第193話 原初の竜戦『後編』
途中になっててごめんなさい!!!
『ふむ、ならばやはりおかしい。なぜなら輪廻転生は同じ世界で循環するものだからだ。その世界で生まれたものは何度死のうとその世界の輪廻から外れることはない。他者が介入しない限りは』
「……は?」
——思考が停止した。
俺の中の常識が、足場が崩れていくような感覚を覚えた。
「……いや、待て待て!あいつは、神は前世での行いによって天国か地獄に行ける、場合によっては異世界への転生ができるようになると言っていたぞ?!」
『ふむ、お主の言う神の審判の時の記憶はあるか?』
「いや、それはないが……。そういったものは引き継がれないとかじゃないのか?」
『ないな。それならば前世の記憶も引き継がん。そんなことをすれば来世に支障が出るからな。……もっと言えば、テンゴクもジゴクなどというものもない。あるのは神々の住まう土地である天界のみ。
それに一人一人前世の精査などしていれば、どれだけ時間があっても足らん。時間の概念は神々の世界であってもある。それはこの世界の法則となんら変わらん。世界を創ったのも神ならば、その法則を創ったもの神であるからな。
そして輪廻転生は前世の行いに関わらず来世を歩ませる。これはどの世界にも例外はない』
「……じゃあミユの件はどう説明するんだ!!」
「異界の勇者は以前暮らしていた世界で死んだのか?」
「……ううん、死んでない。アサヒ……他の友達と一緒にこっちに召喚されたの……」
「ミユ!傷はどうだ?」
「ありがと、カイトくん。テミスさんも。……少しマシになったよ」
俺はテミスとミユの肩を支えながら起き上がるのを手伝う。
『そうであろうな』
「くっ……」
もはや何がなんだかよく分からなくなっていた。常識どころか疑いすら持っていなかったもの。オリジンの言葉を全て鵜呑みにするつもりは毛頭ないが、今ならオリジンが俺にあんな問いをかけた理由もわかる。
オリジンの言葉をもとに考えるならば、怪しいのはあの女しかいない。自らを神と名乗り、俺を騙した者。
しかし、疑問はそれで尽きることはなかった。
「……お前はなんで、俺にそんなことを聞いたんだ?仮にも神に創られた竜だろうが!神のことをベラベラしゃべっていいのかよ?」
『そんなことを気にしておったのか。なに、心配はいらん。ワレは所詮廃棄物。何を語ろうと彼らが痛痒を感じることなどない』
それにワレは創造主を崇め奉っているわけではないのでな、となんでもないことのように宣う。本当にただ純粋な疑問だったのだろう。
『お主こそ、お主に世界の成り立ちやこの世界に連れてこられた理由を教えたものに覚えはないのか?』
「……そんなものお前に関係ないだろうがっ!!」
俺は立て続けに明かされる情報への困惑と自分の中に沸いたモヤモヤや苛立ちをがむしゃらにぶつけるため魔法を放つ。
吸収されることなど関係ない。雷鳴を轟かせながら黒と白の甲冑を纏った炎の龍は白亜の竜に喰らい付く。それをさらに二体生成する。
「“スキル統合”発動!!——“天獄魔法”!!!」
『立て続けかっ!!』
オリジンに殺到した龍に追いつくように黒と白の雷鳴が迸る。そして同じく黒と白を纏った氷槍が飛び交い、黒と白を纏った樹木がオリジンの手足、翼を縛り、黒と白を揺らめかせた大地の裂け目から、黒と白の噴火がオリジンを襲う。
『急に本気になりおって!!フハハッ!面白いぞ!ワレも纏おうか!!——“地浄之焔”【天鎧】!!』
樹木に囚われ、大地に襲われ、氷槍の雨を受け、噴火に熱され、雷に灼かれたオリジンは魔法の嵐に身を窶しながら、猛々しくスキルを謳う。
瞬間、オリジンが吐いた白いブレスはオリジンの体を巡るように纏わりつき、次第に形を成していく。そしてものの数秒で、オリジンの体は白い鎧に覆われオリジンを捕らえていた大地は焼き払われ、樹木は切り捨てられた。
「それがお前の真の姿か!」
『フフフ。真の姿というわけでもない。ただ、お主たちがワレに力を見せているのだ。ワレもそれに応えようとしたまでよ。——フッ』
「……っ!!」
鎧と共に装備した謎の武器。剣にも槍にも斧にも槌にも見えるその武器をオリジンは無造作に振り払う。その瞬間、俺たちの立っていた場所を白い剣閃が通り過ぎた。
「熔けっ……」
オリジンの白い刃を受けた大地は一切のひび割れなく、熔け落ちた。まるで最初からその部分には大地などなかったかのように痕跡すら残らなかった。
『フフフ。神より授かりし地浄の力。存分に味わうがいい』
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「今ごろどうなってるかなぁ。カイトくんたちも頑張っているだろうか」
「どうだろねぇ……。あいつら強ぇからな。けど、ふとした時に弱くなるから嫌いになれないねぇ」
「君もうかうかしてられないね。カイトくんたちがこのダンジョンから出て来れば、確実に強くなっているだろうから」
「そうだねぇ……それじゃ拙者ももうちょい裏方頑張りますかあ!!」
「それにしてもよくあんなところに潜入できたね?どうやったの?」
「それは企業秘密!ま、誰にでも付け入る隙はあるってことよ」
「そうかい?ならそれ以上は尋ねないでおこうかな。君を敵に回したくはないし」
「おし、それじゃ拙者はそろそろお暇するでござんす。いないことがバレたら後でどやされるんで」
そう言いながらどこから調達したのか赤いキャップを被り直した彼は、ボクに背を向けて夕日の方へ歩いていく。その姿はすぐに小さくなりいつのまにか見えなくなっていた。それを見送ったボクはいなくなったことを確認してひとりごちる。
「……それにしても【強欲】の魔王くんはとんでもないもの喚び出したものだよねぇ。世界大戦の英雄を喚び出すなんてさ。……まぁ地球のことなんて彼らが知りようもないことだけど」
ボクは改めて息を整える。彼の力を知ってからというもの、彼が近くにいるだけで息が詰まりそうになる。今のところは利害が一致しているから、時折こうして情報共有をしているが、その後のことを考えると憂鬱になる。
「さ、ボクもボクのやるべきことをやらないとね。……あんまりこっちでチョロチョロされるの、いい加減鬱陶しいんだよね」
向かうべき場所は東側。
かの龍が住み着いてから環境が一変した氷の大地だ。ボクは自身が生まれた時から所持し、最後に残ったスキルで移動する。
後には掻き消された焚き火の灰だけが、風に流され消えていった。
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「はぁ、はぁ……」
「どうすれば……」
『フ、フフ……。やはりお主らは侮れん……』
俺は刀で体の支えを取りながら、体力と魔力を少しでも回復させる。オリジンも自らの体に纏っていた白い鎧と謎の武器を解いた。だが、オリジンの言う【地浄】の力は思ったより厄介だった。
まず“土魔法”系統は一切対抗できない。
それはスキル統合で造り出した“天獄魔法”で発動させても同じだった。
俺が新しく造り出したこの“天獄魔法”は“熾天魔法”と“混沌魔法”そして“魔法創造”を組み合わせたもの。あの時は感情のままに行ったが、同じ魔法系でも、通常スキルとユニークスキルで組み合わせられるものなのか。
実際発動できているから問題ないが、問題なのはオリジンだ。土系統は言わずもがな、さらに火と樹、そして氷も効果がなかった。火は【地浄】に熔かされ、樹は焼き切られ、氷は溶かされた。
このことから少なくともやつの【地浄】の力は火系統だと予測はできる。俺の火に対してさらに強い火力、もしくは魔力負けしているのだろう。
「ここまできて魔力で負けてるってのも腹が立つが……」
他の魔法が燃やされることについてはもはや推測もできない。雷系統なんかどうやって防いでいるかも推測できない。全く効いていないというわけではないが、決定打には欠けていた。
ただ、悪いことばかりでもなく、オリジンのあのスキルは消費が激しい上に先程やっていた魔力の吸収もできないようだった。
『やはり死合いは楽しいな……。この感覚も久しぶりだ……。だが、これ以上はワレが持たない。口惜しいが……。——“地浄之焔”【天終】』
小さくオリジンがつぶやいた瞬間、あの白い鎧がまたオリジンの体を覆う。しかし、その形は先ほどまでとは異なり、鎧に付け加えてさらに翼を増やし、武装は消えた。
「みんな、あと一踏ん張りだ!!……来るぞ!!」
『グルァァァ!!!』
換装を終えたオリジンは一鳴きした瞬間、俺たちに向けてブレスを放つ。そのブレスはしかして、今までのような極太のものではなく、俺たちを個別に狙った細分化されたレーザーのようなものに変化した。
「ちっ!!」
俺たちは疲れた体に喝を入れ、散開する。レーザーを躱しながらオリジンへと近づかなければ、当たるものも当たらない。
『甘いっ!!』
「……ここに来て飛ぶのか!!」
オリジンはレーザーで俺たちを追いながら、ここにきて二対四枚だった翼から四体八枚になった翼でついにその巨体を浮かせたのだ。
「甘いのはそっちだよ!!!——魔を追い堕とす天の神玉!!!」
「こちらも魔法ではないので!——『蒼塵濤破・絶』!」
『ぬぐっ……。小賢しいわっ!!』
テミスとミユが飛び上がったオリジンを追うようにそれぞれの技を放つ。黒と白の爆発する玉と蒼のオーラを纏った巨大な斬撃が宙のオリジンを襲う。
だが、抉られ、切られた肉体はすぐに修復された白の鎧に覆われ見えなくなる。そしてその返礼と言わんばかりにオリジンのブレスと思われるものがオリジンからではなく、天から降り注ぐ。
俺はその雨のようなレーザーをギリギリで躱しながら空高くへ飛んだサニアに合わせるため、オリジンの足元に陣取る。
「・・・——『風楼剥がし』!」
『ギッ?!』
ズパンッという音と共に気配を消してオリジンの頭の上まで飛んでいたサニアがオリジンの頭頂部に掌底を放つ。サニアの持つ籠手に秘められた風の能力をテミスの眼の力で限界まで引き上げ、さらに掌底の威力と合わせることで鎧を剥ぎ、内部にまでダメージを通した。
ここまで全く気配を消す動きをしていなかったのが功を奏した。
不意を突かれたオリジンは勢いに負けて頭を下にさげる。俺のいるところへと。
「その厄介な鎧、引っ剥がしてやるよ。“星詠廻転”——『怨浄之焔』!」
『貴様ッ……』
“星詠廻転”のスキルでヤツの力に対抗できる力を詠み取り発動した瞬間、俺の頭に猛烈な激痛が走った。そして初めてオリジンが焦りのような怒りのような声を上げた。
それを無視して地面から放出されたおどろおどろしい黒の焔は、餌に群がる蝿のようにオリジンへと殺到し瞬く間に鎧を剥ぎ取っていく。
「……っ。テミスっ!サニア!!ミユ!そいつに触れるなよ!」
俺は自分の直感に従ってすぐに発動のキャンセルをした。それでも、黒の焔は消える事なくオリジンの体を食い漁る。そしてその侵食はオリジンの体を三分の一ほど食らったところで消えた。
『……グッ』
「まだ戦いは終わってない……。ミユ」
「うん」
俺とミユは自らの刀に魔力を込める。俺たちはここを出なければならないのだ。
『貴様らァッ!!』
「……っ!!」
オリジンは魔力を高め、刀に込める俺たちに向けて最後の力を振り絞るようにこれまでとは一線を画すほど巨大で濃密なブレスを放つ。
それを間一髪で前に出たテミスが防ぐ。テミスの前にはブレスの同じくらいの大きさの巨大な風の玉が浮かんでおり、ブレスはそれに阻まれていた。
『ぬぅ!』
「・・・ふっ」
さらにそのブレスを避け、全身に水を纏ったサニアがオリジンへ突っ込む。狐のように体勢を変え、自らの爪で俊敏にオリジンの体を傷つけていく。そしてその傷は付けられた端から凍りついていく。
「……カイトくん、行けるよ」
「よし、行くぞ!!」
『貴様ら!あの力をどこで手に入れた?!』
「知らねぇよ……」
俺とミユはそれ以上オリジンの言葉には応えず、ゆっくりと刀を振り下ろす。その瞬間、世界から音が消えた。
————魔を斬り堕とす天の神劔
————久遠より至る正しき太刀




