今世と前世の出会い
3.
あれから十五年、あの日生まれた赤子はジークと名付けられた。
父親の黒髪に母親の白銀色の瞳を持った少年は、ハーバルトとセリアに沢山の愛情を持って育てられ、何不自由無く成長していった。
そんな十五歳の誕生日の夜。ジークはハーバルトの書斎に呼び出された。
「さて。お前をここに呼んだのは十五年前。つまり、お前が生まれる時に起きた、ある出来事について教える為だ」
書斎に来ると、父さんさんは真剣な顔で十五年前の出来事を話し始めた。
現実離れしたその話を聞きながら、自分の身におきた出来事が、とても他人事に思えた。
「そんなことが……」
「あぁ、ここ十五年、隣国など国中を探してみたが、そんなことが起きた記述はない。更に聖王国や教国も調べてみたが、そんな現象は報告されていないそうだ。お前の体にも十五年間何も無いとなると……」
「なるほど、それで幼少から近くに必ず誰かいたの?」
「そうだ、あと三ヶ月でお前は王都にある学園に入学する。そこに従者は連れていけない」
父さんは机の引き出しを開け、何かを取り出す。
「コレをやろう」
父さんが机の上に乗せたのは真っ白ななんの変哲も無いただの紙だった。
「コレは?」
「コレは自分の成長などを見ることが出来る紙だ。この国では十五歳の誕生日になると渡す決まりがある。使ってみろ。それであの日の謎が分かるかもしれない」
「へー……魔力を流すの?」
「そうだ」
父さんに言われ紙の上に手を乗せ魔力を流す。
すると紙が僅かに光り、文字が浮き出て来た。
ジーク・セイト〈男〉15歳
魔力量 2197
魔法適正 【全】
人族
セイト家長男
礼儀作法Lv5
剣術Lv4
魔力操作2
:
模@%剣^#$^手1
(なんか出た!!)
文字が出て暫くすると、また紙が光り、今度は魔法陣の書かれたプレートに変わった。
ちなみに、この世界では姓を持つ者は王族と貴族又はそれに準ずる者のみとなっており、ジークの父親であるハーバルトは、ここバースベルト王国にて伯爵の爵位と領地を与えられている。
「コレは?」
「さっきの紙の正体だ。それはステータスプレートと言って、お前の成長をあらわす物だ。魔力を流せばプレートに組み込まれた魔法陣が作動し、お前の持つ能力や魔力量などを可視化出来る。そしてそれは、お前がお前である事の証明書でもある。他人に見せるときは名前と年齢、そして、どの家の者なのか。と、書いてあるとこだけを見せるんだ。此れは、見せたい所だけを指先に魔力を集中して触ればそこしか見えなくなる。戻すときは同じようにして二回触れるんだ」
手に持ったプレートに魔力を流し早速試してみると、プレートから半透明の光の板が浮き上がり、目の前に先程ど同じ内容が浮かび上がる。
そして暫く夢中になっていじっていると。
コホン。と、父さんが咳払いをしたので慌ててやめる
「それで? 何か分かったか」
「あ、あ……何故か読めないところがある」
手に持っていたプレートを父さんに渡すと、父さんは光の板を凝視する。
「やはり、普通に比べ魔力量が多いか……それに、適正が【全】コレはセリア譲りだな。たしかに、読めない箇所が存在しているが稀にある現象だ、能力が目覚める前触れと言われてる。他におかしな箇所も無いとすれば、コレが何かしら原因かもしれんか……」
父さんは少し考える素振りをすると、一人納得したのかプレートを返すと退出を促す。
それに頷くと父さんに背を向け書斎のドアノブに手を掛ける。
「おやすみジーク」
「ああ、おやすみ父さん」
書斎を出て自室への道のりで、もう一度プレートに魔力を流す。魔法陣が光り空中に光り文字が現れる。
一番下を見ると、其処には今も読めない箇所が有り、僅かにだが他の文字とは違い淡く光っていた。
(……何なんだこれは)
その日ジークはモヤモヤする気持ちを抑え眠りに付いたのだった。
◆
それから一ヶ月。
今ジークは、領内に在る森に来ていた。目的は魔獣が出没したとの情報があったので、それの討伐。
魔獣とは、獣が魔素を過剰に摂取した個体のこと。通常の個体と比べ身体強化を無意識に使うので危険である。なお魔獣が進化すると魔物になることがある。
ジークはハーバルト達には内緒で、こっそりと屋敷を抜け出し、勉強の合間などに魔獣狩りをしていた。
「さ〜て、目撃者によるとイノシシの魔獣らしいけど、どうなんだろうな」
森の中は樹木が生い茂り、道なき道をジークは慣れた足取りで進んでいく。
そして、手頃な岩の上に陣取ると、首にかけていたプレートへ魔力を流す。
ジーク・セイト〈男〉15歳
魔力量 2254
魔法適正 【全】
人族
セイト家長男
礼儀作法LV5
剣術LV4
:
模#%剣^^#%手 L$2
「結局この一ヶ月この読めない箇所には変わりはないか……」
プレートを見ながらジークは呟く。そうして暫く森の中を進むと。
突如森の奥で何かの断末魔の様な叫び声が聞こえた。
「ッ!? なんだ! 今の音」
静かな森に似合わない不気味な叫び声。その方向に向かって森の中を疾走する。
道無き道を僅かな足場を頼りに、森の奥へ進む。しばらく走ると粘りけのある水音と、何かを咀嚼する様な音が聞こえ始めた。
音のすぐ側まで来ると、物陰に身を隠しコッソリと音のする方を覗き込む。すると、驚く光景が目に飛び込んで来た。
それはイノシシの魔獣から内臓を引きずり出し、それにかじりしている二足足の牛の姿だった。
(やばい、牛の魔獣が魔物化してる)
【魔物 魔獣とは違い自らの意思で魔力を使うことが出来る生き物のこと。魔獣よりも圧倒的に強い、ゴブリンやオークなどがいる】
(魔物は幼い時に見た以来だが、アレは父さんが倒したからな……それにこの領は、定期的に騎士や冒険者が見回りをしているから魔物なんか滅多に見られるものじゃないけど……)
「早く戻って知らせないと」
早急に森を出ようと一歩後ろに下がった時。
これまで感じたことの無い様な嫌な気配が背後を奔り、視線を牛の魔物に戻す。
内臓の咀嚼をやめ、牛の魔物は立ち上がると、ゆっくりとこちらを振り向く、その瞳は間違い無く俺をを捉えていた。
(ヤバイ!!)
その瞬間、地面を踏みしめ全力で地面を蹴り一目散に走る。
「BUMooooooo!!」
咆哮が聞こえ、思わず後ろを振り返る。すると、牛の魔獣がこちらに向かって木々を粉砕し突進してくるのが見えた。咄嗟に無属性魔法の『身体強化』を使い、此処に来る時とは比べ物にならない程のスビードで森の中を走った。
この世界の魔法は適正によって使える種類が決まる。普通は2つから3つの適正を持つが、稀にすべての適正を持つ者が存在し、反対に何も適正を持たない者も存在する。
無属性は適正の有無関係なく全ての人が使える。
(一度撒いて森を出ないと、もしコイツが森を出たら、領民を襲ってしまう)
それは駄目だ、街には騎士たちが駐屯しているが仕事で街を出ている人たちが襲われる危険もある。騎士のいない村に行かれたらそれこそ最悪だ。
すぐさま大きく迂回し森を出るのではなく、逆に森の奥に入いっていく。
その間も、牛の魔物の声は聞こえ続け、その恐怖から振り向くのを辞めた。
暫く森の中を走っていると、後ろから音がしないことに気づく。振り返ると牛の魔物の姿は其処には無く、木が倒れるような音も聞こえなかった。
(だいぶ奥に来たが撒けたのか?)
止まろうとしスピードを落としたときだった。
突如、側面の木が弾け、破片が直撃する。
「グッ!!」
さらに、ジークは弾けた木と別の衝撃を受け、真横に吹き飛ばされる。突然の事に受け身を取れず、暫く地面を転がると木の幹に背中を強打した。
そして、痛む身体を何とか起こし、状況を確認すべく辺りを見渡すと、弾けた木の奥から撒いたはずの牛型の魔物が歩いてくるのが見えた。さらに、その手には何処かで拾ったであろう棍棒を握っており、恐らくアレで殴られたのだと察する。
(まさか……先回りされた)
ジークは急いで立ち上がり腰に挿してある剣を抜き構える。
「ッ!!」
だが、先程のダメージがまだ残っており、少しふらつく。
『身体強化』の魔法を発動していたお陰で、そこまで深くダメージは負っておらず、体のふらつきはすぐに治まったが、直撃を受けたのには変わらず、殴られたであろう左腕は、ズキズキと痛みを訴えていた。
(どうする? 左腕は使えない、それにこのパワーだと正面からじゃ無理だ……だったら!!)
ジークは少し考えると、すぐ様後ろに跳躍。そして木々の間を魔物を中心に囲うように移動する。
魔物はジークを暫く目線で追いかけた後、ジーク目掛けて突進。これを空中に跳躍し避け、近くの木の枝に着地する。
突進した魔物は足元を通過し、着地した木とは別の木の幹に衝突する。
魔物の突進を受けた木はその威力を証明するかの様に倒れる。
あまりの威力に、冷や汗をかいていると、魔物は頭を振り周囲を見渡す。どうやら獲物を探している様だが、何処にも姿は無く、魔物は雄叫びを上げる。
手当たり次第に棍棒を振り回しながら、魔物はジークを探すが木の上で息を殺しているジークを見つけられず、視線がジークのいる方と逆を向く。
(ここだ!!)
その瞬間をチャンスと捉えジークは木の上から飛び降り、魔物の体に剣を突き立てる。
完全に隙をついた、確かな手応えを感じ、勝利を確信したその時。
魔物の体に触れたジークの剣が、中程から真っ二つに折れた。
(な!!)
剣が折れたことで頭が真っ白になる。
「ガッ!!」
更に突然の衝撃、一瞬意識が飛び、木の幹に叩きつけられる。
「な……に、が」
気がつくと魔物との距離が離れていること。そして、握っていたはずの剣が、手元にないことに気づく。
(殴られたのか……)
剣を持っていた方の手が痺れる。殴られる瞬間、咄嗟に折れた剣での防御が間に合い、直撃だけは避けたが、その際に剣は何処かに飛ばされ、右腕も痺れで使い物にならず、何より魔力で居場所を見つからない様『身体強化』切っていたのが仇となり、生身で攻撃を受けた事で体に力が入らず、今は立てそうにない。
それでも立ち上がろうとするが、体は、思うように動かず、地面に倒れ込む。すると、それを見た魔物は勝ち誇った様に口をニヤけさせ、悠々と向かって来る。そして側まで来ると持っていた棍棒を振り上げる。
(くそ……まだだ、ここで死ねない。立つんだ、立って避けろ!!)
ジークが諦めず必死に体を動かそうと力を入れるが、魔物はジークに止めを刺そうと棍棒を無慈悲に振り下ろす、その瞬間だった。
絶体絶命のその時。ジークの体が激しく光り、それに驚いた魔物が一瞬動きを止める。
「BUNMoo!?」
突然、見えない何かがジークを中心に膨れ上がる様に形成され、棍棒を振り下ろそうとした魔物は、見えない何かに弾かれ後方へ弾き飛ばされる。
不格好ながら背後に吹き飛ばされた魔物だったが、すぐに体勢を立て直すと、怒りを込めてジークを睨み吠えた。
魔物の怒りの雄叫び、普通なら身が竦むようなその咆哮をジークは意にも課さなかった。
何故なら目の前には一ヶ月前、父さんに聞いた剣が浮いていたのだから。
剣は聞いた風貌とは違い、刀身が錆びつき刃こぼれもしたいた。
しかし、とても神々しく、そして何処か懐かしく感じた。
『力を流せ』
頭の中に何かが響く。力が何かは分からなかったが木の幹を壁に何とか立ち上がる。
普通ならこんな怪しいのに縋りたいたりしない。だけど、今回ばかりは自力じゃどうしょうもないのだ、だったら。
最後の希望を込めて剣を掴みありったけの魔力を流す。
パキっパキ──!
そんな音とともに錆びていたはずの剣から錆が剥がれ落ちていく。
そして、今度は目を開いていられない程に剣が輝いた。
「お、これが、今世の俺か」
その声が聴こえ目を開けると、そこには目の色と髪の色が逆転している自分そっくりの男の子が目の前に立っていた。
「はじめまして今世の俺! 俺の前世の名前は葉山 司。今は模倣剣|〈意思ある剣〉インスと読んでくれ」
それが今世と前世の出会いであり。今この時、二人を中心としてすべてが動き出す。
修正完了(8/18)