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黒隻の簒奪者  作者: ちよろ/ChiYoRo
第9章
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第294話 『ハキダメ』

「兄ちゃん達は陸地には出られたみたいでよかった。まぁ、そう遠くなるわけじゃないが、あのダンジョンは帰ってくる場所がランダムだからな」

「ありがとう。来てくれたのが知ってる人でよかったよ」


 俺はユーギリウスの船に乗り、ガラパゴニアへと戻る最中だった。


 俺たちが浮上してきた場所は、水中ではあるが足がつく高さで、すぐ近くに帰還者を乗せる船着場まであった。そしてちょっどそこにユーギリウスがいた、というわけだ。


「全く。兄ちゃん達がダンジョンに向かってから七陽(一週間)廻っても帰ってこないから心配したんだぞ?あそこは食いつなぐ飯もそうそうないだろうに」

「あはは、楽しくて……」


 ユーギリウス曰く、先に戻っていたイル達から話を聞いて生きているだろうことは分かっていたが、それでもあのダンジョンに潜って一週間以上帰ってこないのは初めてだったらしい。


「そうだ。ユーギリウスさんに聞きたいことがあったんだ。聞いてもいいか?」

「おう、どうした?わしに答えられることならなんでも聞いてくれ」

「俺たちがダンジョンに行く前に言っていた化け物ってのは、具体的にどんなやつなんだ?イルにも言われたが、見つからなくてな」

「な、探したのか?!ばかなのか……?全く。まぁこうして無事だからいいか。確かに、『化け物』の詳細について話さず、警戒させただけってのは悪かったな。余計な力を使わせちまった、申し訳ない」

「いや、それはいいさ。詳しく教えてくれようとしても、俺が断っただろうし」

「挑戦者気質ってやつか。分かった、わしが知っていることは全て話そう。だが、すまないな。わしも『化け物』については詳しく知らないんだ。そして、これを話すには一ヶ月前の出来事から話さなくちゃいけない。それでもいいか?」

「あぁ、教えてくれ」


 思ったよりも根が深い話になりそうだ。俺たちは船がガラパゴニアに着くまでの間、ユーギリウスから一ヶ月前にこの国で起きた事件についての全てを聞いた。






 ーーーーーーーーーーーー






「ふんふんふ〜ん」


 鼻歌を歌いながら陽気に歩む彼女は、行き交う人々に笑顔を振りまきながら、とある裏路地へと入っていく。その路地裏を奥へ奥へと進むほど人通りは少なくなっていった。


 そして、路地裏を進むたび行き交う人々が彼女へと向ける感情は、親愛、羨望、憧憬から、畏怖、恐怖、憎悪へと様変わりしていく。しかし、彼女はそんな変化を気に留めることなく、あるいは気づくことなく、我が道のように路地裏を突き進んでいく。


『うっ……、なんだこの臭い。ここは本当にあのガラパゴニアなのか……?』


 目の前に広がるのは、先ほどまでとはどこまでも別世界。霧深くかろうじて目に映るものは瓦礫と廃屋の山。人の気配はするが、外とは比べ物にならないほど殺気が満ち満ちた場所だ。


 そして迫り来るのは、先ほどまでつゆほども感じなかった、本能から怖気が来る激臭。


 例えて言うならば食物が腐敗した臭い、生ゴミと人間の加齢臭、排水を集めて煮込んで、さらに熟成させたものを空気中に希釈させているような臭いだ。


「ふんふふ〜ん』

『あの女、本当に何者だ……?』


 思わず本能的に立ち去りたくなるが、そんな激臭になんら表情を変えることなく、彼女はまっすぐ道を進んでいく。


「なんだ、このアマ……。おい!お前何もんだ!!『ハキダメ』にそんな綺麗な格好で来ちまって……。殺されたくなけりゃ、見ぐるみ全て置いて行きな!!」

「へへっ、こいつ割と上玉だぜ!ここにはあんまり女いねぇから溜まってんだわ!!」

「ちゃんと俺らにも回せよー!」

『まぁ、想像通りだな。さて、どうする?』


 眼下では、カイトの記憶で読んだマンガのようなチンピラ共に囲まれる展開が広がっていた。俗に言う『テンプレ』というやつだ。


 ワレが見るに、相手に何人いようと彼女が負ける要素は何一つないだろう。そもそも人間かどうかも怪しいやつだ。ただ、側から見ればただの少女。ここらで彼女の正体の一部が分かればよし。


「あーあ。アイツら新入りか。よりにもよってあの人に絡むとは……」

「ま、来た時からやかましい奴らだったからな。これでまた昔の静かな『ハキダメ』に近づくといいが」

「だな」

『?』


 すると遠目でチンピラ共の荒々しいナンパを見ていた二人組が何やら小声で会話しているのが聞こえた。どうやらこの場所の一部の者にとって彼女は有名人のようだ。ということは、彼女はここに来たことがあるらしい。少なくともそれなりに顔が知れ渡る程度には。


『ますます何者だ……?』


 いっそう怪しさが増す。これならあのダンジョンにあった肉塊の山も奴らの仕業である可能性に信憑性が増す。


「おい!無視してんじゃ——ギャァァ!!」

「さっきからうるさいな〜、邪魔。今お腹空いてんの、あんたらでお腹膨らませたくないからとっととどっか行ってくんない?」

『!』


 次の瞬間、チンピラ共のうちの一人が叫び声をあげる。見ると、チンピラAの左足が切り落とされ、地面に這いつくばっていた。そして目の前に立つ彼女は、いつのまにか右肩に乗せるようにして彼女の身長と同じくらいの大剣を携えていた。


「なっ!テメェ!!何しやがった!!」

「こいつ、どこから剣なんか……」

「キモい。死ね」


 そこからは一瞬だった。5人ほどいたチンピラ共は彼女の振るう不思議な大剣で瞬く間に細切れへと変わっていく。


 チンピラ共は二人目がやられた後、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い始めたが、彼女はその場を動くことなく大剣を振るった。すると、大剣は彼女の意を汲んだように刃が細かく分裂して伸び、逃げたチンピラの体を刻んだのだ。


 カイトの記憶でも同じような武器を見たことがある。確か『ジャバラ』というのだったか。彼女はまるで自分の体のように容易くジャバラの剣を操り、逃げること叶わずチンピラは一掃されてしまった。


『なかなか強いな』


 チンピラ共を一掃すると、彼女はまた鼻歌を歌いながら先へと進んでいく。チンピラ共に続いて彼女に絡もうとしていた連中は、彼女の危険性に恐れをなし、廃屋の影から姿を現すことはなかった。




「ここだね〜。サ〜ク〜ヤ〜く〜ん、あっそびっに来ったよ〜!!」


 それからしばらく進むと、彼女はとある廃屋の前に立ち、廃屋に向かって大声で叫び始めた。どうやらこの建物の中に『サクヤ』とやらがいるらしい。


 すると、その呼びかけに応えるように廃屋の中で強大な気配が膨れ上がる。この『ハキダメ』と呼ばれる場所にいるものは、ここまでほとんどのものがそれなりに力を有しているものであったが、廃屋の中の気配はそれら有象無象とは一線を画する強さだ。


「そんなに怒らないでよ〜。今日はいつもと違うんだって〜」

「信用できるか。お前たちとは交渉しないと伝えたはずだ。殺されたくなければ帰れ」

「ふっふっふ〜。言ったでしょ、今日は違うって。今日は君たちを解放しに来てあげたんだよ!」

「解放、だと?」


 廃屋から声だけが届いてくる。姿は不明だが、声だけ聞くとそれなりに若い男だ。けれど、怒りと憎悪に満ちた声色は、辺りに重い空気を広げるほど覇気に満ちていた。


 そして、彼女、サリャナンシーの言葉により強い警戒心を纏って問いただす。


「そう!もう君たちに関わるのはこれで最後!それに今日はサリーしか来てないし!だから顔見せて〜」

「何度も言わせるな、お前たちは信用できない。それに、今日はお前が一人で来ていることくらい分かってる。今日で最後というならそのまま帰れ、そして二度とぼくたちの前に姿を見せるな」

「嫌われたな〜。じゃあ、仕方ない。今ここで()()()()してあげる!!」


 戦い(それ)はいきなり始まった。サリャナンシーが肩に乗せていた大剣で廃屋を一刀両断する。当然、崩れる寸前の廃屋など容易くその一撃で崩れ去った。そして、瓦礫や廃材の中から槍を口に咥え、2人の怪我人を背負った男が飛び出してきた。


「ちっ」

「団長!降ろして!うちは戦える!アイツなんでしょ?!ミロとダイナをやった奴は!!」


 どうやら男の背負う怪我人のうち、女の方は意識があるようだ。しかし、どうやら左足を太ももから失っているようだ。もう一人は老人のようだが、こちらは目を閉じたまま。背中には血の滲んだ包帯が巻かれており、相当な重症であることは想像に難くない。


「逃〜がさ〜ない〜!!」

「っ!」

「くっ!団長!!」


 しかし、リーチなどまるで意味をなさないジャバラの剣を操るサリャナンシーは、逃げるサクヤたちを巻き取るように剣を伸ばして攻撃を仕掛ける。


 対して、怪我人を背負い、自らの武器も口に咥えるサクヤは対抗することも出来ず、逃げ道を断たれた。


「団長!!下ろして!!」

「ふんふふん。いや〜ずっと楽しみにしてたんだよね〜。そこのジジイは筋張って不味そうだけど、君たち二人はいい感じに肉があって美味しそう!どうやって食べようかな〜、シンプルに焼くのも良さそうだけど、女は煮るのも良さそうだよね〜!どう思う?サクヤくん!」

「やだよ!このまま何も出来ないのなんていやだ!!はぁ、はぁ、もう団長の足手纏いになりたくないんだ!下ろして!」


 サクヤの肩でもがく女。しかし、サクヤは彼女を離す様子はない。当然だ。片足はなく、全身も傷だらけ、もがくだけで息も上がっているような女がここで何かをできるはずもない。時間稼ぎにすらならないだろう。


(おい、オリジン!今どこにいる?割といい情報を聞けたぞ。詳しく話したいから戻ってこい)


 その時、カイトから念話が届いた。どうやら彼らも彼らで情報を獲得できたらしい。


(カイトか。こちらもちょうど尾行していたところだ。そちらにはまだ行けぬ。手短でいいから教えろ、どんな情報を手に入れた?)

(分かった。そしたらとりあえず『サクヤ』って男を探せ。そいつが何か知ってるかもしれない。どうやら『ハキダメ』っていう場所に今いるらしいんだ。行けるか?)

(なに?)


 カイトから聞いた男の名。それはまさに今ワレの目の前で殺されようとしている者ではないのか?偶然の一致である可能性はあるが、『ハキダメ』にいる『サクヤ』が『怪しい者』に殺されかけている時点で無関係であるとは到底思えない。


(何という偶然。今ワレの目の前にいる男がサクヤと呼ばれている。イルの仲間、サリャナンシーという女に殺されかかっているがな)

(サリャナンシー、だと?!なんでそいつが……、いや、今はそれどころじゃない。とにかくそいつを守れ!あの肉塊の山につながる情報を持ってるかもしれないんだ!)

(分かった。ならば、ワレの推測もあながち外れてはいなさそうだ。だが、ワレが手を出せば、敵は必ず警戒心を強くするぞ?)

(構わねぇ!何も分からんよりはずっといい!それにお前がバレても俺の中にいりゃあ疑われることもないだろ!)

(それもそうだな。では、サクヤたちを連れてお主の元へ戻ろう。今しばらく待て)

(サクヤ、たち?どういう——)


 ワレはカイトとの念話を切って、サリャナンシーの背後に回る。サリャナンシーは獲物を狩る獅子のように舌なめずりをしながら、ゆっくりと彼らへ近づく。


「ううっ!団長!ごめん、こんなうちでごめん!!くっそぉぉ!!」

「あっははは!!大丈夫だよ〜。ちゃぁぁんと、美味しく食べるから!」


 サリャナンシーが大剣を大きく振りかぶる。背負われた女が目を瞑り、サクヤがサリャナンシーをこれでもかと睨みつける。


鏑矢かぶらや

「なっ?!」

「っ?!」

「耳がっ?!」


 キィィィンッという高音を辺りに響かせながら、大剣を振りかぶるサリャナンシーの腕がちぎれ飛んだ。そのため、サクヤたちを両断するはずの一撃はすっぽ抜け、サクヤたちを飛び越えて瓦礫の中へ飛び込んでいく。


「誰だ!?」


 サリャナンシーが突然の出来事に惑いながらもワレのいる方向へ向かって誰何する。当然、自ら姿を現すつもりは毛頭ない。


(なんだ?今のは……)


 けれど、そんなことよりも気になったことがあった。ワレの放った攻撃は確かにサリャナンシーの腕を吹き飛ばした。だが、彼女の体から血飛沫が飛ぶ様子は一向にない。


 元々、彼女たちは人間ではない可能性が高い、と踏んでいたから血が出ないことについては特に深い疑問はないが、一番の疑問は、腕が吹き飛んだにも関わらず、手応えが全くないこと、だった。


(もう一度試してみるか)


 ワレは先ほどとは居場所を変えて、今度はサリャナンシーの頭に狙いを定め、“鏑矢かぶらや”を放つ。


 放った際に高音が響き渡るが、これは実際の矢ではないため、音速で相手へと放たれる。そのため、音が聞こえてから回避はできない。


「ガッ?!……さっきから、鬱陶しいな!どこにいる?!」

『やはり、か』


 これで確信した。奴にはやはり攻撃は当たっていない。


『おい、お主。サクヤという者だな?ワレと来い。ワレは『イル』と名乗る者と敵対する者だ』

「っ?!」

「へっ?!変な生き物が喋ってる?!?!」

『時間はない。ワレはお主に話があってこうして顔を見せている。全ての事情は知らんが、敵は同じくする者と踏んでいる。ワレと来い、のち、詳しく話してやる』

「……」


 逡巡は一瞬。サクヤはワレの言葉にうなづくとワレの後ろについてきた。


「ちっ!どうせ行く場所は表の——なっ!?」

『乗れ!』

「っ?!」


 竜体化したワレの背中に驚きながらも乗り込むサクヤたち。それを確認してワレはそのまま霧立ち込める空へと飛び立った。背中からは悔しがるサリャナンシーが、口汚く吠えている声だけが響いていた。

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