アンダーアビスのお話し
アンダーアビス。
裏社会の中でも大きなマフィアのボスやヤクザの組長など、ごく一部の人間の中でまことしやかに囁かれる噂。
そこに集まるものは狂気を具現化したような頭のおかしい連中であり、人だけでなく、吸血鬼や魚人など、異型の化け物などもいるという。
地球が存在する時空とは時間軸や空間といった何もかもを全く異にする異世界。
その性質上から人界では生きれない多くの者たちがアンダーアビスに集まり、その規模は急速に膨れ上がった。
そもそもアンダーアビスの歴史は古く、中世後期にまでさかのぼる。
この頃、人界には当たり前のように魔導士や知恵ある何十、何百という亜人が住んでいた。
しかし、全く同時期にいくつもの国の王がそういった人智を越えた力を有するものたちを恐れ、そして処刑と言う名目の惨殺を始めた。
人界ではすでに失われた歴史であるが、アンダーアビスでは後にこれは『愚王達の宴』と呼ばれるようになった。
もちろん魔導士たちは恐怖した。
一部の魔導士たちは組織をつくり人間達と戦争を始めたが、それ以外の多くの魔導士たちはそんなことはしなかった。
彼らは知っていたのだ。
魔法は強大すぎる力であり、そんなもので戦争をしようものならこの世界はもたないと。
困り果てた魔導士たちの中で1人、「我こそは」と名乗り出るものがいた。
彼女は魔導士たちに名を尋ねられても、決して自らの本名を名乗ることは無かったが変わりに「アビス」と答えた。
普通はそんな怪しい魔女を信じるものはいないが、彼女は特別で、皆に1冊のグリモアを見せた。
その表紙に描かれていたのは大きな木。
それを知らない魔導士はいなかった。
23人目の所有者。
彼女のもつそれは神の能力を22個のグリモアに分けたと言ううちの1つ、『世界』のグリモア。
6番目の恋人のみ2人で1冊、その他は1人1冊、計23人に与えられたその異常なまでの力を秘めたグリモアは、御伽話だと思うものも多かった。
だが、アビスはいともたやすく新たな世界を作り出してしまったのだ。
そこには魔導士や魔導士と同じく虐げられていた亜人などが逃げ込みいつしか『アンダーアビス』という名の不気味な噂という残り香を人界に残し、その門を固く閉ざした。
そんな過去から約600年、23人のグリモア所有者が統治する奇天烈で破天荒なアンダーアビスの日常が今日も始まる。
「今日も0はいないのかね?」
暗い円卓で静かな声が何重にも響く。
その視線の先には一つの空席があった。
「見たらわかんだろ」
静かな声に答えるように続けて響いたのは荒々しい女の声だった。
「13番こわーい」
「大丈夫俺がついてるよ」
「・・・すき」
円卓の中で唯一椅子と椅子の間隔が狭くされている男女がお互いの顔を見つめあいながら言う。
「6!イチャイチャすんじゃねぇよ!」
「こらこら13、自分が0に相手にされないからって他人を妬んじゃいけないよ」
「うるっせぇ!5!あたしは別にあいつなんか・・・」
「はぁ・・・」
だんだんと騒々しくなってきた円卓に大きな溜息が一つこぼれ、視線はそこに集中される。
「いや、しかし我々所有者はアンダーアビスからの出入りの制限が無いにしても、こうもしょっちゅう行かれると困りますな・・・それに会議まですっぽかされては・・・」
視線が集中した男は困ったように眉を顰めながら一人の女を見る。
男に集中していた視線は流れるように女に集中した。
「あなたからも言ってください・・・アビス」
アビスと呼ばれた美しい女は聖母のようにうふふと笑う。
彼女は紛れも無くこの世界を作ったアビスであり、時間の経過が人界と異なるといっても、アンダーアビス内でもすでに400年は経っていた。
つまり彼女は400歳以上であるということだが、その話をするものは誰一人としていない。
温厚で優しく美しい彼女も、年齢の話をされたときだけは本気で怒るからだ。
まあ、そもそもあらゆる術に精通する魔導士のなかでもエリート中のエリートであるアルカナ所有者達は、長命であるため、アビスの400歳以上というのもあまり目立たないのだが、彼女はそれを大分気にしていた。
ちなみに9番の隠者は700歳を越えた辺りからすでに歳を数えるのを止め、推定では900歳前後ではないかと噂されている、生存する中で最も長命な魔導士だ。
そんな彼の師匠は1200歳まで生きたとされている。
「まあ、彼のことは心配だけど、アンダーアビスの中ではもっとも実力のある子だから大丈夫だと思うわ」
「そういうことではなくてですね、あまり人界に干渉しすぎるのは0だけでなく、アンダーアビス全体の・・・!」
「アビスがいいっていってるんだからいいだろ」
真剣な口調で語る男の言葉を、やる気のなさそうな少女の声が遮った。
「18、君は少々考えが甘いのではないか?」
「お前が考えすぎ」
「お、お前?年上には敬意をはらいたまえ」
「0兄の敵は私の敵、アビスの敵も私の敵、つまりお前は私の敵」
「私は決して0の敵というわけでは・・・!」
パチンッ!
突如響いた音に全員の視線が集中する。
そこにはアビスが満面の笑みでいた。
「さ!会議を始めましょうか」
アビスは手を叩き、口論を始めた二人の言葉を遮ると優しい笑顔でそういった。