第254話 それぞれの修行
「ワォォォ!!」
「テミス!ミユ!左右に三体ずつ!!サニア!そのまま突っ込め!」
「・・・「了解!」」です!」
全長3メートルほどもある狼型の魔物の集団とそれを取り纏める、一際大きな狼がこちらを威嚇するように睨め付ける。
そして命令を下すように一つ、咆哮をするとボスの周りに侍っていた数匹の狼が左右に分かれて襲いかかってきた。
俺たちも同じく左右に分かれて狼と邂逅した。サニアは俺の指示通り、左右より分厚い狼の壁に向かって突進した。そのまま接敵する瞬間、先行の狼四匹が、突如発生した氷の床に足を滑らせて転倒する。
そしてそのまま一匹はサニアに頭を踏み潰され、ほか二匹は体からつららを生やして絶命し、最後の一体は体を水に覆われてそのまま押しつぶされた。
「ウワゥ……グルルルルゥゥ」
「止まるな、サニア!テミス、ミユ!!露払いを頼む!!」
瞬く間にサニアのみならず、テミスとミユも襲いかかってきた狼数体を蹴散らした勢いで、手薄となったボスへ接近する。ボスもいよいよ自分が戦うことを視野に入れたようで戦闘体制に入った。
名前:ライゼンドルネウルフ
種族:電狼族
Lv:213
スキル:雷嵐魔法Lv.8 閃爪Lv.8 顎壊Lv.8 雷嵐耐性Lv.8 咆哮Lv.8 統率Lv.10 咒纏Lv.10
「ワォォォォォォォォオオオ!!!」
「来るぞ!!」
ボス狼が、側近だと思われる狼たちを押し退けて前へと出てくる。そして咆哮すると共にボス狼の体がバチバチと静電気のようなものを纏い始めた。
「サニア!!」
「・・・こくっ!」
まずは牽制と、ミユが長弓から一息で引き絞った矢をサニアの後ろから数本放つ。サニアはあらかじめ分かっていたかのように矢が来る場所に氷の膜を張っていた。そして、その膜を通った矢は絶対零度の冷気を纏い、ボス狼へと襲い掛かる。
「グルルァァ!!」
「逃がしません!!エス!」
「はいよ、姐さん!」
ボス狼は、飛来する矢を躱すため、横に飛ぼうとするが、テミスと聖霊エスルミラが風の網でその進行を食い止めた。
「テミスさん!あいつ食い破ろうとしてる!」
「できるものなら!」
「やってみなぁ!」
「グルァァァ!!!」
黄土色に輝く魔力の風がボス狼を雁字搦めにする。対して、ボス狼はその風の網を巨大な爪と牙で引き裂こうともがく。けれど、しなやかな風で編まれた網は、いくらボス狼が爪と牙を突き立てようと傷すら入ることはなく、その体で絶対零度の矢を受けた。
「テミラ!」
「はーい!」
「グラァァ?!」
そしてボス狼が風の網と氷の矢に四苦八苦している間に、今度はミユがさらなる攻撃を仕掛ける。ミユと聖霊テミラは空へと矢を放つ。その矢は放物線を描いて四本の足と尻尾を地面に縫い付けた。
さらにミユが放ち地面に縫い止めた矢に、テミラが追い討ちで矢が抜けないように鉄の杭を差し込んだ。
「・・・最後はわたしたち」
「……なのですっ」
「グルルルルッ!」
動きを止められてもなお目が死なないボス狼に向かってサニアと聖霊ミノアが仕掛ける。最初はミノアが自らの魔力でボス狼を包み込んだ。すると、ボス狼の周りが徐々に霜に覆われていく。
「・・・氷の中で生き絶えろ」
「グラァァ!!」
サニアの死の宣告を理解したのか、それまでなんとか爪と牙で応戦しようとしていたボス狼が、先ほどまでとは明らかに異なる青い雷光を全身に纏う。
そして、雷光纏うその全身で風の網、矢を振り解いた、その瞬間、その全身を四方八方から襲い来る氷の槍が差し貫いた。
「グゥォォォ!?!?」
霜のベールから突き出す槍は留まるところを知らず、矢も風の網も引きちぎった狼は、瞬く間にその体から幾本もの槍を生やし、剣山のようになって地面へと倒れ伏した。
「ふぅ、やっぱり意外と疲れるね。コレ」
「そうですね、使用してはいけない、と意識すればするほど攻撃が単調になってしまう気がします」
「・・・……」
「お疲れさま、みんな。だけど、だいぶこの縛りにも慣れてきたな。ま、サニアは減点1、昼ご飯お肉減量だけどな」
「・・・?!」
「あー足使ってたもんね……」
そう、俺たちは今、自分たちの戦術とメイン以外の戦い方の熟練度を上げるため、攻撃手段を絞って戦っていた。あとは契約聖霊との親和性を少しでも今のうちにあげておこうという目的もある。まぁこちらは元々仲がいいためあまり不安視はしていないが。
縛り内容は、テミスは『颶眼を使わず、エスルミラと共に組んだ雷嵐魔法のみ』、ミユは『テミラから与えられる矢だけを使った長弓のみ』、サニアは『ミノアの創ったフィールドを利用した極氷魔法のみ』というもの。
その中で、サニアは先ほど狼の頭を自分の足で踏み潰した。その縛りから外れたため減点となったのだ。
「・・・うぅ、おにく」
「分けてあげたいけど、カイトくんに怒られるしねー……」
「というより、縛りはもちろんだが、戦闘中に俺の方を見るな。今回は、だいぶ弱いやつを狙って練習しているが、それでも油断は禁物だ」
「・・・うん」
「ま、よく頑張ったよ。ここらでそろそろ昼にしようか」
「わーい!お腹すいたぁ!」
「準備しますね」
「・・・手伝う。ミノア」
「……はいなのです」
俺たちはそのまま昼の支度をする。先ほど倒した狼たちは、オリジンとテロルが処理をしてくれる。どうやらオリジンが指示を出してテロルが解体してくれているようだ。どこで覚えたんだ……。
そうして昼食の支度が出来るのとほぼ同時に狼たちの解体が終了した。部下の分は量が多いため、いったん“無限倉庫”にしまい、今回はボス狼の肉をいただく。
狼は筋繊維がしっかりしているため、筋張っていて固く食べづらい印象があるが、しっかりと処理すればそれなりに上手くなる。それにこの狼は電気を纏うことで筋肉の固まりが解されていたのか、そこまで固い肉質ではないようだ。
「美味しいけど、うちにはちょっと固いかも……」
「・・・はぐはぐはぐはぐ」
「サニアさんは大好物みたいですね」
まぁ好き嫌いはあるだろう。けれど、脂が少なく赤身が多いのでいいタンパク質になるのも事実だ。俺たちはそれぞれ昼を楽しんだ。
『そろそろ人族領だ。このまま進めば、数時間後にはこの森を抜けられるだろう』
「やっとだぁ!」
森に入ってから10日。各々で修行をこなしながら森を進み、ようやく終わりが見えてきた。本来であれば、いくら大きいキュケの森も東西に大きいだけで、南北にはそこまで大きくない。
突っ切るだけなら馬車で2.3日で抜けられる森だ。歩くのでも一週間はかからないだろう。しかし、俺たちはカイニスのところからずっと北西にまっすぐ進んできたため通常より少し時間を食ってしまった。
「久しぶりの人族領だな……」
「・・・無理しないで」
「あぁ、ありがとう。大丈夫だ」
『そうだったな。お主は人族領、というよりは人族最大の国、イングラスの王と一悶着あるのだったな』
「もう昔のことだ」
そう言えるくらい、ここまでの道のりに色々なことがあった。時も過ごした。それにいつかは向き合わなければいけない気がする。イングラス王国に留まるアサヒとは、ずっとどこかで会う気がしているのだ。ならばイングラスの王だって、いつまでも逃げてはいられない。
帝国を焼き払ったというニュース。【暴食】の国、リエイスで聞いた情報を鑑みるに、それを行ったのはアサヒだ。どういう心境の変化があったかはわからないが、アサヒのみならず彼ら勇者は、人道を外れた。あえて言うならこの世界に適応したのか。
あまり他人のことを言えた義理ではないが、あの虫すら殺せなさそうなアサヒと彼と共に過ごしているサアラやユキが自分から人を殺すような行動をするとは思えなかった。いや、思いたくなかったと言った方が正しいか。
けれど、リビングデッドの巣窟となった帝国はまだしも、普通に日々を暮らす住人を傷つけて回った勇者の情報は驚きを隠せなかった。そして、彼女のうちのどちらかがソレを行なっているのならば、それをアサヒが知らないはずはない。
ならば、アサヒもこちら側になっている可能性がある。それも以前よりずっと強くなって。
「強くならないと」
『あまり気張るな。焦りは隙を生む。油断までしては論外だが、気を抜くくらいでなければ、この先の戦いをくぐり抜けられぬぞ』
「……あぁ、わかってる」
俺は手のひらに【天力】を集める。まだ、意識しながらではあるが、だいぶ【天力】を動かせるようになってきた。【天能】とやらはうんともすんとも言わないが、オリジン曰く【天力】も動かせないうちから考える必要はないとのこと。
ソレもそうだ。スキルだって【魔力】を使えなければ発動すらしない。持っていても使用できなければ意味がないのだ。
ただ、俺がどんな【天能】を持っているかも分からない。なにしろ自分のスキルとして確認することができないのだ。気になるのは仕方ない、と思いたい。
『だが、形にはなってきたな。手のひらに集めることができるようになったのならば第一段階は終了だ。次は第二段階だな』
「……もう腕が吊りそうなんだがな」
オリジンは休まず、次の修行を提示してくる。次は手のひらだけでなく、体のどこでも集められるようにすることだそうだ。それをクリアすれば、今度は意識せずに【天力】を使用する。
そこまで出来て、初めて【天能】が認識できるようになるのだとか。
「先は長そうだな……」
『焦らず、急げ』
「はいはい」
「ピギャァァァアア!!」
「魔物です。行きましょう」
「・・・こくっ」
「おっけー!」
俺たちの進行を樹木型の魔物が塞ぐ。奥には他にも数体の樹木型魔物が見える。俺たちはそのまま奴らに向けて攻撃を仕掛けた。