第2話 強者喰い
今日はこの2本です!よろしくおねがいします!
名前:シャドウウルフロード
種族:闇狼族
Lv:67
ステータス:見ることができません
スキル:嗅覚Lv.7 隠密Lv.7 統率Lv.4 闇魔法Lv.6
……え、はぁ?!なんだこの化け物みたいな奴は?!
まずい!こっちを見ている。獣の勘なのかは知らないが、俺は奴らにとって見るからに襲いやすそうな獲物に違いない。狼の口から絶えず滴るよだれが奴の意図をよく教えてくれる。
また、『シャドウウルフロード』と呼ばれる魔物は、スキルに“統率”を持っていた。そのスキル名が名前の通りなら近くに仲間がいる可能性がある、と思っていたら、俺がシャドウウルフロードの存在に気づいたことを悟ったのか、一斉にシャドウウルフが姿を現した。その数、なんとボスを含めて13体。そして全員がLv40を超えている。
狼たちは丁寧にも俺を逃さないように、またいつでも殺せるように隙なく俺を取り囲んでいる。いつの間にか、俺は後ろへ下がることすらできなくなり、本格的に逃げ場が無くなってしまっていた。
その時、俺は何を思ったのか、右手に持っていた刀を鞘に入れたまま、おもむろに右側に構え、思いっきり踏ん張る。
俺自身がその行動に疑問を持つよりも早く、腕が痺れるような衝撃と共に自分の体が吹き飛んでいた。ザリザリと勢いで地面を削ったことで、背中がヒリヒリと痛む。
(ぐっ!な、何だ?!)
飛ばされた方を見てみるといつの間にか近寄ってきていたシャドウウルフが爪を振り切った状態で立っている。どうやら俺はあのシャドウウルフの爪に引っかかれたようだ。それを無意識に刀で防ぐことができた。
今のはただの偶然だ。こんな奇跡もう二度と起こせない。それに今の衝撃で腕が痺れて、力が入らない。刀を握っているだけでひと苦労だ。Lvが40違うだけでここまで力の差が生まれるものなのか。
「……っ」
俺ははじめて死の恐怖を感じた。トラックに轢かれた時は一瞬だったのでよく分からないまま、ここに来てしまった。だが、今のではっきりと理解した。このままだと俺は死ぬ。獣の爪に引き裂かれ、餌として腹を食い破られて苦しみながら死ぬのだ。
今まではどこかお遊びというか、ゲーム気分が抜けなかった。
正直に言おう。体の奥底から来る震えを止められない。俺は今まで経験したことのない恐怖にさらされているのだと。
でも、そんなことは言っていられない。こんな短いスパンで二度も体をバラバラにされるなどごめんだ。何としてでも生き延びてやる。ならば、ここからは俺が生き延びるために出来ることを死ぬ気で考えなければ。
今のところ、シャドウウルフの長も気づいているのか、未だ木の影で隠れたつもりになっているゴリラに注意しながら俺の様子を伺っている。
そのため、俺の真後ろにゴリラがいるこの状態は非常に助かる。俺の後ろにまでシャドウウルフの手下が回っていないからだ。
そこから推察するに、おそらくゴリラはこいつらよりも強いのだろう。そうでないならば、とっととこのゴリラをぶちのめして、俺とゴリラを今夜のおかずにしてもおかしくないからだ。
ならば、俺ができることとすれば、この状況を利用して、まずは一体だけでも倒す。そしてスキルを奪う。そうすれば、多少なりとも歯向かえる力を手にできるかもしれない。
そうして互いに隙を突く機会を探っていると、突然シャドウウルフの手下の一匹が、俺の目の前で後ろから迫ってきていた猿4匹組に襲われた。
急展開に驚きつつも、“嗅覚”があるのになぜ気づかないのか気にはなったが、おかげでシャドウウルフの長を含め、全匹が一斉に猿の方に意識が向いた。
(ここだ!)
突き動かされるように、俺は刀を握りしめて一番近くにいた一匹に走り寄る。いくら動きの素早い狼でも足を負傷すれば、今の俺でも少しは対抗できるようになるかもしれない。
そう思って一番近くにいた一匹に向けて刀を振り下ろし、足でも体でも、どこかに当たれ、と半ば念じながら刀を振り下ろす。万が一の事も考えて、少し回復した握力で、反動があった時も考慮する。
「ふっ!」
「ギャ——」
すると、振り下ろした刀は、ストンッと言う音がなってもおかしくないほど、何の抵抗もなく自然に狼の首に落ちた。そして数瞬後、首が切られたことを思い出したかのように、狼の首がポトリと落ち、繋がっていた場所から勢いよく血が噴き出した。
『経験値を獲得しました。スキル:簒奪により取得経験値が半減します。Lv.14に上がりました。スキル:簒奪の効果により、スキル:嗅覚 隠密を獲得しました』
そんな時、俺の頭の中でファンファーレがなり、アナウンスが入った。どうやらこれが俺のLvが上がったことを知らせてくれるようだ。さらに新しくスキルを獲得することも出来た。
その瞬間、様々な匂いが分かるようになった。血の匂い、狼の匂い、木々の匂い、風の匂い、そして、ゴリラの匂い。しかし、不思議と不快な感じはしない。これがスキル“嗅覚”の能力か。
流石に血の匂いはあまり嗅ぎたい匂いではないが、このスキルは、自分で嗅ぎたい匂いを取捨選択出来るようだ。
俺は、スキルチェックもほどほどに仲間の狼たちによる不意打ちや仇討ちに警戒するため、シャドウウルフたちに全五感を傾ける。
そうして気づいたが、どういうわけかあの猿ども全く匂いがない。だから、シャドウウルフも気づかなかったのか。
それにしても動物のくせに匂いがないってどういうことだよ。その上、俺が動いた時にちゃっかり自分たちで倒したシャドウウルフの一匹を持って逃げていってしまっていた。
まぁいい。これでシャドウウルフは全部で11匹だ。まだどの狼よりも“隠密”のLvは低いか同じなので、このスキルを使って隠れての不意打ちはおそらく成功しなさそうだ。
それにこの刀、あいつは大したものじゃないと言っていたが、そんなことは無い。流石にただの刀であれだけのレベル差があり、骨も含めて何の抵抗もなくあんな簡単に首が切れるものか。
刀に関するスキルがあるかは分からないが、剣道を習っていた訳でもないのだ。獣を切る技術などあろうはずもない。まぁたぶん“簒奪”なんて言うスキルがあるくらいだ。俺にとってはメジャーであろう剣術や刀術みたいなスキルもあるはずだ。いずれは手にしたい。
思いの外あっさりと一匹を倒せたからか、先ほどより死ぬことに対する恐怖が薄れてきたように感じる。また、ここまで鮮烈な血の匂いを嗅いだ事も初めてのはずだが、嫌悪感は不思議と湧かなかった。
だが、今は有難い。余計な感情を抱えて、人知れず食い散らかされるなんてごめんだ。それに振れば切れるなんて最高じゃないか。さぁこい!シャドウウルフども!
それから、どれくらいの時間戦い続けていたのだろうか。辺りの木々は徐々に茜色を帯び始めている。それまでの間に、俺は当初よりは警戒心を上げたシャドウウルフたちと戦闘し、何とか長の側にいる側近を除く、手下たちは倒すことができた。
名前:日向 海斗
種族:人間
年齢:18
Lv:29
ステータス:体力254
魔力246
攻撃234
防御234
敏捷253
知力315
スキル:簒奪Lv.- 鑑定Lv.2 嗅覚Lv.6 隠密Lv.6 闇魔法Lv.4 噛み砕くLv.2
称号:簒奪者
その結果、こんなふうになった。レベルもそれなりに上がり、新しいスキルも二つ手に入れた。称号はよく知らん。
この戦いを勝ち抜けたら見よう。
そしてここからが一番大変な戦いになると思うのだが、俺はというと、左目を潰され、脇腹を割かれ、当然、体力もほぼ尽きていた。逆にこんなにも体力があったことに驚いているくらいだ。
今も、傷はとてつもなく痛み、謎の熱を帯び、タイミングがタイミングなら転げ回りたいほどだが、アドレナリンのせいか、思考はきちんと働く。
今、傷については、新しく覚えた“闇魔法”で仮の血管を作り、外に出てこないようにしている。俺の想像していた“闇魔法”と使い方は違ったが、スキルを覚えた段階で、ある程度この魔法を使って出来そうなことが分かった。
ただ、“闇魔法”は、治療を行う魔法ではないようで、失った目を回復させることは出来なかった。なので、垂れてくる血を拭うことしかできない。
幸い、長とその側近は俺の動きの観察に注力していたのか、部下たちを育成しようとしていたのかは知らないが、全匹で一緒になって俺を襲うことはなかった。だが、厄介なのは側近だ。
そいつらは、両方とも名前がシャドウウルフナイトというらしい。レベルは、52と57、スキルは“嗅覚”と“隠密”に加え、一体は“気配感知”、もう一体は“身代わり”というスキルを持っている。
“気配感知”は分かるが“身代わり”とはどういうスキルだろうか。想像の範疇となるが、手下の代わりに奴が傷を負った、とかは見られなかった。
だとするならば、長の傷を肩代わりするようなスキルだろうか。もしくは、自分の傷を誰か別の者になすりつけるスキルだろうか。ただ、どちらにしても厄介そうなことには変わりなさそうだ。
俺は改めて自分が獲得したスキルに意識を向ける。まず、しっかりと見られている状態では“隠密”を使うことは出来ない。まずは奴らの視界から一度でもいいから消えなければならない。
「はぁ!」
俺は“闇魔法”で煙幕を出し、煙に紛れて“気配感知”持ちのウルフに走りよる。すぐにバレるが傷さえ付けられればいい。そうすれば後は、刀に塗った“闇魔法”で作れる毒で削りきれることは部下で分かっている。
「ギャウ!?」
傷が深いせいか、血を失ったからなのか、体がふらつき走る速度がさっきより遅く感じるが、何とか腹に傷を入れられた。それに気を取られているうちに“身代わり”の方に行く。その時にも再度、煙幕と“隠密”を使い、身を隠すことを忘れない。
“身代わり”に関しては、煙幕により俺の姿を完全に失ったようだが、“嗅覚”によりかろうじて俺の位置を特定する。煙幕から飛び出し、“身代わり”に向かって刀を構える。
“身代わり”は、対抗するようにその鋭い爪で俺の首を狙う。
(ここ!)
俺は振るわれる“身代わり”の爪を半ば転げる形で回避する。頬に走る4本の爪痕なぞ、気にかける余裕はない。失った左目側だ、再度抉られようと失うものはないのだ。
俺は入れ替わる形で、斜め後ろから“身代わり”の首めがけて刀を振り下ろす。“身代わり”に関しても、これまでの手下同様、何の抵抗もなく首は落ちた。
そうして残るは、毒が回りきるまでが寿命の“気配感知”と長だけとなった。
使ってみて分かったが、“闇魔法”は使い勝手がいい。しかもスキルのLvも高くなってきたため出来ることが多い。ただ、この世界の魔法は『ダークバレット』のような個別の魔法があるわけではないようだ。
術者がやりたいこと、イメージしたことがその魔法であれば、近い形で実現してくれる、と肌で分かる感覚。近いもので言えば、グー◯ルやヤ◯ーの検索のようなイメージを覚えた。
おそらく練度が上がればこの辺りのイメージによる再現の精密さも上がっていくのだろう。
どうやら長も俺が使った最初の煙幕は知らなかったようだ。でなければ、先ほど“身代わり”がやったように“嗅覚”スキルで位置を特定されて反撃されていたはずだ。
だが、逆に言えば、もう長にその手法は通じない。側近でも見切れるのだ。曲がりなりにも長であるならば、対応できないはずはない。
また、当の長は怒りマックスの表情でこちらを睨みつけているが、手下をやられた感情に任せてこちらへ向かってくるようには見えない。
「ギャァ!!」
「やけかよ!」
それより先に、自らの死期を悟ったのか、“気配感知”が口から血を混じらせたよだれを垂らしながら襲いかかってくる。もはや力の制御も効いていないのか、蹴り付けた地面が大きく抉れた。
その勢いのまま、飛びかかってくるスピードも凄まじい。この戦いの最初にこいつがこのスピードで襲いかかってきていたら、俺は反射神経で防ぐ事もできずに顔を引き裂かれていた事だろう。
「けど、もう慣れた!」
だが、俺は成長した。片目だが、動きは見えている。力はほぼ入らないが、刀は振ることさえできればいい。余計な力はいらない。
俺は向かってくる“気配感知”の前足を縦に割り、そのまま人間で言うところの袈裟斬りのような形で“気配感知”を真っ二つにする。
後ろに流れていく“気配感知”の体。ひどく濁った色の血を撒き散らし、俺もその血に塗れながらレベルアップとスキルを獲得したことを知らせるファンファーレを聞く。
「——っ?!」
けれど、ここはまだ戦場。
獲得したばかりの“気配感知”が警鐘を鳴らし、それとほぼ同時、俺の真後ろに“嗅覚”で感知した匂いが現れる。
——長だ。
俺は咄嗟に刀で身を守る。警鐘を鳴らす“気配感知”が示す場所を信じ刀を構えると、ちょうどその場所へこれまでの狼とは比べものにならない力で前足が叩きつけられた。
けれど、それは長の作戦だったようだ。
刀に叩きつけられた前足はそのまま刀ごと俺の体を地面に縫い付ける。そしてもう片方の前足を俺のガラ空きの右腕へ叩きつけた。
それはレベル差のせいか、はたまた長の爪の鋭さのせいか、無残にも俺の右腕は宙を舞った。肉はぐちゃぐちゃに引き裂かれ、骨はボロボロ。果ては腕だけでなく、あばら辺りの肉と骨まで持って行かれている。
その衝撃のせいか、体力の限界だったせいか俺は刀を握っていられず、痛みに喘ぎながら転がる。俺たちの周りは俺と狼の血と肉と骨で、元の緑はほとんど見えなくなっていた。
「ギャウ」
「……んのやろう」
長は、フラフラと立ち上がる俺の目の前に、俺が手放した刀を突き飛ばす。どうやら俺が刀を持っていても負ける気はないらしい。
これまでの戦いで出た濃厚なアドレナリンのお陰か全身の傷は痛みではなく熱としてしか感じておらず、戦闘に支障は感じない。強いて言うなら血を失いすぎたのか視界が霞むことくらい。腕や脇腹から広がる熱と体の奥底から浸透してくる寒さが、いい塩梅で適温を保っている。
俺は残り少ない魔力で“闇魔法”でできる攻撃力上昇をかけた。触れれば切れる刀だが、この期に及んで俺に塩を送ったことをあの狼には後悔させてやらねば。
「だらああああ!」
俺はなけなしの力で刀をだらりと引っ提げて長に向かって走る。長は振るわれる刀の挙動、範囲を見切り、危なげなく俺の左側に避ける。
けれど、それは俺も織り込み済みだ。なにしろ、俺は左目が見えていない。それに右腕を失った俺ならば左から来る攻撃を避けてしまえば、後は長の独壇場だ。
「ぁぁあああ!!」
雄叫びとも叫び声とも分からない声を上げながら、刀を振り切った勢いのまま、俺の斜め後ろへ回った長に向けて、回し蹴りを放つ。しかし、この回し蹴りは当たらない。
赤子のようにフラフラと重心のブレた回し蹴りが、自棄になったかのような腰の入っていない回し蹴りが、今更長に当たるはずもない。
「ギャゥア!!」
俺の回し蹴りを躱し、勝利を確信した狼。
「んなわけねぇだろっ!!」
「ギャアゥ?!」
ボンッと紙風船を破裂させたような音が響く。その音は、長の眼前で破裂した闇玉だった。俺は回し蹴りの際、足についた血や泥を“闇魔法”で溜め、長に向けてそれを蹴り付けたのだ。
「終われぇぇええ!!!」
俺は体勢を崩し、おすわりのような体勢で目の泥を拭う長に飛び乗る。そして、手当たり次第に長を斬りつける。
前足を斬り、腹を斬り、背中を斬り、尻尾を斬る。
もはや、長と俺で錐揉みしながら残る力を振り絞って長に刀を突き刺す。もはや刀を振り下ろす力などカケラも残っていない。泥臭く、命のやり取りを続ける。
その勢いのまま、なんとか刀を取り落とさないように左手で握りしめ振り下ろす。
幾度も、幾度も。
それからどれくらいたったか、気づけば辺りは暗くなっており、日もほぼ沈みかけている。これから夜の時間がやってくる。ふと、眼下を見ると、滅多刺しにされた長はすでに事切れていた。
「終わった……」
人生で一度あるかないかとも思える命のやり取りを制した感慨もなく、俺は刀で体を支えて立ち上がる。足はフラつき、きちんと大地に立てているかすら怪しい。
「早くここから離れないと……」
けれど、夜は本来獣の時間だ。このままここにいては元の木阿弥。俺はもはや歯向かうことすら出来ず、獣の餌となる。体力も魔力も尽き果てたが、そこだけは理解していた。
俺の意識が持ったのはそこまでだった。
「ん……、ここは……」
瞼に刺さる光を感じ目を覚ますと眼前には、この世界に来た時と同じような澄み切った青い空が広がっていた。近くには川があるのか水の音が聞こえ、横には焚き火した跡と思われる木の燃え滓があった。
「ぐっ!……あれ、俺こんなとこまで来てたのか?」
体を起こそうとした瞬間、全身にこれまで経験したことのない激痛が走る。それでようやく思い出した。俺は右腕と左目を失い、腹を裂かれていたのだ。
正直、長を倒した後からの記憶がない。だが、目や腕などの痛みが、あの戦いは夢ではなかったことを教えてくれた。
それに傷の具合からしてあまり時間は経っていないようだ。しかし、治療された跡がある。少し体を起こした際に体に巻き付けてある包帯が見えた。それに左目にも包帯が巻かれているのが分かる。
もちろん、俺がこの世界に来た時には包帯なんぞ持ってなかったし、周りにはそれを巻いてくれるような人間もいなかったはずだ。だが、誰かのおかげでこうして命を繋ぐことが出来たのなら感謝しなければ。
「痛みで頭がチカチカするが……、とりあえず、現状の確認からか……」
まず、誰がしてくれたのかは分からないが、あの血溜まりの場所からここまで運び、俺に応急手当まで施してくれた。俺は誰か分からない救世主に心の中で感謝を告げる。
まだ全く動ける状況ではないが、傷がある程度治るまではここにいよう。幸い、近くには川があるし、魚も取れるだろう。しかも、今気づいたが、“闇魔法”でも応急処置レベルの魔法は使えるようだ。血管もどきを作る以外にも傷跡を塞ぐような魔法も使えるらしい。
直接傷を回復させるようなものは出来ないが、無いよりはマシだろう。
「向こうにあるのは、なんだ……?」
辺りに何があるか首が動く範囲で見渡していると、焚き火跡の向こう側に何か大きなものが落ちていることに気づいた。
「あれは……、シャドウウルフの死体、それも長のもの、か?」
絶妙に視界の端に焚き火跡があるせいではっきりと見えないのがもどかしいが、これも俺を治療してくれた人が持ってきてくれたのだろうか。それにしてはいたれりつくせりすぎる。なんなら俺の戦いをどこかで見ていたのか。
「まさか、な……」
少し不気味な感じがした俺は、どこかにその人物が居ないか探してみる。しかし、見える範囲にはどこにもいない。匂いも微かに残っているが、これが人間のものなのか動物のものなのかがいまいち判別がつかない。
もっと“嗅覚”について詳しかったり、人間の匂いを嗅いで覚えていれば違ったのかもしれないが、元が分からないのとあまりに薄くなりすぎているため分からないのだ。だが、思いつくのはあのゴリラだった。
「もし、そうだったとして、何故こんなことを……。俺を助けるだけ助けて、その後放置する理由が分からない。それに助けるならもっと早めに助けてくれよ……」
そうひとりごちるが、その声は宙に消える。一応、俺の“嗅覚”スキルはレベルが上がったからか、かなり広い範囲まで索敵することができるようになっていた。
しかし、その広くなった範囲のどこにもゴリラらしき匂いはない。最初に見かけた時から、おそらくこちらを襲うつもりはないのだろうと思っていたが、助けられるとまでは思っていなかった。
まぁ助かったことだし、めっけものと思うことにしよう。次に長を倒したあとのステータスを確認する。
名前:日向 海斗
種族:人間
年齢:18
Lv:42
ステータス:体力683
魔力712
攻撃624
防御608
敏捷642
知力713
スキル:簒奪Lv.- 鑑定Lv.2 嗅覚Lv.8 隠密Lv.9 闇魔法Lv.8 噛み砕くLv.2 気配感知Lv.5 身代わりLv.3 統率Lv.4
称号:簒奪者 強者食い
「結構レベル上がったな」
だが、あそこまで死に物狂いで戦って、届いたレベルは手下と同程度。そう考えると本当によく勝てた。もう一度やれと言われれば必ず負けるだろう。というかあんな死にそうな思いまでしてやりたくないというのが正直なところ。
また、今考えると不自然なところがいくつかあった気がする。最初、俺を見つけた時点で何故全員で襲ってこなかったのか、長もあれだけのレベルとスキルがあるのに何故肉弾戦をしかけてきたのか。
確かに、俺の後ろに突然出てきた時には魔法を使っていた。
俺の前にいた長は魔法で作りだした幻影で、本物は匂いを漏らさない影で身を纏う。そして俺の後ろに突然現れたのだ、と今なら分かる。
だが、それ以降魔法を使ってこなかった。その余裕が無かったのなら、それはそれでいいが。
まぁ勝てたのだからいいか。しばらくはこのシャドウウルフの肉と川の水やら魚を食べて、傷がある程度治るまでここにいよう。“嗅覚”スキルで確認したが、この辺りには、運良く魔物は居ないようだ。
ーーーー数日後ーーーー
「もう、朝か……」
俺はいつも通り、陽の光に当てられて目を覚ます。夜、“気配感知”で起こされることもなかったようだ。
念の為、悲鳴をあげる体にムチを打ちながら気配感知を発動したまま眠った。おかげであまり気持ちよく眠れなかったが、襲われることもなかった。けれど、寝ている間に殺されるよりはずっといい。
それに“闇魔法”のレベルが上がっているおかげか、応急処置の効果も良くなり、明日あたりには普通に動けるようになるだろう。
だが、失った片目や片腕はどうしようもない。“鑑定”は使えるし、もう片目にだいぶ慣れたので距離感を見誤ることもない。ただ、利き腕が左ではないのでそこら辺は要練習だな。
そういえば“身代わり”のスキルがどんな効果なのか調べていなかった。
スキル:身代わり このスキルを持っているものが致命傷を受けた際、スキルレベルの数だけ無効化出来る。即死は防げない。一年毎に回数はリセットされる。
「ま、まじか……」
なぜ今までスキル内容を見返すことをしなかったのだろうか。デメリットとなる一年のチャージ期間を加味しても、とんでもないスキルだった。
俺の予測では、このスキルは別の生物の傷を肩代わりするようなスキルだと思っていたが、実際はスキル自体が身代わりになってくれるということか。
このスキルは是非ともレベルを上げたいな。そういえばスキルの上限レベルとかはあるのだろうか。その辺りも今後検証や確認をしながら進むことになるだろう。
それから、当座の目的は町を目指すことだ。どの方角にあるのか、どれくらいの距離があるのかは分からないが、今の俺のレベルが強いとは思わないし、もっと欲しいスキルもある。あとはシンプルにこのまま森に居続けるのは危険すぎる。
ここからは、俺の欲しいスキルを集めたり、全体的なレベリングしつつ、町に向かうことにしよう。
ーーーー翌日ーーーー
次の日になって、ようやくある程度動けるようになった俺は、俺の寝る側に置いてあった刀を持ち、魔物がなるべく少ない方へと向かう。魔物の群れは“嗅覚”スキルで大体わかるから、突然遭遇、ということもないだろう。
まず欲しいスキルは、体力と魔力を回復できるスキル、それから剣や刀を扱うスキルだ。俺は集め始めると全て集めたい派なので、いずれはコンプリートしたいが、まずは自分の安全が最優先だ。
こんな素人に毛すら生えていない剣ではこの先確実につまずく。幸い、不意打ち出来るスキルは沢山揃っているので、しばらくは身を隠しながらの暗殺形式で倒していこう。
俺は野営地もどきを出発し、日のあまり差さない森の中へと歩を進めた。