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黒隻の簒奪者  作者: ちよろ/ChiYoRo
第9章
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第270話 国家転覆

「だいぶ急造の通路のようだ。足元気をつけろよ」

「ええ、ありがとうございます。それにしても暗いですね……」


 階段の下に続く通路はひたすらまっすぐ伸びていた。中は薄暗く、申し訳程度の蝋燭が架けられているくらい。石を削り出したような造りのため、足元もでこぼこしており、“夜目”スキルがない者は、いつ転んでもおかしくないほどだ。


 ただ、この通路が押しつぶされないように通路の枠を木で押さえている。また、造りは荒いが、人が通ることを想定されているためか、魔法で地上の空気を供給したり、粉塵を吸い込まないようにも調整されていた。


「そういえば、さっきロベリアはシィクについてで『あの噂』と言っていたが、聞いてもいいか?もしかしたら俺の仲間がその『噂』とやらに巻き込まれている可能性もあるからな」

「……そうですね。ここまで来てしまえば隠すことはできないでしょう。シィクの周りに囁かれる『噂』。それは——」



 ——『国家転覆』



 そう言って、ロベリアはシィクの『噂』について語り始めた。


 まず、シィクはヴェルサイユ家の次男である。このヴェルサイユ家は永く、この国『ユーファサイア王国』の王族に仕えた貴族家だった。そのため、王国の政治に深く関わりを持つ。


 それらのコネを使ってシィクは、この国で一番の出世街道と言われる『王国騎士部隊』に配属された。なぜなら、この『王国騎士部隊』とは、有事においては、王族の発する勅令と同等の権限を持つことを許されているからだ。


 その『権限』自体を持ち、『発令』できるのは隊長のみとなるが、王族以外の者が一時的にとはいえ王族に並ぶのだ。


 王族とは『血筋』。


 生まれながらにして手の届かぬ存在。


 そんな存在に一時的になれるのだ。野望を持つ者ならば、誰もが憧れる役職であろう。


 そして、シィクはその王族に並ぶ部隊の隊長代理である。ただ、『隊長代理』とは言うが、実際は特別な権限などは持たない。普段は隊長の元で働く一兵卒だ。



『王国騎士部隊』とは王族を守護する役目であるが故に、所属人数も多くない。王族を守護しているのに大所帯で動こうものなら、瞬く間に盗賊たちのエサになるからだ。


 そのため、『隊長』以外には序列は無く、かろうじて、戦闘が得意な者と治療が得意な者とで分かれるくらい。いつの間にか国民たちの間では『戦闘部隊ウォリアーズ』、『治癒部隊ヒーラーズ』と名付けられ、戦闘部隊ウォリアーズの隊長はロベリア、治癒部隊ヒーラーズの隊長はシィクとされた。


 そんな国民から支持された『王国騎士部隊』の中でも、シィクはその能力と容姿も相まって、アイドル的な存在となり、逆説的に王より『王国騎士部隊隊長代理』の任を預かるようになった。


 そういう経緯もあるため、相当な有事でない限り、『隊長代理』の権限は発動されない。


「まぁ我が国には他にも『緊急特殊指揮権』という当代の王に選ばれた数名の女性のみ、人生で一度だけ発動できる、王が下す勅令と同じ権限を有する指揮権があるのですが、コレを使う女性は間違いなくいないでしょう」


 それはおいといて、とロベリアが続きを話す。話の腰を折るまいと口を挟まなかったが、先ほど、その強権を発動した者がいたな、と頭の片隅で思い出した。


 そんな良く言えば特別な、悪く言えば扱いづらい権限を有したシィクだったが、過去にも彼にしか付与されなかったその権限に快く思っていなかった。


「いえ、今考えれば、快く思っていなかったのではなく、もっと強大な権限を求めていたのでしょう」


 シィクはそれからも普段の行動が変わることはなかったが、数年ほど経過したある日から夜に駐屯宿舎から姿を消すことが度々あった。そしてその頃から『神隠し事件』の契機とも言えるような事故が起こっていた。


 最初は、誰も気にしないどころか、見向きもしないような、家の中に必ず一匹はいるであろう『サイダネス』という小さな魔物が街から姿を消した。


 その次に、外に出て遊びたがる子供が好きな『ゲートル』という、聞くに昆虫のような魔物が姿を消した。


 それからも数ヶ月の間隔を空けて、ある一種類の魔物が街からその姿を消していた。そしてつい先日、ついに人間が姿を消した。


 流石に人死が出ることに危機感を抱いたのか、王から調査を言い渡されたロベリアは、街の怪しいところを調査し始めた。その結果、『噂』程度てしかないが、シィクが『国家転覆』を企んでいる、という情報に行き当たったらしい。


「実は、この国の王宮には、王族さえ立ち入ることができない場所があるのです。そこは『開けずの間』と呼ばれ、代々罷り間違ってもその扉を開くな、と親より伝えられるのだとか。特にその扉には特別な封印がかかっているわけでも、厳重な鍵が閉まっているわけでもないそうなんです。ただ、少し重たいだけで、普通の人でも力を入れれば開けられるくらいなんです」

『お主、そこがワレらの目的地だ』

(そうだろうな、とは思ったよ)


 数日ぶりにオリジンが口を開いた。


「もしかしてロベリアは中に入ったのか?」

「えぇ、少し。ただ、中はいやに複雑で。わたくしが見たのは数個の部屋だけです。けれど、その部屋の中には数種類の魔物が封じられていました。中には人間と魔物のキメラのようなものも……。吐き気を催しながら、なんとか他にも調べようとはしたんですが、侵入がバレてしまいまして、逃げざるを得なかったんです……」

「なるほどな。だから姿を隠すようなローブを羽織ってたわけだ」

「はい……」


 そこで俺は一つ思い当たることを質問してみた。


「ロベリア、侵入がバレたと言ったな。追手はなかったのか?」

「いえ、当然ありましたよ。だから、姿を隠してたんですし」

「そいつは体の一部を炎で覆っていたか?」

「……っ!あなたもあの『開けずの間』に入っていたんですか?!」

「いや。だが、そいつが関係していそうな事には絡んでいる。俺も追手を向けられたからな。俺が倒したのはデカい猿みたいなやつと巨大な鳥みたいなやつだ」

「そうですか。では、わたくしが追われていた魔物とは異なりますね。わたくしが追われていたのは、四本の足首に炎纏う獅子のような魔物でした。大きさは人二人分、というところでしょうか」

「だとすると、相当向こうは戦力を持っているな。幸い、一体一体が弱いからなんとかなりそうだが」

「そういえばサラッと流しましたけど、倒したって言いましたよね?!倒せるんですか?!」

「うん?普通に倒したぞ?」

「そ、そうですか……。わたくしもまだまだ力不足、という事ですね。あいつら永遠に復活してくるのでキリが無くて……」

「なに?復活するだと?」


 シィクの『国家転覆』計画の話から随分と逸れてしまっているため、軌道修正しようとしたところで、気になる情報をぶちこまれてしまった。


「え?そうですよ?あいつら、炎を利用しているのか、与えた傷も瞬く間に治してしまうんです。なんなら首を刎ねても、落とした首をくっつければまた動き出す、とかいう馬鹿げた再生力を持ってますよ。その様子だと、もしかしたら二体とも倒せてませんね?」


 なぜか妙に嬉しそうにニヤニヤするロベリアを蹴り飛ばし、数十分前のことを思い出す。確かにあのゴリラも怪鳥も再生するところを見ていない。ただ、ゴリラはまだしも怪鳥は目の前で体が崩れたのを見ている。あれでもまだ再生するならば脅威だが、そこまでとは思えなかった。


「シィクの話から逸れているから、これを最後の質問にするが、全身が赤い液体に変わってもまだ再生すると思うか?」

「……どうでしょう。確証がないので断言はできませんが、無限の再生力を有することは不可能だと思われます。なので、原型を留めなくなったのであれば、倒した、と判断していいと思います」

「・・・主さま、『芽』は炎の鳥に向かって、真っ二つになったら流石に無理そう、って言ってたわ。それに、『芽』はこの先にいる。近いわ」

「ありがとう、サニア。充分だ」


 サニアの報告を聞いた俺は、もうシィクの『国家転覆』のことなど、どうでもよくなっていた。それよりも連絡の取れないテミスやミユの方が心配だった。


「え、『芽』ってなんですか?それにシィクのことをまだ全て話してないですよ?!」

「口閉じてろ。話聞く限り、シィクの『国家転覆』とやらもロベリアの持つ『権限』が欲しくて、色々やってたってとこだろ?」

「あーっ!わたくしが言おうとしたこと言いましたね?!ずるいずるい!」

「なんだよ、ずるいって。いいから行くぞ」


 それからひたすらまっすぐに進んできた石造りの通路に突き当たりが近づいてきた。そしてそこには、魔法に依らない、空気の流れがあった。


「……っ!ここまで来ればわたくしにも分かります。この先に、シィクが……!」


 ロベリアと同じタイミングで俺もテミスの匂いを感知していた。これまでは通路の通気性を保つためか、循環して外の風と入れ替えるような風の流れがあったせいで分かりづらかったが、ここまで来たならもう分かる。


「突き当たり、だが、それだけなわけがない。風の流れは……、こっちだな」

「わっ?!」


 俺は突き当たりの壁の右角、地面から10センチほどの高さの位置から自然の風が入ってきているのを確認した。そこに手を当てると、右手側の壁が段差状に奥へと収納されていき、人が通れるほどの隙間が現れた。


「よし。進むぞ、サニア、ロベリア」

「・・・こくっ」

「はいっ……!」


 俺たちは、壁に現れた新たな道を辿っていった。

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