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黒隻の簒奪者  作者: ちよろ/ChiYoRo
第9章
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第297話 雪夜の荒原

「意外と使っちゃったからお肉の仕込みとかもしないといけないね」

「そうだな。ダンジョン内ではまともな食料が取れなかったし」

「お兄さんたち!もしかして冒険者かい?そしたらうちの品を買っていっておくれよ!!お肉が所望なんだろ?さっき商人が香辛料を持ってきたところだから、他より品も揃ってるはずだよ!」


 そう言って俺たちに声をかけてきた商店のおばちゃん。言われるがまま中に入ってみると、確かに砂糖や胡椒などの高級品から、他の国では見なかった香辛料まで揃っている。


 海の国だからか、海塩は安く取り揃えてあるのもありがたかった。ただ、海塩は岩塩など陸地の塩に比べて味がまろやかなため、干し肉に使うには少々塩味が優しくなりすぎる可能性があるが、試してみるのも一興だろう。


 今、俺はミユとともに『海洋国家ガラパゴニア』へ帰還している。サクヤと話をした次の日、何食わぬ顔で船をダンジョン付近へ寄せてくれたユーギリウスの船に乗り、ダンジョンから帰ってきたように見せかけるため、街へ帰ってきたのだ。


 サニアとテミスは別行動。テミスは引き続きジグニとアナの治療。サニアは『ハキダメ』の調査とイルたちの足跡。最初はオリジンに頼もうと思ったのだが、すでに姿が奴らに割れていることから却下された(本人ならぬ本竜に)。


 そして、敏捷性と気配の隠蔽や察知では俺たちの中でもはや一番と言ってもいいサニアが選ばれた。本人は最後の最後まで嫌がっていたが。


「おおきに〜!」

「ちょっと買いすぎたか?」

「ううん。一度あそこに戻るんでしょ?サクヤさんたちのご飯もあるし、ちょうどいいんじゃない?」

「そうだな」


 最後に俺たちは、サニアたちが動いていることを怪しまれないように、きちんと帰ってきていることをアピールするため、備蓄を整えるためにもこうして街を歩いていた。


 まぁ、顔を合わせれば本人たちがいないので直接聞かれる可能性はあるが、そこはどうとでも誤魔化せるだろう。それよりも一度は奴らの視界に収まっておくほうが重要だと考えたのだ。


 ちなみにユーギリウスは、サクヤに合わせたい人物と予定を合わせるため、そちらに向かった。


「——っと。そういやここのダンジョンって『バケモノ』が出るらしいって受付のねぇちゃんに聞いたんスけど、どうなやつなんスか?」

「あん??まだそんなこと——あぁ、あの女か。あいつもいい加減諦めりゃいいのに」

「??」

「いや、気にすんな。『バケモノ』なんざいねぇよ。確かに、一ヶ月前には当たらずとも遠からず、って魔物はいたんだが、この国(うち)の頼れるリーダーたちが倒してくれてるからよ。気にせず冒険してこい!」

「そうなんスね!じゃあ、腕試しに行ってくるかー!」

「おう!だが、気は抜くなよ。『バケモノ』がいなくともあそこはAランクだ。お前ならそうそう野垂れることはないだろうが、冒険者に絶対はねぇからよ」

「へい!でも、憧れのガラパゴニアに来れたんだ!!どうしたって気は逸っちまいますね!」

「まぁな!よし、そしたらお前らが39層までたどり着いたら俺が一月!飯奢ってやるよ!!」

「まじスか!!俄然やる気出てきたっス!!行くぞお前らぁ!」

「オォー!」


 俺たちの後ろではしゃぐ冒険者パーティと彼らの先輩のような振る舞いをしている男が気になる会話をしていた。


 話から推測するに、もはやこの国のダンジョンにはサクヤが警告した『バケモノ』はおらず、イルたちが倒し、今は以前より比較的安全。というのが冒険者たちの共通認識なのだろう。


 これはユーギリウスやサクヤから聞いていた話と合致する。


 そして先輩らしき冒険者の口から出た『あの女』。


 俺たちがこの国でギルドを訪れた際は、『バケモノ』が出るなどと注意を聞くことはなかった。だが、最近この国にやってきたと思われる冒険者パーティは、サクヤと同じく『バケモノ』の存在を聞かされている。


 また、ユーギリウスからサクヤへ会わせたい人物はギルドにいることを聞いている。

 であれば、サクヤへ会わせたい人物はギルドの受付嬢ということなのだろう。


「悪い人じゃなさそうだけど……」

「まぁ、奴はカリスマに似たものを持っているらしいからな。ユーギリウスも変に感じたのは彼女だけらしいし、他の冒険者は純粋に彼女を慕っているんだろうさ」

「なるほど」

「武器も見たい。鍛冶屋に行こう」

「はーい」


 俺たちは、意気揚々とダンジョンへ向かう新参の冒険者パーティを傍目に、東に向かって伸びる商店通りを進んだ。







 ーーーーーーーーーー







「マスター」

「ねぇ、僕そう呼ばれるの嫌だって言ったよね?まぁいいや。で、何?僕今忙しいんだけど」

「最下層へ近づいている者がいます。痕跡を見るに、50層は超えているかと」

「へぇ〜。30層(あそこ)越えたんだ。結構ややこしくしたつもりだったんだけど、足りなかったかな?まぁいいや。で、だから何?僕『アレ』持ってきてとしか言ってないんだけど」

「すみません、任務(それ)は未だ。ただ、必ず期日までには。最下層へ近づいている者は、最近この国へやってきた者ですが、想像以上に強力でした。マスターの研究材料として有用かと」

「へぇ〜。別に材料に困ってるわけじゃないけど、あればあるだけいっか。で、そいつらは何者?」

「『カイト』と名乗る者を含めた4人の冒険者パーティです。力は未知数ですが、男1人、女3人です。取り入る余地はあるかと」

「——『カイト』……?どこかで……」

「マスター?」

「いや、なんでもない。とりあえず今僕が欲しいのは『アレ』だよ。いつでもいいとは言ったけど、あれからもう一ヶ月だ。いい加減、時間かかりすぎじゃないかい?」

「申し訳ございません。ですが、もうじき手に入るかと」

「憶測はいらないよ。手に入れてから言ってくれる?ただでさえ、僕はこの姿でここにいるのが嫌なんだ。あと一週間、延期はしないからね」

「イッシュウ、カン……?」

「あぁ、めんどくさいな。こっちだと七陽って言うんだっけ?七陽後の夜、月が消える時だ。そこがタイムリミットだからね」

「は。必ず。マスターにお喜びいただけるよう、手土産も持参いたしましょう」

「はいはい、期待せずに待ってるよ〜」


 それだけ言ってマスターと呼ばれた男はこちらを一度も振り向くことなく、目の前の実験体をいじくり回す。


 私は彼の背中に向けて、改めて一礼し部屋を後にした。部屋を出るとそこは吹雪吹き荒ぶ雪原が広がっている。しかし、顔を上げれば、空には紅く大地を照らす2つの月が浮かんでいる。


 一ヶ月前には、2つの月は大きく離れていたが、今は半分以上重なっている。マスター曰く、タイムリミットはあの2つの月が完全に重なったときらしい。


 その時にマスターが所望しているブツが必要となるらしい。


「はぁ、あまり時間がないわね。もう少し強行手段を取るしかないかしら。でも、場所が分からないのよねぇ」


 肌を指すような寒さをモノともせず、肩と足を出した服装のまま、寒さに震えることもなく、イルの姿は雪夜に消えていく。その後ろに、不自然なほど無言で付き従う2人の部下を引き連れながら。

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