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アンダーアビス  作者: サムライ
2/3

愚者のナルのお話し

ザッ・・・ザッ・・・。


夜の森、暗闇に地を踏みしめる不気味な足音が響く。

木々の間から差し込む月明かりが、ボロボロの外套を着た男の姿を微かに映し出していた。

彼の名前はナル。

1人目の所有者、0の愚者だ。


ナルは特殊な仕事柄、アンダーアビスの中でもその名を知られている。

彼の仕事内容はアンダーアビスから許可無く出て行った者の捕縛、アンダーアビスから出て人界で暴れまわるものの捕縛または抹殺、アンダーアビスで犯罪を犯し人界へと逃亡した者の捕縛または抹殺、そしてアンダーアビスの住人ではないものの、人界で限度を超えた行動をとる魔導士、人外への警告、必要があれば抹殺だ。

しかし、ナルは昔から人界での人が起こす犯罪にも介入することが多く、最近はその頻度がさらに上がってきているため他の一部の所有者達からはあまりいい顔をされていない。


ナルがフラフラと闇の中を歩いていると、森の中にもつれ合う二人の姿がうっすらと見えてくる。


「てめぇ、一言でも喋ってみろ・・・その喉掻っ切ってやるからな・・・はぁはぁ」


男は息を荒くしながら、女の喉にナイフを突きつけて女の服を破こうとしている。

女は声を出すまいと唇を噛み締め、必死に涙を堪えていた。

男によってビリビリと女の服が破られているにもかかわらず、ナルは特に焦る様子も無くゆっくりと二人に近づいていく。


「・・・っ!誰だっ!?」


男は突如感じた気配に悪寒が走り後ろに振り返る。


「・・・・・・気のせいか」


しばらく後ろをキョロキョロと見回すが誰もいないのでもう一度女のほうに向きなおす。


「なっ・・・!」


そこには平然と座り、自分をまじまじと見つめる男がいた。

ボロボロの外套を着ており、顔にはフードを深々とかぶっている。

フードの隙間からわずかに見える顔も仮面で覆われており確認できない。


「・・・んだっ、てめぇは!!」


男はわけがわからないと言う顔をしていたがふと我に返り、ナルにナイフを突き出す。

女も何が起こっているのかよくわからないようで驚いたような目でナルを見つめていた。


「・・・はっ?・・・くそっ!なんだよっ!」


ナイフはナルに当たる事はなかった。

ナルは男が突き出したその手を易々と掴んで止めて見せたのだ。

男は腕を引いたり押したりしているが、まるで空中に固定されたかのようにピクリとも動かない。

ちなみにだが、ナルは未だ一切の魔法の類は行使していない。

これはナルの純粋な身体能力の成せる業だ。


「助けて欲しいか?」


「・・・えっ」


ナルは女の顔を見て問いかけた。

女は何を言っているのか理解できないと言うような顔をしている。


「助けて欲しいなら、せめて声に出せ・・・何もせずに助けてもらえると本気で思っているのか?待っていれば正義のヒーローがやってきて悪を倒してくれると本気で思っているのか?・・・愚か」


女は唖然としたようにナルの仮面に覆われた顔を見つめる。

水が土に染み込むようにゆっくりとその言葉が女の頭に入っていく。


「助けて欲しいのならまず正義のヒーローを呼べ、話はそれからだ・・・もう一度問う、助けて欲しいか?」


「・・・けて・・・助けてっ!」


女は目を見開いてゆっくりとナルの言葉を咀嚼すると大きな声で何度も「助けて」と叫んだ。


「・・・ぶっ殺してやる!!」


男は顔を真っ赤にして怒鳴ると女の髪を掴もうと手を伸ばした。


「殺れ・・・」


バンッ!


ナルが不気味に呟いた。

その声は先ほどまでとは明らかに声色が違く、男も女も背筋に嫌な感触を覚えた。

ナルが呟いた次の瞬間には破裂音のような大きな音が森中に響き渡る。


「・・・はっ?」


男はわけがわからずそんな言葉を漏らした。

それもそのはず・・・今頃女の髪を掴んでいるはずだった自分の腕は少し先の暗闇に転がっており、腕からあふれた血が月明かりで気味の悪いほど美しくキラキラと輝いていたのだから。


「ぁ・・・ぁ・・・ぁああああああああああ!!」


男は痛みで腕を必死に押さえながら、ふらふらと3歩、後ずさりする。

顔は鼻水と涎でぐしゃぐしゃになっているが、腕を襲う痛みでそんなことを気にする余裕は無い。


バンッ!バンッ!


追い討ちをかけるように2回、爆音が響く。

男の足は膝からちぎれ、膝から下を失った男の体はだるま落としのようにその場に転がる。

女は恐怖で目を固く閉ざして俯いている。

正常な人間であれば当たり前だが、ナルはその姿をじっと見つめていた。


「連れて行け」


ナルの声と一泊置いて森の闇から二人の黒衣の人が出てくる。

その二人だけではない、ナル達3人をぐるりと囲むようにたくさんの黒衣の者が隠れていたのだ。

彼らの名前は断罪執行部隊「黒の騎士団」。

アンダーアビスの実質的な支配者の所有者達にも従わない完全に独立したナル直属の部隊だ。

全員が黒衣を着ていることや闇にまぎれるよう武器まで黒い艶消しの塗装が為されているのは確かだが、黒の騎士団の黒とはそれをさすのではない。


黒騎士とはつまり、盾を黒く塗りつぶした無紋の騎士。

王や主君を持たない傭兵のことである。

アンダーアビスの実質的な支配者、つまり王である所有者達には従わない者という意味で前マスターによってつけられた名前だ。


「ごめんなしゃい、もうしましぇん!・・・ああ・・・やだ・・・やだぁぁあああああああ!」


男は無言で自分を引きずる二人に恐怖を覚えたのか途中で切れてなくなった手足をばたばたと動かし、子どものように泣きじゃくっている。


「よかったな、これで一つ賢くなれただろ?これからの人生にいかせ・・・」


ナルは夜の闇へと引き摺られていく男を見ようともせずそう言うと、続けて「まあ、これからはないんだがな」と呟いた。

男が連れて行かれたのはアンダーアビスの刑務所。

地獄の悪魔も3日ともたないと謳われている恐ろしい場所だ。


特に有名なのはその拷問であり、アンダーアビスは中世の頃の名残から現代の人界ほど人権などが重要視されていないので、看守は拷問し放題。

おまけに看守は人をいたぶるのが大好きなドSである。


ある凶悪殺人犯はアンダーアビスから逃亡後人界の人間に銃弾を5発打ち込まれたが死なず、その後ナルによって捕縛され刑務所に送られた。

だが彼は刑務所に入って半日もたたないうちに死んでしまった。

原因は狂った看守の拷問歓迎パーティーだった。


「この量だったら、着く前に死ぬかもな」


ナルは地面にべっとりとついた血痕を眺めながら呟いた。



~~次の日~~



「私は刑事の東郷と申しますがね・・・何があったんですか?」


スーツを着た東郷と名乗る男は血痕を見ながら顔を顰めていった。

聞かれた女は小さく震えている。

辺りはすっかりと明るくなっており、何人もの警察がカメラで写真を撮ったり、血を採取したりと作業をしている。


「あ・・・あの・・・信じてもらえないかも知れないんですけど」


「なんですか?」


「私男の人に襲われてこの山に連れてこられたんです、そしたら声も出してないし通報だってしてないのに、黒い服の男の人が来て、助けて欲しいかって私に聞いてきたんです」


「それで?」


「私が助けてって言ったら私を襲ってたほうの男が私の髪を掴もうとして、黒い服の男の人の合図で音がなったんですバンッ!って・・・そしたら腕がスパって」


「切れたんですか?」


「・・・はい」


女は自分でも何を言っているのかわからないといった様子で自分の記憶をたどる。


「はぁ・・・まいったな」


「先輩どうしたんですか?」


東郷が女の話を聞くなり頭を抱えてうなる。

その様子を近くで見ていたもう一人の若いスーツの男が何があったのかとたずねる。

すると東郷は大きく溜息を吐いて答える。


「面隠しだ」


「あ~、また出ましたか」


「・・・面隠し?」


女は聞いていいのかと躊躇ったが、身に起こったことの説明がつくのならと刑事に質問をする。


「最近よく出るんですよ、その男黒いボロボロの外套と仮面を付けていませんでしたか?」


「はい、つけてました」


「やっぱりだよ、一般公開してないのにこうもあっちこっちの事件で名前が出るとは・・・本当に実在するのかね?」


「僕は信じてますけどね、闇に隠れて悪を断つ、かっこいいじゃないですか!」


若い男は東郷に睨まれると「すいません」と苦笑して頭をかいた。


「しかし、実際どの事件も人間業じゃないんだよな・・・切られた腕や足は放置、血痕もそのまま・・・だが死体も凶器も見つからないし手がかりはゼロ・・・まるで幽霊を追っかけてる気分だ」


東郷はしかめっ面で空を見上げるともう一度大きく溜息を吐いた。

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