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御礼回り

 ラダマンさんと青年は満面の笑みで手を振っていたが、従業員の男性は何かを諦めたように無表情だった。……店主のこういった行動には慣れているのだろう。


 ラダマンさんは、青年と出会ってから一時間もしないうちに準備を済ませ、青年と共に水の国へと旅立っていった。……水の国に旅立つ予定などなかった従業員と極大ルビーを乗せて。ついでに水の国で極大ルビーの買い手も探してみるらしい。水の国はこの世界で唯一の塩の輸出国だ。人間が生きていくうえで欠かせない塩を売っている水の国は、他の島とは比べ物にならないくらい豊かなのだ。流石ラダマンさん、一石二鳥どころか三鳥だったね。


「ラダマンさんって、行動力があるのね……」


 エステラが、感心と驚きが半々といった感じで言葉をもらした。


「そうですね……わたし達もあのフットワークの軽さは見習いたいですね。さ、残りの買い物を済ませましょう!」


 値段の上がった香辛料をほんのちょっとだけ買い足し、服屋で新しい服を買い、祭りでお世話になった果物屋さんでお勧めの果物を買い、市場のみんなへ別れの挨拶をした。すっかり顔なじみになっていた店の人達が次々に声を掛けてくれる。


「ありがとうな! あんた達のおかげで村が少し豊かになったよ!」

「グリフォンも手に入ったことだし、これからは俺達も他の島へどんどん香辛料を売っていくからな!」

「また来年も一緒に祭りをやろう! 元気でな!」


 わたし達のおかげというより、ほぼラダマンさんのおかげなんだけど……ま、いっか。お礼を言われて悪い気はしない。わたしは声を掛けられる度にぺこぺこと頭を下げながら市場を後にした。


 よし、ようやく旅立ちの準備も整ったことだし、お世話になった人達に挨拶をして回ろう! まずは、なんだかんだで色々助けてくれたザザの元へ向かう。


 宿につくと、ザザは受付で頬付けをつきながら暇そうに座っていた。……ラダマンさん以外のお客さん、いないんだね。……それにしても気の抜けた顔だ。サン君の爪の垢を煎じて飲めばいいと思うよ。


「……お客さんが来たらどうするんですか。そんなやる気ない感じじゃ、帰っちゃうかもしれませんよ?」

「誰が入ってきたかぐらい見てるさ。お前達は客じゃないだろう? ……ウチの宿、暇すぎてこのままじゃ潰れちゃうかもな。……で、何の用だ? ラダマンさんなら水の国に行くとかで、しばらくいないぞ?」

「あ、いえ、わたし達もそろそろこの島を旅立とうと思って。色々お世話になったのでお礼を言いに来ました。……これ、さっき市場で買った果物です。みなさんで召し上がってください」

「おお、悪いな。ちょっと待ってろ、ララも呼んできてやる」


 ザザに呼ばれてやってきたララちゃんとも別れの挨拶を交わし、「また祭りで一緒に演奏をしよう!」と約束した。その時までにはわたしももうちょっと上手くなっておかないとね。旅立つわたし達の為に、ララちゃんが旅の無事を願う歌を歌ってくれた。それに合わせて、カイン君が即興で笛を吹いてくれる。少し悲し気なメロディが、少女の高く澄んだ声によく合っていた。


 わたしが来年の祭りに参加できるかどうかは分からないけど、ララちゃんも一年も経てば大きくなっているんだろうな。子どもの成長は早い。きっと背も高くなってるだろうし、声だって変わっているかもしれない。今は奥さんに似ている顔立ちも、ひょっとしたらザザに似てくるかも……? そんなことを考えながら、ララちゃんの隣で笛を吹くカイン君が目に入った。わたしは十五歳のカイン君しか知らないけど、一年も経ったらカイン君も……大きくなるんだろうな……。十六歳のカイン君に逢うためにも……頑張んないと。


 ララちゃんの歌が終わり、みんなで拍手をした。上手に歌えたのを、褒めようとしたのだろう。カイン君がララちゃんの頭を撫でて、ララちゃんが少し照れた後、「子ども扱いしないで!」と怒っている。その様子を見て、みんなで笑った。




「じゃあな。来年も祭りがあるんだから、死ぬんじゃないぞ」

「……気を付けます。あ、そうだ。ラダマンさんが、カルダカでルビー採掘現場で働いてくれる人を募集するって言ってましたよ。もし、何人か集まれば通いは難しい距離なので、この村で家を借りるか宿をとるんじゃないですかね? ……もうちょっと宿の仕事もやる気だした方がいいですよ?」

「……! 本当か!? よし! ララ! 今日は客室の掃除をするぞ!」

「わたしは毎日やってるわよ! お父さんがさぼってるだけでしょ!」


 うん、しっかり者のララちゃんがいれば大丈夫っぽいね。二人に手を振って別れ、わたし達はマーダチカおばあちゃんの家へと向かった。


 家に着くとおばあちゃんはチコリに薬の調合について教えている最中だった。本格的に弟子としての教育が始まっているんだね。わたしが教えてもらった内容とは比較にならないぐらい、混ぜ合わせる薬草の数も増えている。……わたしじゃ、無理だったかも。


 切りの良さそうなところで声を掛け、今から旅立つことを伝えた。


「そうかい……寂しくなるね。ま、達者でな。チコリのことはわたしに任せな」


 最後なので、おばあちゃんに今までお世話になった分の食事代を渡そうとしたが、受け取れない言う。だが、そういうわけにはいかない! 毎回おばあちゃんの家でご飯をご馳走になってたし、かなりの出費だったはずだ。わたし達もちょこちょこ食材を買ってはいたが、おばあちゃんが負担した分の方がずっと多いはず! これからチコリもお世話になるんだし、何が何でも受け取ってもらわないと……! しばらくの間押し問答を繰り返した後、ルビーのおかげで過去最高に財布が潤っていることを説明し、ようやく受け取ってもらうことができた。何度も大声でやり取りしたせいで、おばあちゃんもわたしと同じように肩で息をしている。わたしは呼吸を整えた後、ルークスから受け取った包みを今度はチコリに手渡した。


「これはチコリへの……えーと、逆餞別です。開けてみてください」


 チコリは早速包みを開けて、中から新品の服を取り出した。デザインは若干違うが、おばあちゃんともお揃いのグクス村カラーの服だ。これからこの村で暮らすんなら、こっちの方が絶対馴染むもんね。チコリは服を抱きしめて喜んでくれた。ダンスを踊るように服を体に当てて、くるくると回っている。早速部屋で着替えてもらい、今まで着ていたわたしが作った服は消しておいた。うん! よく似合ってる! おばあちゃんと並ぶと、本当によく似ている。ちゃんと人間に見えるよ!


 でも……見た目は人間に近くても、山でゴブリンとして暮らしていたチコリが、人間の村で薬師として生きていくのは……大変だろう。おばあちゃんのサポートがある内は良いかもしれないが、おばあちゃんは、おばあちゃんだから、きっとチコリより先に旅立ってしまう。そうすれば、チコリ自身が村の人達と交流していかなければならない。まだ言葉をうまくしゃべれないせいなのか、チコリは村人との関わりに消極的だ。祭りでも、村人はチコリに話しかけてくれるのだが、チコリの方からは殆ど話をしていなかった。……コミュ障気味のわたしが偉そうなことを言える立場ではないが。


 他にも言いたいことは沢山ある。だが、チコリをおばあちゃんに任せて旅に出るわたしに……言えることは少ない。結局、「元気でね。頑張ってね」という月並みな言葉しか掛けられなかった。それでもチコリは嬉しそうに笑ってくれた。


 おばあちゃんはルークスとカイン君とハグをして、わたしとエステラと握手をしてお別れをした。最後にぼそっと「……あんまり余計な知識を余所でしゃべるんじゃないよ。いつか痛い目に会うよ」と釘を刺されてしまった。……ご忠告、ありがとうございます。


 そうして、長くお世話になったおばあちゃんの家を後にする。


 村の入り口でルークスにドラ子を呼び出してもらい、さっと乗り込む。わたしはあれほど恐怖を感じていた高いところにもすっかり慣れてしまった。ドラ子に大きく旋回してもらいながら、まだ家の前にいたおばあちゃんとチコリに身を乗り出して手を振った。


「チコリ……大丈夫かな……」


 ほとんど独り言だったわたしの呟きをカイン君が拾ってくれて、「何か心配なの?」と質問されてしまった。


「いや、これから人間の村で生きていくのは大変だろうなって思って……それにもし、チコリがゴブリンってばれたらと思うと……気が気じゃなくて……」

「チコリが自分で選んだんだから、大丈夫なんじゃない? ユーリは信じてあげたらいいと思うよ」


 ……カイン君の回答はわたしにとって衝撃的だった。わたし、チコリのこと信じてなかったのかな……。青ざめるわたしを見て、カイン君が焦った様子でフォローに入ってくれる。


「あ、別にユーリがチコリのこと信じてないっていうわけじゃなくて……なんていうか……自分で決めた道なら後悔しないって感じのことが言いたかったんだけど……。チコリは自分でユーリについてきて、自分でおばあちゃんの弟子になることを決めたんでしょう? チコリってかなり頭いいと思うんだよね。きっと色々大変ってこともわかってて、それでもそうしたいって決めたんだから、僕たちは信じてあげたらいいかなって思ったんだけど……うまく言えなくてごめん」

「あ、いえ、ありがとうございます。目から鱗です。……そうですよね、わたしチコリの意思を尊重して、チコリの決定を信じます!」

「うん、心配してもらえるのも嬉しいけど、信じてもらえるともっと嬉しいと思うよ?」


 そうだよね、チコリなら大丈夫だよね。カイン君のアドバイスを受けて、ちょっと心が軽くなった。来年の祭りが開かれるころには、もしかしたら立派な薬師になってるかも? 頑張れ、チコリ。

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