第234話 凶報と朗報
【怠惰】が城に帰ってきたのは、それから1週間後のことだった。
部下ともども疲弊した状態で深夜に城に帰ってきた【怠惰】の魔王カイニスは、ミキスと二、三口を交わしてすぐ、自室に戻ってしまった。
そのため、俺が【怠惰】と顔を合わせたのはその翌日の朝だった。
「昨日は挨拶もせず、すまなかった。久しぶりに会えて嬉しいよ、カイトくん」
「こちらこそ、カイニスさんが無事で何よりです。でも、カイニスさんほどの人があそこまで疲弊しているなんて、相手はそこまで強大だったのですか?」
「……あぁ、そうだな。なかなか手強かったよ。それより、長く待たせてしまったな。久しぶりに帰ってきたこの城の居心地はどうだ?」
「えぇ、個人的には一年以上も居候させていただいた身なので、こういうのは烏滸がましいかもしれませんが、実家のように過ごしやすかったです」
「そうか、それならよかった。ジッカというものがよく分からぬが、リラックスしてくれて何よりだ。さて、早速で悪いがカイトくんの報告を聞こう。一応、ミキスからある程度は聞いているが、君の口からも聞きたいのでね。いいかい?」
「はい、分かりました」
そうして俺はカイニスが出したイスに座り、この城を出てからここへ帰ってくるまでの道程を語り聞かせた。
この場にいるのは俺とカイニスの2人のみ。他には誰もいない。“超嗅覚”と“完全感知”でも潜んでいる者はいなかった。
詳らかに語ることを希望したため、端折ることなく話した。キノのことも全て。全部を話し終わる頃には、中天にあった日がすでに沈みかけていた。
「——その後、ミキスに連れられここに先日戻ってきました」
「そうか、ありがとう。共に利がある同盟だと思ったのだが、君に辛い思いをさせてしまった。すまなく思う」
「分かりました。その言葉は素直に受け取ります。でも、今は前に進むことを決めています。乗り越えられたとは思わないですけど、彼女に助けてもらったこの命は、しっかり繋いでいきたいと思ってます」
「そうだな。では、我もこれ以上踏み込まないようにしよう。それでは、これからのことなのだが——」
「我が主!!ごめんなさい、大事な時に!!」
「ミキス……?どうした?」
カイニスが口を開き、これからのことを話そうとした瞬間、ノックもせずミキスがカイニスの謁見の間に飛び込んできた。それも随分と焦った様子で。
「近隣諸国に人間が……!イングラス王国の紋章をつけた人族軍が攻め入っているという情報が入りました!!」
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〜2週間前〜
『イングラス王国』王城にて
「——近日中には【怠惰】を除く、最後の魔王が特級罪厄者【黒隻】と衝突すると思われます。ひいては——」
「失礼します!!ご報告が!!」
「おい!誰も通すなと言ったであろう!!」
「も、申し訳ありません!しかし、火急の知らせが……」
「よい、話してみよ」
「は、はい!先程、【色欲】の魔王治める『ボイトファーニス』に潜伏している諜報員より、特級罪厄者【黒隻】と【色欲】の魔王が衝突、【黒隻】の勝利が公表されたとのことです!」
「何?!それは真なのか!!」
「は、はい!現地にいた諜報員からの情報です。馬を三体潰しての到着であるため、信憑性は高いかと」
「む、むう……。王よ、いかがなさいますか?」
「ふむ……」
オレは、息を切らせて報告をした者と宰相のタイツ・ハゲナリを前に静かに思考を巡らせる。
帝国を焦土とし、その責任を持って自らの領土としたイングラス王国は、枯れ果てた大地の再興のため、大量の資源を必要としていた。
現在は周辺諸国から援助を受け、草木一本残らない荒れた大地となっていた元帝国も、少しずつ復興し、徐々に人の足を増やしている最中である。
しかし、もともと大きくはないと言われているこの【ユニティース】は人族と魔族によって領土をキュケの森を挟んで二分している。さらに、人族は魔族に比べて繁殖能力が比較的高い種族であるため、数が魔族よりも多い。
すると当然ながら有限である資源は、いくつも乱立する国々によって取り合いとなる。当初の計画では、一度帝国の地表を灼いたとしても地下にいくつも広がる迷宮から資源を回収して復興に当てていく予定だった。
しかし、勇者アサヒによる帝国焼華は想像以上の火力で行われ、地下ダンジョンは消失したわけではないものの、地表に近い大部分が焼き払われたことで、今はダンジョンに潜ることができなかった。
当然、安全のために作られていたワープゲートも粉砕されている。不幸中の幸いなのは、地下ダンジョン側からも地表へ侵攻ができないほど分厚いがらすの壁があることくらいだろう。
話を戻すと、現在王国に必要なのは資源。そして属領となった帝国を使えるようにしなければならない。でなければ、宝の持ち腐れとなるどころかいずれは我が身を蝕む癌にまで発展するからだ。
だが、それを行うだけの資源が人族領にはない。ならばあるところから奪うしかないだろう。
幸い、以前追いやった特級罪厄者認定を受けている【黒隻】が魔王の討伐のため動いている。そしてそれはどういう経緯なのか宿敵である【怠惰】と協同しているようだ。
多少なりとも奴の手勢を間引いてくれれば御の字と叩き出した【黒隻】だったが、上々の成果を上げてくれた。しかもそれはどうやら奴自らの自陣をすり減らしている。
【黒隻】を手駒にして何を考えているのかは不明だが、奴の戦力が減っている今が好機である。それに奴は元から肚の内が読めん奴だ。今さら警戒していてもチャンスを逃すだけである。
オレは腹を決め、作戦を前倒しすることにした。
「タイツ、軍備はどうなっている?」
「はっ!現在、7割がた揃っておりまする。あと一ヶ月ほど期間をいただければ、当初の目標値に達するかと」
「2週間、いや1週間で整備しろ」
「御意に」
「そこな兵士よ、名は?」
「は、はっ!私はリオン・ラブドルネスと申します!」
「そうか。では、リオン。貴様に一つ命を与える。勇者3人をこの場に連れてこい。場所は外の門番に聞くがいい」
「はっ!ありがたくお受けいたします!」
「うむ。此度の戦い、期待しているぞ?」
「はっ!!」
威勢のいい返事と共に、先に出て行ったタイツを追ってリオンは部屋を出て行った。
「さて【怠惰】よ。何も馬鹿正直にあの約定を信奉していたわけではあるまい。さぁ、百年前の再戦を果たそうではないか」