちで前を見据えている。
オリジンは頭の上にぐったりとしたテロルを乗せながら、2人の後ろでテロルと4人に柔らかな不思議な力を放ち続けていた。
現在階層は45層。彼らを抱えながらであるため進行速度は著しく遅い。ただ、すでに敵に時間を与えすぎていると分かった以上、あまり足を止めるのも得策ではない。
階層を進む以上魔物は襲い来るが、怖いほど30層台より魔物が弱い。それは2人の手が塞がった状態で放つ普段の半分ほどの威力の魔法で倒せるほど。それだけがまだ救いであった。
後は、このタイミングで『イル』ら敵の襲撃を受けないことを祈るだけだ。
「その、カイトさんの敵……、神、ですか。カイトさんは神と戦うって、ことですか?」
『分からん。だが、おそらくそうなるだろうな。カイトにあの毒を仕込んだのは確実に神だ。それによる恩恵は大きいものの、あやつ自身、思うところはある。戦闘になるのは避けられんだろうな』
「あの、もし、もし——」
「サクヤちゃん。いいの?その選択は、あなたの、あなたたちの今後の命運を左右するわよ」
「師匠……」
『……』
サクヤの言おうとした言葉は、おそらくこの場にいる誰もが理解できている。だが、『神』という存在を多少なりとも知っているオリジンやカイトと違い、サクヤやエルドは『神』という概念すら、カイトらに出会うまでは意識することもなかっただろう。
「——いえ、師匠。ぼくはすでに決めたんです。この命は、遠からず尽きるはずだった。けれどあの地獄から引っ張り出してくれたのはオリジンさんと、カイトさんなんです。あのままじゃぼくだけじゃなく爺やアナも失っていた。
それに今回だってこれは、ぼくの仇討ちだ。まだカイトさんと利害が一致しただけ。恩返しできていない。
だから、ぼくが思いつく恩返しは、カイトさんが必要とした時、カイトさんたちが強い敵に立ち向かった時、彼らの味方でいること。そして彼らの敵と命をかけて戦うことです。
——オリジンさん、改めて。もし、今後カイトさんや皆さんが神と戦う時、ぼくもあなたたちと共に戦いたい。いいですか?」
『ふっ……。お主は純粋だな。そしてとても清廉だ。エルド、師匠としてはいいのか?』
「もぅ……。まぁサクヤちゃんの力量だとまだまだだけど、心意気だけは昔から買ってるから。それに冒険者は自己責任。サクヤちゃんが決めたなら否やはないわ。それにアタシも参加したいし」
『お主もか、全く。だが、味方が多いに越したことはない。カイトも喜ぶだろうさ』
「では——」
「ええ——」
『うむ——』
3人の意思が一致した。それはカイトの知らぬところでカイトを含めた全員の絆が強まったことを意味する。
そして、覇気に満ちた3人は、悠然と前方を見据える。視界は見渡す限りの地平線。暑すぎず、寒すぎず、魔物も少なく障害物もダンジョン由来のものは何一つない。ただひたすら視界の開けた地平線。
その先には、朧げに揺らぐ四つの人影が見えた。
「オリジンさん。カイトさんたちはどう——」
「うっ……」
「タイミングバッチリ、起きたみたいね。カイトちゃん、意識はどう?」
「これは……、エルド、か。頭は、まだ少し、クラクラする。けど、——いるんだろう?」
「あら気づいてたの。いつから目を覚ましてたのかしら?」
「ついさっきだよ、本当に。ありがとう、エルド。降ろしてくれていい。オリジンも助かった」
『うむ。後でたっぷり報酬を所望しよう』
「テロルは?」
「—、——……」
『動くことはできそうだ。本調子に戻るまでは少しかかりそうだが』
「——行けるか?サクヤ」
「行けます!そのためにここまで来たんだっ……!」
「よし」
目の前に並んだ四つの影が徐々に大きくなっていく。次第に影の輪郭もはっきりと見えるようになってきた。
「3人は俺に任せろ。奴らは——お前らに任せた」
「はい!」
「えぇ」
『うむ』
「——!」
「久しぶりね、カイトくん。そして、——サクヤくん」
「——っ!!——イルレミリウス・アプトォォォ!!!!」
自身の顔の右半分を『ミロ』にしたイルレミリウス・アプトパーティが現れた。