おばあちゃんからの申し出
そこからのラダマンさんの行動は早かった。マチルダに頼んでグクス村の空き土地に自宅兼店舗の建設を始めたかと思うと、村で暇そうにしている若者に声を掛け「ルビー採掘現場で働かないか?」と次々に勧誘していった。火の部族の村へも足を運んだようだが「家畜の世話と狩りで忙しい」とのことで、いい返事はもらえなかったみたい。宝石についてもあまり興味がないらしく、お金自体への関心も薄かったそうだ。……村によって生き方も違うんだね。結局祭壇づくりメンバーを含む数人の若者が、グクス村から出向くことになった。
ラダマンさんは家が出来上がるまでの間、ザザの宿に泊まることにしたらしい。中央に二店舗ある店の営業は続けているようで、従業員が定期的に報告に来ている。ラダマンさんはこれまでのように買い付けに行くこともあるが、基本的には村で過ごし、ルビーのことについて考えている。わたし達が見つけたルビーも、いくつかをラダマンさんに買い取ってもらった。気持ち的には全部買い取りたいが、……資金が足りないらしい。わたし達は、とりあえずすべてをラダマンさんに預け、ルビーを原石の状態で取り出してもらうことにした。すでに所持金が半端ない額になっていたので、加工賃ぐらいはお支払できる。
わたしが村を一人で歩いていると、すっかり村の一員となりレンガ色と黄土色の服に身を包んだラダマンさんが手を振りながら駆け寄ってきた。
「見てください! この前あなた方が見つけたルビーの内の一つを磨いてもらったんですが、見事な赤でしょう! 職人もここまで良質なルビーは見たことがないと驚いていました!」
ラダマンさんの手の中には二センチほどの球体に磨かれたルビーがあった。……丸く磨くのが流行ってるのかな?
「確かに綺麗ですね。でも、カット方法を変えればもっと──」
「……どういうことですか?」
「あ、いや、せっかく透明できれいな石なので、光が反射するように、こう……多面体? にカットすればもっと美しくなるんじゃないかと思って。……丸いのもかわいいですけどね」
「ユーリさん、その話詳しく聞かせてください!」
わたしはラダマンさんの為に、うろ覚えのブリリアントカットを地面に描いてみせた。ここまで沢山の面を作るのは難しいかもしれないけど、なんとなく言いたいことは伝わったようだ。ラダマンさんは話が終わるとすぐに職人さんのところに飛んで行ってしまった。
さて、わたしも村の木工職人さんに用事がある。頼んでおいたものが出来上がったのか、チェックしに来たのだ。
「ごめんくださーい」
「いらっしゃい。おお、あんたか。できてるよ」
ぼさぼさの白髪とあごひげのおじいさんが工場の奥から出てきた。わたしは頼んでおいた品物を隅々までよく確認する。うん、いい感じだ。
「ありがとうございます。お代はこれで大丈夫ですか?」
「貰いすぎなぐらいだよ、毎度あり。しかし、そんなもん何に使うんだ?」
「ふふふ、マーダチカさんへのプレゼントです。あ、真似したかったらしてもいいですよ?」
「ははは! 見てみて良いものだったら、ぜひそうさせてもらうよ」
杖を持ってきて良かった。かなりのサイズなので、これを一人で持って帰るのは骨が折れる。明日にでもルークスに設置してもらおうっと! サプライズプレゼントにしたいので、とりあえず家のそばに布をかけて隠しておいた。
翌日、朝早くからルークスに穴を掘ってもらう。わたしも自分の分のショベルを出して手伝ったが、速さは段違いだった。結局、自分の分の穴を掘り終わったルークスに掘ってもらってしまった。しっかりと固定をして……準備完了だ!
「……よし、こんなもんかな。これで本当に楽になるのか?」
「ありがとうございます! ……多分大丈夫です! 試しにわたしがやってみますね!」
……うん、重さは変わらないけど楽になった気はする! わたしは急いでおばあちゃんを呼びに行く。びっくりさせたいので、目隠しをしたまま家の外まで来てもらった。チコリも興味があるのか一緒についてきた。
「……なんだい? また変なことをしてるんじゃないだろうね……」
「目を開けてみてのお楽しみです! さ、どうぞ!」
おばあちゃんがゆっくりと目を開ける。そのままポカーンと口も開けてしまった。わたし達からのプレゼントに、驚きで声も出ないようだ。うん! サプライズ大成功!
「これは……何だ?」
「うふふ、これはですね井戸の水くみを楽にする滑車です! 見ててください! ほらこうやって……体重を掛けて、ロープを下に引くだけで……釣瓶が……上がって……くるんですよ! ね? 直接上に引っ張るよりも簡単でしょう!?」
滑車の問題が苦手だったわたしが木工職人さんに作ってもらったのは、定滑車が一個付いたシンプルなものだ。テレビで「はねつるべ」というてこの原理を使用したものも見たことはあるが、正直構造を詳しく覚えていない! でもこの滑車だって、ロープを下に引ける分随分楽さが違うよ!
だが、おばあちゃんの反応は微妙だ! 眉間に皺が刻まれている。あれー!? 嬉しくなかった感じ!? どっちかと言うと、おばあちゃんよりもチコリの方が反応がいい。面白がって何回も水汲みをしてくれた。ついでに昼食用の水も汲んでおいてもらった。
「……ユーリ、少し話がある。部屋に来てくれないか?」
「あ、はい。わかりました」
わたしはおばあちゃんについて家の中へと入って行った。えーなんかまずかったかな……勝手に井戸に滑車付けたらだめだった!? うう、怒られそう……。
部屋に入りおばあちゃんと、向かい合って座る。おばあちゃんは大きく息を吐いた後、静かに話し始めた。
「ユーリ、お前は……色々なことを知っているね」
「いえ……そんなこと……ない、ですけど……」
まだ何も言われてないけど、早くも叱られてる感じがする! こちらをじっと見つめてくるおばあちゃんの目が怖くて、わたしはそっと視線を逸らした。
まずいな……ひょっとして滑車って禁忌案件だった!? でも小学校理科だよ!? セーフでしょ! 科学がダメって言っても化学兵器とは程遠いよ! 危険要素は皆無だよ! それともあれかな? 暮らしを便利にしちゃうもの全部だめってこと!? 科学を発展させること自体が禁忌なの!? いや、それは流石におかしいよね! だって魔道具はセーフなんだから! つまるところ、滑車はオッケーでしょ!
──と思いつつも、ドキドキしながらおばあちゃんの反応をうかがう。わたしが詳しく話すつもりがないことを感じ取ったのか、おばあちゃんはまた、大きくて長いため息をついた。
「……まあ、いい。大方、神から授けられた知恵ってやつだろう? 深くは訊かない。ありがたく使わせてもらうよ」
「そ、そうなんです! 神様から『お世話になったマーダチカさんへ餞別代りに、あれを贈るように』とお告げがあったんです! わたしも詳しくは知らないんですけど!」
良かった! 全部神様の所為で納得してもらえたみたい! まじで便利ワードだわ! しかし、先ほどまでの怖い顔とは違い、おばあちゃんはほんの少し寂しそうな表情になった。
「餞別……やっぱりね。突然あんなものをくれるもんだから、何かあると思っていたけど……あんた達は旅の途中だったね。あんまり長く居るもんだから、すっかり忘れていたよ」
そうなのだ。今回もこの村に長く居すぎてしまった。毎回居心地がいいんだよね……。だが、カイン君と世界を救うためにもいい加減旅立たなければ……!
「さて、本題なんだが……わたしも歳だからね、体も無理が利かなくなってきてるし……そろそろ引退をしようかと思っている」
……ん? 本題? 本題があったの? ていうか、引退? 薬師を? それって村の人達もすっごく困るんじゃない?
「それで残りの人生を使って、わたしが培ってきた技術や知識を教え込み、後継者を育てたい」
ああ、後継者に引き継ぐんだね。それならみんなも困らないかもね。わたしはうんうんと頷く。おばあちゃんは大きな瞳で、まっすぐにわたしを見つめてきた。その瞳は真剣そのものだ。
「誰にでも出来る仕事じゃないからね。適正なんかも見て、すでに色々教えてきたつもりだ」
……すでに? え……ひょっとしてその後継者って……わたし? それならば、やたら雑用を押し付けられたり、色々手伝わされたりしたのも合点がいく。その甲斐あって、もう簡単な薬なら調合できるからね! いや、でも今さっきわたし達は旅の途中だって、おばあちゃんが言ったばっかりだよね!? え、わたし引き止められるの!? ど、どうしよう! おばあちゃんにはお世話になったけど、わたしには使命が……!
「ま、待ってくださいマーダチカさん!」
「あんたさえ良ければ──」
わたしさえ良ければって、確定じゃん! 確実に誘われるじゃん! どうしよう! さんざんお世話になっておいて断るのも忍びないけど、わたしはここに残れな──
「チコリをここに置いて行ってくれないか?」
「え……? チコリ……ですか?」
想定の範囲外の申し出に、わたしは目が点になった。……え? チコリ? わたしより、チコリの方が優秀なの? あれ? 薬づくりに関しては、わたしも相当褒められたと思うんだけどな……。
「チコリはゴブリンだが、物覚えは良いし、手先も器用だし、なにより火炎魔法が使えるのがいいね。火加減を見ながら煮詰めないといけない薬もあるんだが、なかなか薪で調節するのは難しくてね。その点チコリに頼めば完璧だ。この間の祭りで村人にも受け入れられたようだし、ゴブリンだと気づくものもいないだろう。いたとしても、わたしが文句は言わせない」
「……チコリがそれを望むなら……わたしは構いません」
おばあちゃんはすでにチコリの意向は確認していたらしく、すぐにチコリを呼びに行ってくれた。扉を開けて部屋に入ってきたチコリは、目を潤ませて感動していた。
「ご主人……ありがとう……チコリ……頑張る!」
「あ、はい。……頑張ってください。今日からはわたしじゃなくて、マーダチカさんが主人……いえ、師匠です! りっぱな薬師になってくださいね」
こうしてチコリは正式にマーダチカおばあちゃんの弟子となり、一緒に暮らすことになった。……今までもそんな感じだったので、生活スタイル自体は大きく変わらないだろう。ルークスとエステラとカイン君にもそのことを告げると、みんな「チコリがいいんなら」と言って快く受け入れてくれた。
うん、良いんだよ? 良いんだけど……なんか……。
わたしはチコリへのぬぐい切れない敗北感を感じながら、昼食の準備を手伝った。