火の精霊祭り
祭りの開催時刻を前に、ラダマンさんの荷馬車に乗って沢山の人が祠へとやってきた。丁度同じタイミングで到着したのか、火の族長や村人の姿も見える。ラダマンさんはこれから祭りに参加するので、ラダマン商店の従業員には申し訳ないが、ペガサスの荷馬車であと何回か往復してもらうことになっている。人ごみの中に、見慣れた顔を見つけた。
「おう! 今日は頑張ろうな!」
「よろしくね! とっても楽しみ!」
ザザとララちゃんもこの便で到着したようだ。ザザは背中に太鼓を三つも括り付けている。……運んであげればよかったな。わたしが「帰りはアイテムバッグに入れて運びましょうか?」と声を掛けると「大事な楽器を他人に触られたくない!」と拒まれてしまった。す、すみません。
ララちゃんはこの前の祭りの衣装を身に着けて……更に髪に大きな赤い花を一つ刺していた。ザザが朝早くから採りに行ってくれたらしい。初めは持ち帰った花をすべて飾ろうとしていたが、奥さんとララちゃんの説得により、一輪に留められたとのことだった。使われなかった花は、ザザの胸と奥さんの髪に刺してある。家族でお揃いになっていい感じじゃない?
火の族長はルークスと話をしている。族長もちょっとおしゃれをしているのか、いつもの牙の首飾りに加えて、ビーズの首飾りと頭に羽根飾りもつけている。村からサラマンダーが好きな果物も沢山持ってきてくれていた。みんなで手分けして祭壇へと並べていく。グクス村の人達からも果物や酒が届けられた。祭壇作りを手伝ってくれた人達も来てくれている。みんな果物を供えてくれる中、現場監督の女性は樽ごと酒を持ってきてくれた。ご、豪快だ……。
屋台をお願いしていた店の人達も、高速で準備を整えていく。看板娘たちにも水、カレーパンの無料配布をお願いした。紙コップも大量に用意したからね! 皆さんのどが乾いたら遠慮なく飲んでください! 生絞り果汁百パーセントのジュースと葡萄酒の販売もするよ!
……そういえば、今日はまだサラマンダーの姿をみていない。今日が祭りだってことは伝えてあるし、これだけ人が集まって来ているのにめずらしい。いつもなら、わたし達が来るとどこからともなく現れるのだが──
「ユーリ、そろそろ太陽が真上に来るわ。人も集まってきたし、そろそろ始めましょう」
祠の穴の開いた天井から強い陽の光が差し込んでいる。思わず空を見上げてしまい、眩しさに目がくらんだ。うん、もうお昼ぐらいかな? 時計がないので正確な時間はわからないけれど、大体十二時スタートってみんなには触れ回ったからね。
わたしも持ち場に着かないと! 演奏部隊として祭壇の横にスタンバイをする。みんなの準備が出来た事を確認して、ザザが開始の合図として太鼓を打ち鳴らしてくれた。その音を聞いて、それまでワイワイガヤガヤしていた場内がしんと静まり返る。えーみんなすごいな。一発で静かになったよ……。校長先生もびっくりだよ……。開催の挨拶として、火の族長が祭りの祝詞をあげてくれた。
難しい言葉が長々と語られたが、要約すると「サラマンダー様ありがとう! あなたのおかげで寒さに凍えることもなく、暖かいご飯が食べられるよ! これからもよろしくね!」……みたいな感じだった。
火の族長が松明を受け取り、中央に組まれた薪へと静かに歩いて行く。これ、わたしがキャンプファイヤーっぽく井桁に組んでみたんだよね! 族長が松明を投げ入れ、着火剤代わりに入れていたおがくずに火が付き炎が上がった。予め油もしみこませてあった薪にはすぐに火が付き、予想以上に大きな火柱がものすごい勢いで燃え上がっている。
……暑っつ! いや、これ、暑いわ。調子にのって大量の木を組んだはいいけど、めっちゃ熱い。すこし離れているわたし達のところにさえ、相当な熱気が流れてきている。ちらりとカイン君の方を見ると、若干顔をしかめていた。……絶対暑いって思ってる! カイン君暑いの苦手なのに! ごごご、ごめんなさい! わたしがあんな巨大な井桁を組んだばっかりに……! ルークス達も楽器を気にしている。……これだけ暑いとチューニングもくるっちゃうかもしれない! わたしのリコーダーには関係ないけど!
これは予想以上にハードな祭りだ……。これからこの火の周りを踊るんでしょう? 絶対暑いよ。熱中症に気を付けないと……! 倒れる人がでるかもしれない!
村人達は暑さに慣れているのか、特に気にする様子もなく、燃え上がる炎に拍手を送っている。その時、炎に渦が生まれ、中からサラマンダーが姿を現した。
「おおっ! 火の精霊サラマンダー様だ!」
「なんと荘厳なお姿……!」
「ありがたや、ありがたや……!」
組まれた木の上に降り立ったサラマンダーは、湧き上がる観衆の声を受けて、とっても満足そうにしっぽを振っている。……これ、荘厳か? 犬っぽくない? ……小さいし。
わたしの心の声が聞こえてしまったのか、サラマンダーは口を開け、燃え上がる炎を吸い込んだかと思うと、二回りぐらい大きくなってみんなに念話を送ってきた。
『人間よ! 偉大なる我らを崇め、奉るが良い! さすれば脆弱なる其方らに、炎の恵みを授けてやろう! さあ、我らに歌と踊りを捧げよ!』
ちょっとどうかと思う上から目線で語られたサラマンダーの言葉だったが、観衆は大興奮だ。「わー!」っという掛け声と共に、炎の周りにぞろぞろと人が集まっていき、踊りのスタンバイはできたようだ。サラマンダーに吸い込まれたことによって、キャンプファイヤーの炎もいい感じに落ち着いている。……これなら大丈夫かも?
ザザの太鼓を合図に、リュートの音色が流れ出す。何回も何回も繰り返し練習した曲だ。わたしは緊張しながら、自分が入るタイミングをうかがった。間違えないように吹かないと……! そう思えば思うほど、リコーダーを握りしめる手が汗ばんでしまう。汗ですべり、穴をうまく押さえられなくなってきたので、急いで服の裾でぬぐった。が、そのせいでスタートから数えていた拍が飛んでしまった! なんてこった! 軽くパニックになってオロオロと周りを見渡すわたしに、笛に口を付けたカイン君が、目と頭の動きで「せーの」と教えてくれる。
そこからは一回目の休憩までの事は緊張でよく覚えていない。美しかったであろうララちゃんとエステラの歌も、堪能する余裕はなかった。何回か間違えたような気もするが、まわりのみんなのフォローにより、あまり目立ちはしなかったと思う。……そう思いたい。
暑かったせいもあって、わたしはみんなが引くくらい水を飲んだ。カイン君が冷やしてくれたお水は、とってもおいしかったです。