ルビー産出国として
まだぼんやりとする頭で、チコリが用意してくれたスープを口にする。寝不足と疲労回復に効く薬草と香辛料が入っているらしい。確かに、目が覚めるような辛さだった。
「このスープに入ってる香辛料はチコリが調合したんだよ。あんた達の為に一生懸命作ったんだ。褒めてやりな」
照れくさそうに腕を後ろで汲むチコリ。わたし達がお礼を言うと、ぺこりと一礼をして、ぴゅーっとどこかに行ってしまった。……恥じらう乙女か。
さて、今日は早速サラマンダーから聞き出した、ルビーが眠る場所に向かいたい。身支度を整え、ドラ子の背中に乗って、すっかりきれいになった土砂崩れ現場へと向かった。岩山を削るのにも労力がいるので、ひとまず片付けた土砂の中から確認していこう。わたしは上空から滑り台の終点位置を探してみた。……目的がある為か、単純に慣れたのか、以前ほど恐怖は感じなくなっている。
「カイン君の作ったすべり台って、どの辺に流れるようにしましたっけ?」
「えーと……あ、あの辺りじゃないかな? ここからでも見えるね」
街道から外れた位置に、おびただしい量の岩や土砂が堆積していた。とりあえず街道が通れるようになれば良いとの事だったので、邪魔にならない位置にまとめられた土砂は、あれからずっと放置してある。
ドラ子にすぐ近くに降ろしてもらい、さっそく小ぶりな石を手に取り鑑定してみた。
【玄武岩】
溶岩が冷えて固まったもの。
ちっ。はずれか。まあ、まだ初めだからね。そんなにすぐ見つかるはずは──
「お! 見つけたぞ! あ! こっちも! すごいな! 宝の山みたいだ!」
なん……だと? ルークスは無造作に拾い上げた石を次々にアイテムバッグへとしまっている。……そんな馬鹿な。普段全然鑑定なんかしないくせに! こんな時ばっかり! わたしも負けじと足元の石を拾い上げ、次々に鑑定していく。しかし、結果はどれもはずれ。なんなら、肉眼で探しているカイン君の方が多く見つけたぐらいだ。これだけの量の石の中から、ほんの少しだけ顔を出している赤を、見事に探しあてている。エステラも二つほど見つけていた。……まだ見つけていないのは、わたしだけだ。
いや、おかしいだろう。なぜ、鑑定持ちのわたしが見つけられない? これはあれか? 隠しパラメーター【運】の影響か? クリティカル率とかの判定に使われるだけじゃないの? 運がないという自覚はあったが、ここまであからさまだとなんだか悔しい。
結局、日がくれるまでにわたしが見つけたのは、指先ほどもない小石に含まれていたルビーの欠片一つだった。その間にルークスは極大の物も含めて三十個、カイン君は十個、エステラは四個見つけていた。なぜだかエステラに「気にしないように」と励まされ、逆に少し落ち込んだ。
「そういえば、このルビーって見つけた人の物ってことでいいんですか?」
ドラ子の背中に乗りながら素朴な疑問を投げかけてみる。誰に訊いたわけでもなかったけど、まさかのルークスから回答が返ってきた。
「うーん、島によって扱いは違うかもしれないけど、基本的に島で採れたものはその島の人達に所有権があって、発見者はその何割かを貰えることになっていたと思うな。俺の親父が旅をしながら遺跡を巡っていたんだけど、そこで見つけたものをその島の人達に買い取ってもらっていたよ」
えー。じゃあ、昨日もらった極大ルビーも火の島の人の物ってこと? ……なんだ。一攫千金夢見ていたのに……。あ、でもサラマンダーがわたしにくれたものなんだから、貰ってもいいのかな? うーん、微妙。ラダマンさんの気が変わらないうちに、さっさと売っておいた方が良かったかもしれない……!
「でも、半日探しただけでこれだけの量がみつかったんだから、崩れてないところも含めると、埋蔵量はかなりあるかもしれないな……。村の人達はここでルビーが採れること知らないのかな?」
「さあ? ザザにでも訊いてみましょうか」
ザザは、口は悪いが色々手伝ってくれるし、話を持ち掛ければ相談に乗ってくれるし、村の人達に顔も利いて、なんだかんだで優しい。わたし達は村の滞在中にすっかりお世話になっていた。村に戻ってすぐに、ザザの宿へと直行する。もうすぐ夜になるというのに、相変わらずザザの宿には人がいない。……おや? でも今日は客室に灯りがついている。祭りの噂を聞きつけた遠くの村の人でも泊まっているのかな? わたし達は、受付で暇そうに頬杖をついているザザに声を掛けた。
「……宝石? ルビー? 買い取り? ……待ってくれ。頭がついていかない……」
わたし達の話を聞いて、ザザは頭を抱えこんでしまった。目の下のクマもひどいので、大分お疲れのようだ。いや、クマの分を差し引いても青い顔をしている。祭りの疲れが抜けてないうちにごめんなさい……。しばらくの沈黙のあと、ザザはゆっくりと口を開いた。
「……買い取ろうにも……この村にそんな資金はない。というか、俺たちにはその石の価値がわからない。いくらの値をつけていいのかすら、見当がつかん。ましてや、その石の買い取り手を見つける術もない。……売れない物を買ってもしょうがないだろう?」
えー、せっかく拾ってきたのに……。じゃあ、カルダカにでも売りに行くかな……? ここよりは大きい町だし、きっと買い取り資金も──
「──話は聞かせてもらいました……!」
わたし達は一斉に声の方向を向く。そこにはぽっこりお腹のラダマンさんが立っていた。あれ? ひょっとして、宿のお客さんってラダマンさん? でもなんだか様子がおかしい。いつもの穏やかなラダマンさんとは違い、鼻息荒く拳を握りしめ、限界まで開かれた目がぎらぎらと輝いている。ラダマンさんはザザに詰め寄るとカウンターの上に置かれたザザの手を取り、かなりの至近距離でこう言った。
「その話、ぜひ私に一枚かませてください!」
ザザはラダマンさんのあまりの迫力に気圧されたのか、内容も確認しないままコクコクと頷いていた。