第214話 開戦
「な、なんじゃ?!何事じゃ!!」
「お休みのところ申し訳ありません、女王様!!今、早急に対処に当たっております故、何卒、気になさらぬよう……アギャ?!」
「だまれ、だまれだまれだまれだまれェェ!!奴が、【黒隻】が来たんじゃろう?!そんなこと分かっている!妾は今、外で何が起きているのか、を聞いたのじゃ!!誰か!説明せぃ!!」
「……ッ!」
多種多様な調度品が置かれ、豪奢に溢れた城の一室で、ネグリジェを着て暴れる1人の女がいた。何十人も入れるような大きな部屋には、キングサイズのベッドが一つ。その周りにはネグリジェの女に媚びへつらうように多数の女が跪いていた。
しかし、その誰もが一言も声を発さない。全員が顔を俯けたまま、大量に冷や汗を掻いて黙りこくっている。
それもそうだろう。彼女たちでさえ何が起こっているのか分からないのだ。
ネグリジェを着た女、この国『ボイトファーニス』の女王である【色欲】の魔王、【鮮血姫】の異名を持つセレスティアル・ドゥイ・ヴィンガーに殺されるだけならまだいい。
通常であれば、さんざまぐわい最期には殺される。それならば至上の快楽を与えられた後、肉の一片、血の一片まで彼女のものになるため、寧ろ何にも代え難い天上の歓びであった。
だが、今はどうだ。
快楽を与えられることはなく、殺されたとしてもただ無為に放り捨てられるだけ。女王と共に生きることは許されず、かと言って女王に尽くして死ぬこともできない。
彼女たちはそんな死が何よりも恐ろしかった。
「えぇい!!なぜ、誰も報告せん?!……よもや主ら、妾への反逆ではあるまいな?」
「い、いえ!そのようなことは決して——」
「ならば答えよ!この有様はなんだ?!なぜ、国内で火の手が上がる?!門の外に配備した軍は1人も漏れず節穴の能無しだったというのか?!」
「ひうっ……、そ、それは」
「女王様、我が説明しましょう」
「お主……」
今にも女王の癇癪で殺されそうになっている部下との間に入るように1人の女が姿を現した。
燃え盛る炎のように赤い髪。視界に入った者を射殺すような切長の瞳に細くスラっとした体。しかし、決して華奢ではなく力強さも感じる女がそこにいた。
「マリア」
「マリア・テーゼ様……」
マリアと呼ばれた女性は肩に一柱の星霊を乗せ、女王の前に跪く。そして、外の状況を説明し始めた。
「現在、国門の縁に展開した軍は、どこからか出現した謎の竜と交戦しております。ですが、その力は凄まじく、なかなか倒すには至らぬよう。また、国内では12区画、19区画、27区画で火の手が上がり、その周辺に常駐していた兵が倒され、奴隷が解放されております。さらに——」
「もう良い。……マリア、分かっておるな?」
「今宵、必ずここへ」
「ならば良かろう、妾の手を煩わせるな。必ず、あの男を生きてここまで連れてくるのじゃ」
「御意」
幾分か冷静になり、マリアの言葉を聞いた女王はネグリジェを翻して布団に潜り込む。しばらくするとそのまま気持ち良さそうな寝息が聞こえてきた。
「お前たち、今日はもういい。外に出ていろ」
「は、はい!」
そうして侍女の役割を果たしていた部下たちは皆、女王の部屋から出て行った。そして最後に女王の寝姿を目に収め、マリア1人だけが残った。
先程まで女王の側に侍っていた者たちは、戦闘員ではない。多少の心得はあるが、本職には大きく劣るため、本当に普段の女王の世話係兼性処理係だった。
「のう、マリアよ。妾は何を間違うたのだ?」
「……」
独り言にも似た声。今にも消え入りそうな、下手すれば聞こえなかったかもしれないほど小さな声でマリアにだけ、弱みを見せる。
「何も。ですが、強いて言うのであれば、あの方をこの国から出してしまったことでしょう」
「やはり、そうか。あれは妾も迂闊だった。まさかあやつが聞いているとは思わなんだ」
「えぇ、そうでしょう。我もです」
「じゃが、あやつも間違うた。管理すべき男に絆されるなど、女としての自覚が足りん。妾はそれを教えたかっただけなのじゃ。……そうじゃ。じゃからあやつは男に殺された。あの憎き【黒隻】に!!
あやつもきっと復讐に燃えていることじゃろう!良い!妾がその大役、担って見せよう!!のう?!キノイル・ヒルディアよ!!」
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「お前たち!こっちだ!俺たちに続け!!」
「貴様、ら!!このことが女王様に知れれば、貴様らの命はな……ブベェ?!」
「うるせぇ!!もうお前らにこき使われるオレたちじゃないんだ!!行くぞ!同胞たちよ!!」
「ウォォォォ!!!」
鍬や鋤、果ては木の棒を掲げて首輪を嵌められた男たちが雄叫びを上げる。その側には散々殴り回された女の吸血鬼が転がっていた。
「火だ!火をつけろー!!オレたちの存在を示せぇ!!」
「こんなことをして、ただで済むと……グゲァ?!」
「おれたちは自由だぁ!!!」
厩舎から店から家から。色々なところから様々な種族の男たちが、それぞれの武器も持ち出して通りへ出てくる。そのどれもが首輪を嵌められており、体はボロボロ。傷も生々しいものが多数残っていた。
「よし、これでここの区画の男たちは全員解放出来たか?」
「はい!次はあちらです!」
「分かった。……お前ら!ここから先はお前たちの自由だ!戦うもよし!国の外へ逃げるもよし!だが、少しでもこいつらに恨みがあるのなら、俺についてこい!!俺がこの国の女王を叩き潰してやる!!」
「——ウォォォォ!!!」
ここまで幾度もやってきた演説。抑圧され、虐げられてきた男たちを戦士へと昇華していく。
最初に爆発が起きてからすでに数時間が経過していた。その間にも各地で爆発は幾度も起き、その度に兵である女吸血鬼たちを倒しながら、男たちを解放して行った。
最初は半信半疑どころか9割信じていなかった彼らだが、それが100人も200人も引き連れた軍勢にもなると疑いは確信に変わり、確信は戦意へと変化して行った。
「こんなに爽快な気分は久しぶりだ!!あんたについて行く……ゲポゥ?」
「ランドリュー?!」
「ちっ!お前ら下がれ!」
さっきまで解放された喜びを噛み締めていた魔族の男の腹から白く細い腕が生えた。そして腕が引き抜かれ、支えを失った男は前のめりに倒れ、男を殺した者の姿が現れた。
「いつまでくだらないことしてんのよ。あんたたち、全員死刑よ」




