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香辛料の値段

 ルビーのことについて、あれやこれやと歩きながら話しているうちに、ラダマンさんも市場までついて来てしまった。わたし達が食料や薬草などを買い込んでいる間も、ずーーーっとしゃべっている。わたしも疲れてきて、だんだんと相槌を打つだけになってしまった。


「やはりもう少し人手がほしいところですね……少し離れていますが、カルダカでも募集を──」

「そうですね、……ん? なんか、あっちの方が騒がしいですね」


 一人の客が店主と言い争っているようだ。数人の人だかりができている。……もめ事かな? わたし達も近くまで寄ってみた。客の男はまだ若い青年で、服装からしてこの村の人間ではなさそうだ。ロバのような動物を一頭連れていて、ロバもどきの背には沢山の荷物が括り付けられている。……遠くからきた商人さんかな?


「──だから、おかしいだろう!? この間まで銅貨三枚だったものが、なんで金貨一枚もするんだ!?」

「今はこの値段で売ってるんだよ……小分けもできるから、銅貨三枚分でも売れるよ?」

「そういう問題じゃないだろう! 値上げの理由を聞いているんだ!」


 どうやら香辛料の値段のことでクレームがついているらしい。……今まで銅貨三枚で買ってた人にとっては許容できる値段じゃないかもね……。お客さんの方もヒートアップしてきてるみたいだし、止めに入ったほうがいいかな……。


「俺が間に入ってくる」

「いえ、ここは私が行きます」


 仲裁に入ろうとしていたルークスの肩に手を置き、ラダマンさんが人だかりの中に割って入っていった。……え? ラダマンさんが行くの!? だ、大丈夫か……?


「とにかく! 今までの値段で売ってくれ! こっちはわざわざカルダカから買い付けに来てやってるんだ! せっかく街道が通れるようになったと聞いてやってきたのに……これじゃあ大赤字だよ!」

「すみません、ちょっとよろしいですか?」


 ラダマンさんは店主と客との間に、文字通り割って入っていった。突然現れたぽっこりお腹のおじさんに二人とも面食らっている。


「な、なんだあんたは……今、俺はこいつと話をしてるんだ! 関係ない奴は邪魔しないでくれ!」

「いえ、それが関係があるのです。申し遅れました。私、商人をしておりますラダマンと申します」

「……商人? いや、あんたも商人ならわかるだろう? 俺はカルダカから何日もかけてこんな辺境の村まで香辛料を買い付けに来てやってるんだ。だが、苦労してたどり着いてみればどうだ! 突然今までの三十倍以上の値段でしか売れないと言われて、納得できるわけがないだろう!」


 うーん、そう言われると、お客さんの言い分もわかる気がする……。わたしもその値上げに加担してしまったので少々耳が痛い……。だが、ラダマンさんはにこにこと笑いながら、まったく引き下がる様子がない。


「香辛料の値段が上がったのは、私が原因です。私がこの値段で買い付けを行っているので、相場が上がったのですよ。申し訳ありません」

「……あんたが原因か! なんでそんな値段で買ったんだ! 安く手に入ったほうが、あんたも嬉しいだろう!? 実際、今まではそれでやってきたんだ! 余計なことをしないでくれよ!」


 おっと、お客さんの怒りの矛先は完全にラダマンさんへと向かってしまった。わたし達は一応見守る体制をとってはいるが、いつでも止められるように、全員が身構えている。わたしも杖をぐっと握った。


「商品に正しい評価をしたまでですよ。実際、私のお客様はその値段に納得して購入してくださっています。素晴らしい商品を作ってくださった生産者の方々に報いるためにも、安売りはできませんし、安く買い叩くなどもってのほかです」

「そ、そうだ! 俺達だって苦労して育てているんだ! 今までが安すぎたんだよ!」


 ラダマンさんという味方が現れたことで店主も強気になっている。お客さんは顔を真っ赤にして、まさに怒り心頭って感じ。ラダマンさん、止めに入るっていうか……逆にあおってない? だがラダマンさんは青年の反応を気にするでもなく、店先に並べられた香辛料の袋の前に立った。


「……ところで、あなたはこの香辛料の効能を知っていますか?」


 ラダマンさんは、袋に詰められた黄色い粉を手の先で示しながら、青年に問いかけた。


「……知らん! いつも適当に買って帰って薬として売っているんだが、いちいち効能までは把握してない! 大した効果もないのに、年寄がありがたがって飲むものだろう? 色が違うだけでどれも同じじゃないのか?」

「……これには消化を助け、体に溜まった毒素を体外に排出する効果があります。爽やかな香りで、味はほとんどしません。それには体を温めて血の巡りを良くする効果があり、若干の苦みがあります。あれには眠気を誘う効果があり、甘い匂いと味がします。……どれか一つでもご存知でしたか?」


 すごっ……ラダマンさん、前に渡した香辛料の効能についておばあちゃんがまとめた内容、全部覚えてるんだ。……書き写したわたしでもあやふやなところがあるのに。青年はすっかり黙ってしまったが、ラダマンさんはまだ話しを続けている。


「私は商人として、自分がすばらしいと思ったものにはそれにふさわしい値段をつけます。そして、それを求めている人の元へ運びます。そして商品のすばらしさをお客様に納得いただいた上で、それなりの対価をいただきます。商人とはそういうものです。……あなたはまず、自分が売ろうとしている商品のすばらしさから学んだ法が良い」


 黙り込んでしまった青年の肩が震えている。やばい……めっちゃ怒ってるんじゃない? それでなくても怒っていたところにお説教までされて、震えるぐらいに怒ってるんじゃない? こ、これはさすがに止めに入ったほうが……! しかしラダマンさんは青年の様子にまったく気が付いていない! 手を後ろに組んで、ゆっくりと香辛料の周りを歩きながら青年の前へとやってきた。こ、これ以上何を言う気!?


「しかし、そちらの事情も分からないでもありません。どうでしょう? 今回は、私の荷馬車であなたをカルダカまでお送りいたします。道中に、香辛料について私が知っていることも教えて差し上げますので、もう一度よく考えてみてください。これからは別の商品を扱うもよし、値段に納得して香辛料を扱うもよし、あなたの自由です。あと、老婆心ながら一つ言わせていただくと……香辛料を売り込むなら料理店がおすすめですよ」


 ラダマンさんは人差し指をぴんと立てて、青年にウインクをかました。あ、これ終わったわ。


「う……ふぐっ……」


 あーあ、怒りのあまりお客さんも変な声出して……あれ……? ひょっとして……泣いてる? え……なんで? ラダマンさんはポンポンと青年の肩をたたき「……わかってる」っていう表情で頷いている。……うん、いや、何が?


 だが雰囲気に流されたのか、青年はとぎれとぎれに自分の身の上話を始めた。


「お、俺……まだ下に小さい兄弟が何人もいて……稼がなきゃって焦ってて、珍しいものなら何でも売れると思ってこんなところまで来たのに、持ってきた商品は売れないし、せめて香辛料を買って帰ろうとしたけど……もう金もそんなに残ってなくて……どうしようかと……」

「その気持ち、わかりますよ。私も商人を始めたばかりのころは失敗の連続でした。売れ残った商品を抱えてどれだけ歩き回ったことか……。あ、よろしければあなたが持っている商品を教えていただけますか?」

「俺が持ってるのは、カルダカ特産の織物だけど……」

「……ああ、あの美しい柄の織物ですね。ジャイアントブラックシープの毛を何色にも染めて、職人の家に代々伝わる模様を色鮮やかに織りなしている素晴らしい商品ですよね。……この島よりは、水の国などの気温が低いところに持って行ったほうが売れるかもしれません。ついでなので、一緒に売りに行ってあげましょう」

「い、いいのか!?」

「はい、構いませんよ。グリフォンで急げば……二日もあれば戻ってこれるでしょう。……その代わりと言ってはなんですが、カルダカに着いたら少々人を集めてほしいのです」

「人? どういうことだ?」

「実はこの村の新事業として、岩山で宝石を採掘したいのですが、人手が足りずに困っています。そういった仕事に興味がある方がいらっしゃれば、是非働いていただきたいのです。もちろん、働きに応じて報酬は弾むつもりです」

「……! いるよ! 俺の知り合いにも仕事がなくてブラブラしてる奴が大勢いるよ! 時間も力も有り余ってる連中だから、そんなうまい話があるんなら飛びつくと思うぜ!」


 ラダマンさんが、青年に見えないように後ろで小さくガッツポーズを決めていた。……ちゃっかり自分の利益も確保している……恐ろしい人だ……。わたしが「ラダマンさんって怖い……」とつぶやくと、「ユーリも仕事の話をする時あんな感じだよ?」とカイン君から突っ込まれてしまった。……いや、絶対違うと思うけど。

あれー……。今回も旅立たなかったですね。じ、次回かな……。

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